二十一 下の住人と加具土神と原大和朝廷

 フウフウ吹いて冷ましたのに、まだミルクコーヒーが熱い。またもやミルクコーヒーをすする。


 トラがホットミルクをなめながらいう。

「サナも猫舌になりおったか・・・。

 ところで下というのは下界か?それとも単純に、物理的な下のことか?」

 トラが顔を上げた。あたしを見あげてる。


 ミルクコーヒーをフウフウ吹きながら、あたしは横目でトラを見た。トラは何か知っているのか?

「うん、一階の住人。三月に住人が出てから空いてたけど、新人が入ったみたいだよ・・・。前の住人は出るときあいさつに来たけど、今度の住人はあいさつに来るかな?」

「まあ、自然の成り行きに従うじゃろうて・・・」

 そういってトラはまたミルクをなめている。

「あたしが?それとも、下の住人が?」

「どっちもじゃよ。良きにしろ悪しきにしろ、ことは成るべくして、成る方向へ進むのじゃ」


「まだ、出会うタイミングではないってこと?」

 フウフウ吹いてても、なかなかミルクコーヒーが冷めない。なんかおかしい。

 そう思いながら、ミルクコーヒーが入っているマグカップを見る。

 マグカップは温めてない。コーヒーはドリップした。こんなに熱くなってるはずがない。フウフウ吹いて冷ましているのに、なんで冷めるのに時間がかかるんだろう・・・。

 あれ?もしかしたら・・・。


 ふたたび、あたしはトラを見る。

「ねえ、トラ・・・」

 トラが顔を上げた。あたしを見ている。

「なんだ。サナ?」


「あたしの状態を、まわりが示すことがあるんか?」

「心の象徴として、あるじゃろな・・・。なんか、ありおるんか?」

「うん、さっきからミルクコーヒーが冷めないんだ。おかしい・・・」

「ははあ、加具土神かぐつちのかみさんじゃのう・・・」


加具土神かぐつちのかみさんって、なんだ?」

 そういってあたしはミルクコーヒーを飲んだ。ようやく冷めてきた。

「そうさな・・・。ちょっと待ってくれ。これで飲みおえるゆえに・・・」

 トラはミルクカップに顔を入れて、ミルクをなめている。


 トラが顔を上げた。そして、おもむろにいう。

「よいか。よく聞け。加具土神さんは、原大和朝廷げんやまとちょうていに使えた広報官的仕事をしておった人物ぞね。今でいう、超能力者ぞね。心のエネルギーの管理をする神ぞね。

 加具土神さんはな、火の神で、野火が燃え拡がるごとく、迅速にことを伝える神といわれとる。

『神の心にかなったものはうまくゆく。己の心に火を点け、人の心に己の心を伝えよ』

 加具土神の言葉ぞね」

 トラは手で顔をなではじめた。


 あたしはなんだか喉がカラカラな気がしてミルクコーヒーを飲んで喉を湿らせた。 

「ミルクコーヒーが冷めなかったんは、加具土神さんが近くにいたってことか?」

「わしは、『ことは成るべくして、成る方向へ進む』というた。森羅万象の全てから、自然の流れを読めということじゃろう。加具土神は、神の言葉どおり、サナに、

『神の心にかなったものはうまくゆく。己の心に火を点け、人の心に己の心を伝えよ』

 と伝えようとしとるんじゃと思うぞ・・・」


「そういうことなら、マグカップが熱かったんは納得できる。

 あたし、なりゆきにまかせて一階の住人は観察するよ・・・」

「うむ、それでいいのじゃ・・・」

 そういってトラは髭をなでている。どこかで見た光景だ・・・。



「ところで、原大和朝廷げんやまとちょうていってなに?

 日本の古代史を記録したんが古事記、日本書紀っていわれてるけど、あれ、事実をねじ曲げた大ウソだと思うんだ。

 理由は、二千くらい前のことが、いい加減に書かれてるよね。中国の歴史文献に日本のことが出てくる時代を、古事記、日本書紀は神話的に扱いすぎてる・・・」

 そういって、あたしはミルクコーヒーをグビリと飲んだ。ちょうどいい温度になっている。


 トラが顔を髭をなでながらいう。

「たしかにそうじゃよ。日本における二千年くらい前のできごとが、神世かみよの時代のはずがなかろうて。古事記、日本書紀は当時の為政者が、大和朝廷以前の、出雲いずもの国の存在を隠すためにねつ造した、偽りの歴史書ぞ。


 二千年ほど前の日本で繁栄していたのは出雲いずも日向ひむかじゃよ。

 大和朝廷ができる以前、出雲の国の開祖の大王おおきみが出雲の国を支配し、女大王おんなおおきみが日向の国を支配しておった。

 出雲の国の開祖の大王は日本をひとまとめにするため、日向に攻め入り、日向の国の女大王を現地の妻にしたため、出雲の国と現地の妻が支配する日向の国が一つにまとまったのじゃ。

 この頃、大和は豪族たちが支配する地方だったが、出雲の大王の一族は日本をまとめるため、大和豪族と手を組んで大和を支配しておったのじゃ・・・。


 しかし、出雲の国の開祖の大王が亡くなると、日向の現地妻が支配する日向の国が圧倒的に勢力を拡げ、現地の妻は、亡き大王に代って女大王おんなおおきみとなり、出雲と日向を支配し、大和へ侵出しようとしおった。

 そこで、女大王は、大和豪族と手を組んで大和を支配していた出雲豪族の相続人が末娘になったことを利用し、出雲豪族の相続人である末娘の婿養子として、日向の国から女大王の孫を大和に送りこんだのじゃ。

 当時は末永く子孫を残すため末子相続の習わしがあってな。末子が女子なら、他所から婿養子をもらったのじゃ。

 この婿養子が、古事記日本書紀で、大和朝廷の開祖といわれた人物じゃよ。


 大和朝廷の開祖が婿養子などというのは格好が悪かろうてに・・・。

 そこで、「東征」などと威勢のいいことをでっちあげおったのじゃ。

 日向におった女大王は、その後も、己の息子や孫を大和へ送りこんで、大和朝廷の母体を築き、大和朝廷を牛耳ったのじゃよ・・・」

 トラが髭を撫でるのをやめた。あたしを見あげている。


 あたしはミルクコーヒーをグビリと飲んだ。なんだか、おもしろくなってきた。

「出雲の国の大王って誰なん?

 日向の女大王は?

 大和朝廷の開祖に成った婿養子?」


 トラがあたしの膝に乗った。あたしを見つめながら言う。

「出雲の国の大王は布都斯ふつしと呼ばれ、須佐之男神すさのおのかみとして祀られた人物じゃ。

 日向の女大王は日霊女ひみこ天照皇大神あまてらすすめおおかみ

大和朝廷の開祖となった婿養子は伊波礼彦いわれひこ神武天皇じんむてんのうじゃよ・・・」


「なんてことなの!日本の歴史が・・・」

「全て、皇室に記録されておるが、宮内庁は事実を公表はせぬよ。

 公表すれば、これまで日本国民を騙したことになるゆえ・・・」


「でも、日向豪族が古代に大和朝廷を樹立したんだから、事実をねじ曲げる必要はなかったのに・・・」

「出雲の国の大王亡きあと、出雲豪族は、出雲と日向と大和の支配者が出雲の国だと主張しおった。そのため、出雲の国譲りの原因となった戦争に突入しおった。

 結果は出雲の国が敗退して、日向の国が全てを支配しおったのじゃ。

 日向豪族と出雲豪族のあいだで取り引きがあってな・・・。敗走した出雲豪族は科野(信濃)へ逃れ、諏訪に棲みついて科野の国を建国した。当時の科野の国は大和朝廷から独立しておった・・・」


「女は怖いね。子孫を残すために、正妻の一族を滅ぼしたんだね・・・」

「それでもな、原大和朝廷や大和朝廷の初期には、

『妻は出雲から迎え、婿は日向から迎えよ』

 といわれておったんじゃ」

「すごい。出雲と日向と大和の融和策だね!」

「当時の為政者のほうが利口だったんじゃよ。

 古事記、日本書紀を作った為政者はアホぞね・・・」

「なるほどね・・・」

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