十八 あたしとトラは縁結びのカミさん
「トラの意識はあの祠の神さんの『意識』だよね!」
しばらく間を置いて、トラがいう。
「そうじゃ。わしは祠におった『意識』じゃよ。『賢者』ということにしておこう」
「わかった。でも、賢者なんて呼ばないよ。
トラの目的はなに?あたしをヘビオみたいな者から守るといってたね。
メグを守ること?エッちゃんたち、みんなを守ること?」
「サナを守ることぞ。そいでな。サナの相手を見つけることぞね・・・」
トラはそういって手で(前足ではない)顔を撫でている。
「なんてことだ!」
あたしは驚いた。だけど、しばし呆然なんてことはなかった。
あたしは、今日は水曜だ、なんて妙なことを思いながら、気になる男を思い浮かべた・・・。
「・・・」
な~んも、浮ばなかった。
「なんも思い浮ばんでええんじゃ。サナを理解する者はおるよ。出会うのはもうちっとあとじゃよ」
トラはそういってあたしを見あげてる。
「理解するってどういうこと?」
あたしはトラを抱いた。膝の上に乗せた。
「サナとわしじゃ。ボイスチェンジャーを理解するっちゅうことぞね」
トラがゴロゴロ喉を鳴らして膝の上で寝そべっている。
「ボイスチェンジャーじゃなくって、祠の神さんだろう?」
「そうともいえる・・・」
「トラとあたしは縁結びの神さんだね!」
トラが顔を上げた。
「むむっ!なんぞ?なぜ、それを知っとる?」
まじまじとあたしの顔を見ている。
「メグとヘビオの良縁を考えるってことは、縁結びの神さんってことでしょう?」
そういってあたしはソファーテーブルのノートパソコンを見た。
さっき、ヘビオはメグの身体を拭いて下着とパジャマを着せて寝かせてた。
今も、メグはベットに横たわっている。ヘビオは宝物を扱うようにメグの髪を撫でている。コイツら、晩飯、食ったのだろうか・・・。
トラがあたしの膝の上で顔を上げた。ノートパソコンを見てる。
「帰る途中で、ハンバーガーとシェイクを買ったぞ。チキンバーガーじゃな・・・」
トラがノートパソコンのふたりの心をのぞき見している。
「さてさて、縁結びのあたしの相手は誰だろね?」
あたしはトラを抱きあげて、ソファーに置いた。
何だか、トラが重くなっている。だけど、見た目は以前のままのトラだ。太ったようには見えない。もしかしたら、祠の神さんの分だけ、つまりボイスチェンジャーのアプリの分だけ重くなった・・・。ボイスチェンジャーに重さがあったのか?
「ボイスチェンジャーに重さがあるんじゃよ。
わしの相手でもあるから、サナの相手は知性的でないと困るぞ。
サナの社会学部に、ボイスチェンジャーを理解できる者はおらぬな・・・・」
「ITにくわしいほうがいいんか?」
あたしもソファーに座った。トラが隣でゴロゴロ喉を鳴らしている。
「社会学もITも頭脳労働ぞね。ボイスチェンジャーは使うには頭脳と精神が必要なんじゃ。これができるのは、そんじょそこらにはおらぬよ」
「じゃあ、あたしの相手はいないってこと?」
トラの顎を持った。こっちをむかせた。トラの顔を左右から両手でつつみ、両目の目尻に親指をくっつけて目尻を顔の横へ引っぱった。トラの目が横へ拡がり、スフィンクスのようになっている。
「お~い。スフィンクス~。いつまで謎解きしてるんだい?本音を吐け!吐かねえと、髭をこうだぞ!」
今度はトラの髭を左右いっしょに引っぱった。トラの口が左右に拡がり歯がのぞいている。
「こら、やめんか。イタタタッタ・・・」
「どんなのがいつ現われるんだ?」
「わからん・・・」
さらに髭を左右にクイクイ引く・・・。
「縁結びの神さんだから、知ってるだろう?ホレホレ・・・」
「三年になったら現れる。わかるのはそれだけぞ・・・」
「来年だね・・・」
「そうじゃ・・・。オオッ!いたかったぞ!髭を離せ!」
「だめだよ。まだ答えを聞いてないことがある。トラは何者だ?どこにいる?」
あたしはまたトラの髭を引っぱった。
「わしは猫賢者だ。ここにおるぞ・・・」
「ここにいるのは猫のトラだ。トラの中にいる『意識』の本体はどこにいるの?」
「本体は、祠におったが、今はこのトラとサナの中だ・・・。
わしらは姿を持たぬ種族でな、人間の精神エネルギーが一ヶ所に集中蓄積した空間に存在しておった。同じ所にいても、状況は知れるし、状況を変えることもできる。
だが、それではつまらん。身体で感じることを、意識は感じられないからだ。
人の記憶はわしの記憶ではない。トラが猫マンマを食って『うまい!』と感じた記憶は、猫のトラの記憶で、わしのではない。そこで、トラとサナの身体に共棲させててもらった。
もちろん、サナに共棲しとるんは、わしらの世界の女じゃよ。トラにはわしじゃ」
「それで、なんて種族なの?」
「ニオブだ。オーヴとも呼ばれる。ここではカミーか?」
「元素記号のニオブか?霊魂のオーヴか?神のカミーか?」
「まあ精神生命体ちゅうことぞね」
「なんてことだ!トラとあたしは、カミさんだぞ!
おい!おカミさん!飯にしてくれ!
あいよ!アンタ!
なんてことかいな?」
あたしは驚きを冗談で紛らわした。
「冗談なんていわんでいい。サナもわしも、特別に変ってはおらんよ」
「バカいわないで!猫がしゃべって、パソコン操作したら、精神と意識の大変革だ!
なあ、トラ!ヘビオの意識と精神を、『メグ様命』だけにできるんか?」
あたしはトラの髭を今までのクイクイより、小刻みにクンクン引っぱった。
「ああ、可能じゃよ。サナにもわかっとるだろうに・・・」
「そんなら、今まで、メグにヘビオの性格を知らせようとしてきたのはなんだったの?」
そういってあたしはトラの髭をクンクンする。
「イタタッ・・・。
それはな、可能なかぎり、人の精神と意識は自分で変えるんがええんじゃ。
他から影響があったと意識や精神、つまり意識領域や無意識領域が感ずるようではいかんのじゃよ」
自己意識領域は、意識、思考、精神、心、霊、魂の順に無意識領域へ移行するとトラが思っているのが、あたしにわかった。
「ヘビオ自身が『メグ様命』になる必要があるのか・・・」
「そういうことじゃ。コレ、髭を離せ・・・」
「おお、忘れてたっ!」
あたしはトラの髭を離して口のまわりを撫でてやった。トラはゴロゴロ喉を鳴らしてる。
「でも、ヘビオの変化を待ってたら時間がかかりそうだから、ちょっとだけ、ヘビオの意識と精神に手をくわえるよ・・・」
「まあ、ええじゃろな・・・」
「そんでは・・・」
あたしはノートパソコンに映っているヘビオとメグの意識と精神に、つまりふたりの頭脳と身体に、他の相手を選んだ場合の悲惨な生活のイメージを送った。
どんなイメージかというと、ヘビオとメグがたがいに最良の相手であり、ヘビオが何人もの女に手をだして、それが発覚し、家庭内が揉めに揉めて崩壊し、ヘビオが路頭に迷う場面を想像すればいい。
「むむ・・・、よう気づきおったな!それでええんじゃよ!
ふたりの楽しい生活は、今後、ふたりが体験すればいいんじゃ。今から、全て想像できては、生きる意味がなくなってしまうからのう・・・」
「それって、あたしにもいえるんだね・・・」
「そうじゃ・・・」
サナも気づいたか、とトラがニタニタしている。
「だから、あたしの相手がどんな男か、教えないのか?」
「うむ・・・。
さて、メグたちは寝たな。わしも寝よう。パソコンを止めるぞ」
「いいよ・・・」
トラはソファーからソファーテーブルへ飛び移り、ノートパソコンをシャットダウンした。そしてソファーにもどり、逆の「の」の字を書くように、反時計回りにひとまわりして、尻尾を身体に巻きつけると、伸ばした前足(両腕か?)に顎を乗せ、寝息をたてはじめた。いろいろあった一日(水曜)だったからずいぶん疲れているようだ。
テレビのスイッチを入れた。九時のニュースで、猫や犬が人並みに話す事件が生じていないか確認しよう・・。まあ、そんなことはないか・・・。
やっぱり、トラのような異変を報じるニュースはなかった。
さて、実家の祠にいた『意識』、つまり神さんがあたしとトラに共棲したんなら、あたしとトラは神さんだ・・・。埴山比売神さんは何をしたいのかな・・・。
もしかして、あたしとトラがやってることが、埴山比売神さんってことか?
『あたしはカミさん。仕事は縁結び。それも、家系を維持するための縁結び。そしてサナの身体に共棲して人として行動すること・・・』
どこからともなく、そんな思いが湧いてきた。
トラは?
『トラもあたしの一部。分身と思えばいい。心はシンクロしてる・・・』
そうなのか・・・。
「そうだぞ。はよう寝ようぞ・・・」
トラが寝ぼけたようにムニュムニュいっている。
あたしはカミさんになったというが、そんな感じはまったくない。変ったことはトラが人並みになって、あたしとトラにあのアプリの能力が備わったことだけだ・・・。
ああ、これがカミさんになったことか・・・。
メグたちは、あたしが送ったイメージでおちつくだろう・・・。
あたしも、いつもの日常にもどるだろう・・・。
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