三十八 片眼の猿

「ねえ、あたしがタオルを掛けるの、変だったの?」

「変ではないぞ。よくできたぞ!とても、猫とは思えんなあ」

「じゃあ。なんだと思うの」

 アルファが、椅子の下に居るわしのそばに寄ってきた。


「猫賢者じゃよ。わしと同じじゃろう」

「どういうこと?」

「話せば長くなりおるばい。

 梅雨寒じゃけん、湯冷めせんようにな・・・。

 リビングのソファーに行こう。

 アルファは誰から言葉を教えてもろた?」

 わしとアルファはリビングのソファーに飛び乗った。


「うんとねえ・・・。

 わかんない。いつのまにかしゃべれたよ。涼太の話も聞けたよ。

 アッ、そっか!

 ミケもベータも、ガンマも、鳴声はできるけど、ヒトみたいに、しゃべれないもんね」


「涼太と話したんか?涼太はアルファがしゃべるのを知っとるんか?

 ところで、ダッコして欲しいか?」

「うん、知ってるよ。

 ダッコしてえ~。あたしは、まだ、子どもだよ~バブ~」

「そういうが、いっぱしに成長しとるぞ。さあ、湯冷めせんようにダッコじゃ」

 わしは懐にアルファをダッコしてソファーでまるくなった。

「ああ、うれしいなあ~」

 アルファは喉をゴロゴロ鳴らしはじめた。


「それで、涼太はどう思ってる?アルファの買主じゃろう?」

「二階のトラと同じだねって言ってたよ。

 だからあたしに、トラといっしょのほうがいいいよって勧めたの。

 トラの事は、真介から聞いたといってたよ」


「ほほう、涼太は、片眼の猿を知っとったか。感心な奴だなあ!」

 わしは一階の医学生に感心しおった。


「ねえ、片眼の猿ってなあに?」

 わしの懐で、アルファがはてな?という顔になっとる。

「片眼の猿ッちゅうのはのお・・・」

 わしは、わしの母のミケから聞いた寓話を、アルファに説明した。



 昔、猿だけが住む、猿ヶ島があったそうな。

 たくさんの猿がおってな。しかも、皆、片眼しか見えんかったそうな。

その猿の中に、両目が見える猿が産まれおった。

 子猿は両目が見えるから、物をはっきり見分けられるし、見える物との距離もわかる。両親は子猿の能力に、とても感謝しおった。


 島の、片眼だけしか見えん猿たちは、最初のうちは、両目が見える子猿の能力に感心しおった。

 だが、日が経つうちに、片眼の猿たちは、両目が見える子猿を

「両目が見えて、自分たちより優れている」

 と知って、皆で、

「お前は、この島の猿とは違う!」

 と言って虐めおった。


 虐めは、子猿の家族にまでおよんだ。

 子猿は、悲しくなって、

『見えるのが片方の目だけになれば、自分も家族も虐められなくなる』

 と思った。


 そして、ある日。

 子猿は独り、こっそりと浜辺へ行って、泣く泣く岩を拾って、自分の片眼を潰したんじゃ。

『これで虐められなくなる』

 と思って子猿は酷い痛みを我慢しおった。

 その後。子猿は家族ともども、虐められんくなった。


 そして、片眼を潰した子猿は大人になりおった。

 片眼を潰した猿に、子どもが産まれおった。子どもは両目が見えおった。

 他の猿から産まれた子どもたちも、みな、両目が見えおった。


 島の猿たちは、ようやく、

『自分たちが、他の猿と違っていた』

 と気づいて、片眼を潰した猿に、詫びたとさ・・・。


(昔、母が話した 寓話『片眼の猿(今昔物語の出典らしい)』をさらに、創作しました・・・)



「ふうーん。いじめられたんだね・・・。

 いじめられたら、そこから逃げだせばいいのにね・・・」

 アルファがムニュムニュ言いながらそう呟いた。


「だがのお。子猿には家族もおるし、住み慣れた島からは出て行けぬ。

 子猿の思いだけでは、変えられぬこともあるよって、子猿は島で暮す、そういう人生を選らんだんじゃよ」

「子猿。かわいそう・・・」

 アルファがしんみりとそう言った。


 わしはアルファの頭を撫でた。

「涼太は、アルファのことを、よくわかっとる・・・」

「うん・・・」

 アルファがゴロゴロ、喉を鳴らしている。


「あたし、今日から、ここに居ていいよね?

 涼太がそう言ってたよ。真介が、あたしをトラのお嫁さんにしてあげるって」

 わしは跳び起きそうになった。

「本当か?」

 わしは耳を疑った。聞いたことが信じられなかった。見合いではのうて、押しかけ女房じゃぞ、これは・・・。

 わしは、想わずアルファに確認した。

「アルファ。お前、わしを相手して、ほかの猫と遊ぶ気はないんか?」

「ないよ。だって、ニャン語は、ちっともわかんニャンんだよ。

 ミケだって、なんか言ってるけど、あたしは、なんとなく、こんなことを言ってるんだろうなと思って、ミケに合せてるだけだよ」


「まあ、わしらネコ賢者族は、そんなもんじゃろな。

 わしの母親のミケも、アルファの親と似たようなもんじゃった。

 わしは、サナに育てられよったから、ニャン語は憶えんかった。

 サナに日本語を教えられおったが、しゃべれんかった。

 最近になって、加具土神さんがボイスチェンジャーアプリをくれおったと言うか、わしの中に神さんがおって、それがアプリだっちゅぅことになっとるんで・・・。

 こんな事を言っても、アルファにはわからんのお・・・」


「そんな事はないよ。あたしを守ってるミズハさんの意識、わかるよ。

 トラはカグツチさんだよね?」

 そう言って、アルファがわしに微笑んだ。わしの腕の中でムニュムニュいって居眠りしとる。何と可愛いんじゃろう・・・。

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