二十 カミさんと社会学

 しばらくして、トラが社会学についていう。

「わしらが社会学を学んどるは、カミさんとして人の社会を知るためぞね」

「どういうこと?」


 そうこうしているあいだに、食器を洗い終えた。もちろん、あたしの食器とトラの食器を洗うスポンジは別々だ。そして、食器の乾燥カゴも別々だ。これはあたしとトラの意見で決ったことだ。

 うん?

 食器を洗うスポンジも、食器の乾燥カゴも別々にすると決めたとき、トラはあたしと話していなかったな・・・。

 いったい、あの時、あたしは誰と話したんだろう・・・。


「そりゃあ、カミさんに決まっとるだろう・・・」

「あれは、実家からここに引っ越した時だよ。二年前から、カミさんがあたしとともにいたってことか?」

「まあ、そういうことじゃ。屋敷守護の神さんだから、サナを守っとるんじゃ」

 トラはそういってあたしを見あげてる。


「あたしは、屋敷ってことか?」

「では、サナの屋敷はどこぞね?屋敷守護とゆうても、物理的な空間だけではないぞ。

 屋敷の主人を守らねば、屋敷の守護の意味がのうなってしまう」

「あたしの守護ということか・・・。

 わかった。以前から、カミさんはあたしの中にいた。そして、今度はあたしとともに、人の世をじかに感じようとしてる。カミさんのあたしとして・・・」

 あたしは手を洗ってタオルで拭き、クッキングヒーターに、水を入れた鍋を置き、スイッチをオンにした。


「トラ。何か飲みたいか?もってゆくから、ソファーに行こう」

「ならば、ぬるめのホットミルクを頼むぞ。待っとるよ・・・」

 そういいながら、トラはリビングのソファーへ歩いている。


 あたしは鍋の湯でコーヒーをカップにドリップし、冷蔵庫から牛乳を取りだして、コーヒーに注いでミルクコーヒーにした。そして。鍋で牛乳をちょっとだけ温めて砂糖を加え、トラのミルクカップにホットミルクを入れた。


「トラ。できたよ・・・」

 リビングのソファーでトラは居眠りしている。ネコとは眠子ねこだな・・・。

 そう思いながら、ソファーテーブルの脚元にトラのミルクカップをのせたトレイを置き、ソファーテーブルにお盆にのせたミルクコーヒーを置いた。

「おお、サナ。ありがとうな・・・」

 トラが寝そべった姿勢から尻を持ちあげ、思いきり前足(前腕か?)をのばして伸びをし、次に後ろ足をのばして伸びをしている。動作が猫には思えない。どう見ても、ストレッチしているオッサンだ。

「オッサンにあらず。猫賢者ゆえ・・・」

 トラがソファーから飛び降りた。ホットミルクの匂いを嗅いでなめている。


 あたしはカーペットのクッションに座り、ソファーの縁に背を持たせてミルクコーヒーを飲もうとしたが、凄まじく熱い・・・。

「何か知りたいことがあったら、カミさんに訊けばいいんだね?」

「サナの疑問の答えは全てサナの中じゃ」

「どういうこと?」


「神さんがサナとともにいるゆえ、サナが神さんということぞ・・・」

「屋敷守護の神さんがあたしの意識と共棲してるってことは、あたしは埴山比売神さんで、トラは神さんの代理人、つまり、あたしの分身のようなものか?」

「そういうことじゃな。やっと納得したか」

「納得しても、実感するのに時間がかかるよ・・・」

 ミルクコーヒーが熱い。フウフウ吹いて冷ましながらミルクコーヒーをすする。


「もうサナは埴山比売神さんゆえ実感は湧かぬよ。

 サナは、自分がサナで、ごく当り前の人だと思うとるじゃろ。それと同じじゃよ。

 わしが賢者のトラであるように、サナはすでに埴山比売神さんぞね」


 なんと!何ということだ!あたしはトラのように変化したのか?

 実感が湧かないのが、その証なのか・・・。

 そう思っていると心に言葉が湧いてくる・・・。


『まわりを感じれば、それで全てがわかます・・・。

 まわりを変えたければ、そのように、まわりの変化を心に描き、それらをまわりに感じさせなさい・・・』


 そういうことか・・・。

「そういうことぞね・・・。

 親しくなる者がどこにおるか、サナの心が落ち着けるところがどこか、とサナの心を感ずれば、相手がどこにいるかわかるぞ。

 ただし、あわててはいかん。自然の成り行きにまかせるのじゃよ。よいか?」

「うん、いいよ。もう感じたよ・・・。その人、下にいるんだ・・・」


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