三十 知りたかった親子関係

 目の前に、あのチビック(浅野美子あさのよしこ)が立っていた。

 チビックの周囲に親らしい二人と病院の職員三人がいる。

「先ほどは迷惑かけてすみませんでした。

 奧さんに不快な思いさせたことおわびします」

 父親らしい人がそういうと、母親らしい人とともに、真介とあたしに深々とおじぎした。


 チビックが知らぬふりしてたので、父親らしい人がチビックの頭に右手を当て、おじぎさせた。

 チビックはその手を振りはらおうとしたが、父親らしき人はチビックの頭から右手を放さなかった。左手はチビックのジーンズのベルトをつかんでいる。

 真介とあたしはなにもいわず、チビックを見ていた。


 チビックはあたしたちを見ようとしなかった。

 この場になって、現実と想像のちがいに気づいたらしい。


 父親らしい人が説明した。

 チビックが大学に入る前、チビックと親しかった男があおり運転された挙句、搭乗者もろとも交通事故で即死した。それ以来、チビックの情緒は不安定になり、親しかった男が亡くなったこの季節になると、さらに精神不安定になるというのだ。


 それがわかっているなら、しっかり監視しておけよ、といいそうなったあたしの手を、真介が握りしめた。

 真介はあたしの思いを感じてる。

『サナ。おちついて最後まで聞くのじゃよ』

 リュックのトラも、父親らしい人に聞き耳立ててる。

 あたしは父親らしい人の話を聞いた。


 両親らしい人たちはチビックの叔父夫婦だった。

 事故の時、親しい男の車に、チビックの両親も乗っていた。

 チビックは親しい男だけでなく両親が亡くなったのも、認めていなかった。


『あの女の心が完全にドアを閉じおったんじゃ。開くのには時間がかかるぞね』

『その線がつよいね・・』

 あたしはトラと真介の話から、人の心が現実から逃避するばかりか、無視するのを知った。現実を無視した心は、まったく別な心として生きるみたいだ。それまでの過去を捨てて・・・。これってメロドラマみたいだ。

 あたしの思いを知って真介がいう。

『現実はそんなものだよ。人は周囲に支えられて生きている。だから、人間だね』


 あたしの父が亡くなったとき、真介があたしの支えになった。

 その後も、あたしには真介がいる、という思いがあった。

 日常で真介のことを忘れることがあっても、あたしには真介がいるという安心がつづいたから、あたしは安定した気持ちのまま今日まで生きてきた。

 チビックみたいに、突然、両親と真介が亡くなったら、あたしはどうしていただろう。


『まあ、サナに関してそんなことはなかよ。埴山比売神さんがついておるでな』

『それはそうだけど、もしもの話だよ』

 トラと話していると、真介があたしに、あいさつするよう、促した。

 チビックの叔父夫婦とチビックが、真介とあたしにおじぎしている。

 あたしはあわてて三人におじぎした。


 チビックたちと病院職員たちは正門を出ず、学内から付属病院へむかった。

「あの人たち、なんで、ここにいたのかな?」

 正門を出ながら、あたしはそうつぶやいていた。

「俺たちに事情を話して謝罪したかった・・・。

 あの親なら、チビックも回復する・・・」

 真介は義理の両親となった叔父夫妻の心を感じているらしかった。


 あたしは、過去を白い何かで包んだまま心にしまいこんでいるチビックを、さらに大きな暖かい透明な物で包みこんでいる義理の両親を見たような気がした。

 義理の両親はチビックの全てを認めて受入れて見守ってる。

 これって本当の親だ。そして・・・。


「そうだよ。埴山比売神さんが知りたかったことの一つだよ。

 神さんは親子関係を知りたかったんだね・・・」

 真介は、真介が思っている親子関係の定義がハニーに認められた、と思っている。

 あたしは真介が話したように、埴山比売神さんが親子関係を知りたかっただけと思った。

 真介は埴山比売神さんをハニーと呼んでるのか・・・。

 だけど、ハニーより、ハニイに表現するのがあってる気がする・・・。


「わしは母を思いだしたぞ。それとサナじゃな。

 母が亡くなって以来、サナはわしの母代わりじゃった・・・」

「むむむっ。あたし今もトラの母か?」

「今は娘かのう。いや、孫じゃな。

 まあ、子孫ゆえ、孫のようなもんじゃろ・・・」

 そういったトラから、ああ、正体をばらしてしもた、と気にする思いが伝わってきた。


 なるほど、真介がトラを爺ちゃんと呼ぶはずだ。トラも神さんも、けっこうおっちょこちょいだ。おもしろいところがある・・・。

「正体なんかわかってるんだから、気にしなくっていいよ。

 あたしたちは神さんじゃない。

 神さんを身近に感じて連絡し合っている、そう思ってるよ」

「そういうことだ・・・」

 真介は何気なくそういった。

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