十七 猫賢者は祠の神さん?

 あたしは、実家の庭の大きな柿の樹の下にある、小さな石の祠を思いだした。屋敷神・埴山比売神はにやまひめのかみさんを祀った祠だ。


 最近、気になって、あたしは、『どうしてるかな?』と思った。

 幼いときから、あたしは祠に誰かがいたのを感じてた・・・。

 だから柿の花が舞いちる祠の前に茣蓙ござをしいて、いろいろお供えした。桜餅とか草団子とか大福とかお供えして、お茶もお供えした。柿の花を拾いあつめて紐を通して首飾りにして、祠にかけた

『祠の神さん。お茶とお菓子をどうぞ。お話できるといいね・・・』

 と祠に話した。

 そのことをトラに話したら、トラは

「そうじゃったな。サナは、いつも、わしらを思っとる、かわいい娘じゃった・・・」

 といって、あたしの想い出に関することから口を閉ざした。

 あれって・・・。


 あたしが祠に話したとき、トラはいなかった。トラの母親のミケがいた。

 トラはミケから、あたしが祠にお供えしていたのを聞いたと話したが、祠の前に、ミケはいなかった・・・。もしかしたら・・・・。


 もしかしたら、トラは、実家の庭の大きな柿の樹の下にある、小さな石の祠、屋敷神・埴山比売神はにやまひめのかみさんを祀った祠の、使者かもしれない。

 そんなあたしの思いをよそに、トラはソファーソファーテーブルの脚元で、トレイのボウルのゆで玉子を食っている。


 あたしはゆで玉子を食うトラにいった。

「トラ。祠にくらべたら、ここの居心地はどうなの?」

「とてもいい・・・。うん?何のことだ?」

 トラはゆで玉子を食いながらあたしを見あげてる。

「いつから、ここに引っ越したの?」

「何のことだ?メグたちを見なくていいのか?」

 ゆで玉子を食いおえて、トラはあたしを見つめてる。

「メグの怒りはひとまず鎮火してる。

 それより、トラのことを教えてね・・・」

「何でも訊いてくれ・・・」


「トラが話せるようになったのは、ボイスチェンジャーを使うようになってからだよね」

 そういってあたしはご飯を食べる。

 パソコンのメグは横たわっている。ヘビオはベッドのメグの身体を拭いて下着とパジャマを着せて寝かせてる。宝物を扱ってる感じた。


「そうじゃ・・・」

「トラに、ボイスチェンジャーのアプリはどう作用したの?ああ、おかしいな・・・。

 ボイスチェンジャーはどうしてトラとあたしを選んだの?」


「気づいたなら、隠してもいかんのう・・・。

 あのとき、サナは

『祠の神さん。お茶とお菓子をどうぞ。お話できるといいね・・・』

 と話した。それで、約束したのじゃよ。サナが二十歳を過ぎたら、話そうと・・・。

 それでな。話す方法を探しとったら、パソコンや携帯が進化しおって、わしらを運んでくれた・・・・。


 つまり、通信媒体が私たちの意識を運んでくれたのです。

 私たちは、人間の精神エネルギーが集中して蓄積した、一ヶ所の空間に存在していましたが、人間が情報機器を発展させたおかげで、通信媒体を経由して人間の意識にも存在できるようになったのです。

 あなた一人では何かと不安でしょうから、トラを進化させ、人並み以上の存在、つまり私たちの代理人、代理猫にしました。

 あなたが考えるように、私は祠にいた存在です。人は私を屋敷神・埴山比売神はにやまひめのかみと呼びますが、本当の名は・・・・。



「サナ。サナ・・・。さ、なっ」

 トラがソファーの脚元から、あたしを見ている。

 あたしは我に返った気がした。

「あっ?!ああ・・・、考えごとしてた・・・」

 なんだ?

 今、あたしに話したのは誰だ?祠の神さんか?

 だけど、ちがうようなことを本人が話してた・・・。

『通信媒体が私たちの意識を運んでくれた』と話してた・・・。

『人間の精神エネルギーが集中して蓄積した空間に存在していました』と話してた・・・。

 祠の神さんは『意識』だ! 今、それはトラの中にいる・・・。

 ということは、あたしと話しているトラは猫じゃないぞ!


 トラが小首を傾けていう。

「何をバカなことを思っとるんじゃ?」

「トラは猫じゃないよね?」

 思わずあたしはそう訊いてしまった。

「そうじゃ。猫でないぞ。猫賢者だ」

 トラはそういってあたしに目配せしている。

「やっぱり、トラは、祠にいた存在なんだね」

「わしはな、猫賢者じゃよ・・・」

 トラはうなずきながら笑っている。あたしの言葉を否定はしていない。

 そうとわかれば、猫賢者の目的は何だろう。二十歳を過ぎたあたしと話をするだけではないだろう?


「そうでもなかよ。約束したから、サナが二十歳を過ぎるのを楽しみにしておったぞ。

 それに、世の中、便利になりおって・・・。

 そのせいで、人が努力せんようになったのう・・・。

 ああ、夕飯、ごちそうさん。うまかったぞ!」

 トラはあたしの思いを読んでそういい、ソファーに跳び乗った。


 あたしはあわてて夕飯を食べて、トラとあたしの食器をシンクへ運んで洗い、

「なあ、トラ。あたしと話すだけか?ほかの目的は何?

 ボイスチェンジャーのアプリはあたし専用だろう?そういうのは変だな・・・」

 トラにそういって返事を待つが、トラから返事はない。


『通信媒体が私たちの意識を運んでくれた』ということは、ボイスチェンジャーのアプリ自体が、『意識』ということになる。そして、ボイスチェンジャーの機能はトラとあたしの中だ。

 ボイスチェンジャーで大きく変化したのはあたしより、猫賢者になったトラだ・・・。

 そう思いながら食器を洗い終えて、ソファーテーブルの前にもどった。

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