十九 カミさんの相手

 翌日木曜、朝七時。

 ダイニングキッチンで朝食を作りながら、アキとエッちゃんとママに、メグとヘビオは心配なくなったことを連絡しようと思ったが、その理由をどう説明していいか思いつかない。そんな連絡しなくても、ヘビオからみんなに連絡がなければ、メグに転送される連絡はないから、ヘビオに対するメグの疑いも自然消滅になる。


 そうじゃないな・・・。

 メグとヘビオに送ったあたしのイメージで、メグはヘビオを疑わないはすだ。いや、もうメグはヘビオを疑わないし、ヘビオはメグだけを思いつづける・・・。


「そういうことじゃな。わしらが、わしらのすることを、『・・・するはずだ』、とあいまいに思ってはいかん!『必ず・・・する』あるいは、『必ず・・・になる』じゃ。

 わしらは、カミさんじゃからのう・・・」

 トラが足元に来てゴロゴロ喉を鳴らしている。


「うん。あたしは、あたしが決めたことに、自信を持っていいんだね・・・。

 スムージーできたぞ。野菜少なめで牛乳の多いのが。猫マンマもあるぞ。

 あたしの朝ご飯も、トラと同じか・・・」

 いつも、調理台のキッチンテーブルで、ご飯を食べていたのでは、なんだかけじめがつかない気がする。こんなとこもカミさんになったためか・・・。

 あたしはキッチンテーブルの焼き鮭とご飯と、野菜少なめで牛乳の多いスムージーと味噌汁と野菜炒めをダイニングテーブルへ移動して置いた。


 トラはダイニングテーブルの下でトレイに入った猫マンマを食い、スムージーをなめてあたしを見あげ、

「野菜炒めもほしいぞ!」

 というので、あたしはトラの猫マンマに野菜炒めを乗せてやった。


「今日の講義は、十時半からだけど、なんか気になるから、調べるよ・・・」

 あたしはご飯を食べながら、スマホで大学の学生専用ホームベージの教務連絡を調べた。

 教授の都合で十時半の社会学は休講になっていた。

 午後の講義も調べたら、午後からの三科目も休講になっていた。


 大学は都心の文教地区にある。

 あたしの実家はM県R市だ。帰るのに一時間もかからない。

 明日の講義をサボれば今日も入れて四日間の休みになる。実家に帰って庭の祠を確認したい気もするけど、今月(五月)の連休に帰省したばかりだから、帰省して祠のことを母に話したら、電話ですむだろう、といわれるはずだ。

 まあ、母だって祠について何も知らないだろう・・・。


「自分で確認したらええじゃろ・・・。何を知りたいんじゃ?」

 あたしの考えを知り、野菜炒めを食いながらトラがあたしを見てる。

 あたしも野菜炒めを口に入れ、コリコリとキャベツを噛み砕きながらいう。

「あたしの好み・・・。どんなの人が好みなんだろうと思ったんだよ・・・」

「そうさなあ・・・。サナは身長があるよってに・・・」

 トラは猫マンマを食いながら考えている。いや、何かを感じようとしている。


「背が高いから何?みんなも背が高いよ・・・」

 アキとエッちゃんとママもあたしと同じくらい背が高い。そう思いながら、ご飯と鮭の切り身を口に入れ、味噌汁を飲んだ。トラは猫マンマと野菜炒めを食い、スムージーをピチャピチャなめている。

「背が高い、いい男が現れるじゃろうて・・・」


 なんだか、トラの雰囲気が沈みはじめた気がする。これってどこかに漂ってた気配だ・・・。どこだろう?

 あたしは茶碗のご飯をぜんぶ口に入れて鮭も口に入れた。そして味噌汁を飲む。口の中でトラの好きな猫マンマを味わっている。トラだけでなく、あたしも猫マンマが好みになってきてる。これってあたしはトラ並みってことか?トラは野菜炒めを食ってスムージーも飲んでるんだから、トラがあたし並みってことだ。

 トラがあたしに、トラがカミさんに似たんだぞ。ということは・・・。

 あたしはトラの心に、あたしの心を同調させた。



 あたしの意識に医師が現れた。彼は一人の入院患者を診てる。患者の持病が少しずつ回復している。医師は入院患者が自然治癒したと驚いてる。

 なんだこれ・・・。

 医師は誰だ?見覚えないぞ・・・。

 患者は誰だ?あたしか?顔がはっきりしないな・・・。

 トラは、あたしの相手は背の高い男だ、といった。この医師、あたしよりちょっと背が高いだけだ・・・。


「これっ!わしの意識の何を探っておるのじゃ?サナの意識を探るのと同じじゃぞ。

 さて、ごちそうさん。うまかったぞ。

 今日は何する?講義は休みじゃろうて?」

 トラはあたしを見あげ、顔を手(前足)でなでている。

「洗濯と買物は週末すればいいから、のんびり昼寝でもするかな・・・」

 あたしは残りのご飯と鮭と野菜炒めを口に入れた。なんだか、トラの主導で一日がはじまる気配だ。


「サスレバ、わしに社会学のテキストを見せてくれ。わしも少しは勉強せんといかん。

 なあ、社会学ってなんぞね?」

 それをあたしに聞くか?あたしの頭ん中を見たら、それくらいはわかるだろう?

 ははあ・・・、あたしの考えを読めるなんていったくせに、実際は読めないんだな・・・。

 

「そんなことはないぞ。ちゃんとこうして対応しとる。考えとることを読んどる証拠ぞ。

 しかしのう、考えとることと、一つの法則ちゅうか概念は、ちょいとちがうでな」

 そういいながら、トラは顔を撫でるのをやめた。あたしを見あげてる。

「どこがちがうの?」

 あたしはご飯を食べ終え、食器をシンクに入れた。


「ほれ、サナが日本人であることと、日本人という概念はちがうようなもんじゃ。

 概念はかんたんには読みとれぬよ・・・」

 なんと!トラが急に、難しい猫賢者になりおったぞ・・・。

 なんてことだ!あたしまで、トラに似てきたぞ・・・。


 あたしは自分の食器を洗ったあと、トラの食器も洗った。

 猫賢者といえど、トラは猫だ。あたしとは寄生しているモノがちがう。


「むむむっ、寄生なんぞしとらんぞ!この間、病院で見てもらっただろうに!」

「おお、あたしの意識に現れたんは獣医さんか!

 患者はシロか!トラが人間の賢者並みに考えてたから、シロが人に思えたんだ!」

 あたしは、なるほどと思った。


「ところで、社会学とは、一言でゆうたら、なんぞね?」

「今、そんなことを訊くんか?」

「サナは知らんのか?」

「そんなことを説明できれば、学者になれるよ・・・。

 社会の定義、社会の成り立ちや関係法則、社会の背景にある文化など、普遍性を論理的に説明することだよ」

「かんたんにゆうたら、どういうことぞね?」

「そうだね・・・。社会が成り立っている原因や条件を説明することだよ。

 そんなことより、トラの獣医さんはダメだ。ハッキリいうよ。

 あの人は性に合わない!好みじゃないよ!」

「おおっ!獣医さんではないぞ!心配するな。

 サナは潔癖症的なところがあるゆえ、サナより背の高い、それなりの人ぞね。

 猫のわしを風呂に入れてシャンプーしたり、水洗トイレを憶えさせたり、出歩いてきたら手足を洗わせたり、何かと人並みに教えられおったからのう・・・・」


「そりゃあ、そうだ。ここで暮すのに、トラだけが好き勝手していいはずないだろう?

 猫でも、人並みにすべきだよ。いろいろ、憶えて良かっただろう?」

「まあな・・・」

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