十一 ヘビオのシッポをつかもう

 昼休み。

 陽射しを避けて、図書館裏の樅の木陰の芝生にみんなが集った。

 トラはシロとともにもどってきて、あたしのそばにいる。みんなはトラが彼女を連れてきたと感心している。トラとシロは尻尾を立ててみんなにすり寄り、愛嬌をふりまいている。愛嬌より「早く飯を食わせろ」ということらしい。スマホのボイスチェンジャーアプリを使わなくても、トラの腹ぺこ具合はわかる。


「みんなは、メグとヘビオをどう思う?」

 あたしは使い捨ての皿をふたつ芝生に置いて、鮭のおにぎりを一個ずつ皿にのせ、カップの味噌汁をおにぎりにかけた。

「熱いからフウフウするんだぞ。シロにも教えてやれ・・・」

 そういうと、トラがあたしを見あげて、ニヤッといってシロに何か話している。


「へえっーっ、トラはサナの言葉がわかるんだ」

 アキ(瀬田亜紀)が驚いて、ツナマヨのおにぎりを食べる手を止めた。

「うん。知能は高いよ。猫賢者だよ。

 なあ、トラ。他に食いたい物があるか?」

 あたしはそういって鮭のおにぎりを食べた。

「イマハ、ニャイ・・・」

 あたしの問いに、トラはおにぎりを食いながらそう答えた。


「なんだよ!『いまは、にゃい』といったぞ。サナ。腹話術だろう?」

 ママ(野本雅子)がコーンスープを飲み込んで、驚いた顔であたしを見ている。

「そりゃあ・・・、無理だよ・・・。こうして・・・、おにぎり食べてるもん・・・。それより、みんなはメグとヘビオをどう思う?」

 あたしはみんなを見た。みんなの目は、おにぎりを食っているトラとシロに釘付けだ。


「ねえっ!みんなはメグとヘビオをどう思う?」

 あたしはちょっと大きい声を出した。


 ママが、はじめてメグとヘビオのふたりを見た時の印象を話しはじめた。

「ヘビオとはよくいったもんだ。ぴったりの名だ。

 アレ、メグにベタボレだけど、あたしたちをチラチラ見してたね。ジッとじゃないよ。チラチラだよ。サナがチャットでいってたように、ヘビオは気に入った身体の女なら誰でもいい感じだね」


「メグと長続きするかなあ?」

 あたしふたりの今後が気になった。

「つづくけど、つまみ食いするだろうなあ」

 あたしの問いに、ママは即答した。ヘビオはメグといっしょになっても、ずうっと他の女にもちょっかいを出すだろう・・・。

「みんなも、ヘビオがそうすると思う?」

 あたしの問いかけに、他のみんながうなずいている。


「近々、今日の動画をメグに送って、『動画をヘビオに見せて、どう反応するか、確認しろ』って話すよ」

 この場で、ボイスチェンジャーアプリのシークレットチェンジを使うわけにはゆかない


「それなら、みんなでメグとヘビオに会えばいいよ。そして、連絡先を教えるの。

 メグはヘビオに、あたしたちの連絡先なんて、教えてないよ。

 それでね、あたしたちからは、絶対、連絡しない。ヘビオから連絡が来るのを待って、連絡が来たら、メグに転送するの」

 エッちゃんはかわいく笑いながらそういった。ヘビオがシドロモドロするのを想像しているらしい。


「いきなり転送はダメだよ。たくさん証拠集めて、メグとみんなの前でイッキ公開!

 そしたら、ヘビオ、どうするだろうね?」

 アキ(瀬田亜紀)は、ヘビオが困るのを見たいらしい。こんな性格があるとは知らなかった。


「じゃあ、動画は、ヘビオを誘い出す口実ってことだね」とあたし。

「イイ方法ダニャ・・・」

 あたしたちの話を聞きながら、トラが猫マンマから顔をあげた。

「ああっ!トラも納得してる!」

 ママがトラを見ながら甲高い声でいった。

「動画を編集して、今日中に、メグに送るよ」

 あたしはみんなにそういった。


「それがいいよ。みんなの前で、『メグ様命、他の女に手は出しません』って、ヘビオに宣言させるの。あたしたちが証人だよ。

 トラ。シロはあなたの恋人?それとも、奧さん?愛人かな?」

 エッちゃんはほほえみながら、トラを撫でている。


「猫族ニ、オクサンハ、イニャイゾ。恋人ダ、ニャ。

 ヘビオモ、猫族ノ、考エ方ナノダニャ・・・」

「なんと!ヘビオは考え方が猫族か!ネコオだぞ!ニャンオだぞ!」

 トラの説明に、ママが驚いている。

「じゃあ、ヘビオはメグと長続きしないの?」

 アキがあきれてトラに訊いた。

「恋人トイウテモ、シロトハ、長続キシトル・・・」

 トラが猫マンマを食ってるシロの顔を舐めた。


「トラ。アプリなしで、動画を、今、送った方がいいかな?

 みんながふたりに会いたがってるから、会いにきなさいってコメントつけて!」

 あたしはトラに訊いてみた。みんなはアプリに気づかなかった。

 みんなにヘビオを直接会わせて、ヘビオにメグとのことを約束させるなら、アプリを使わなくていい。

 ヘビオがみんなに会ったあとのことは、エッちゃんが話したように、みんなでヘビオにメグとのことを約束させ、みんなの連絡先を教えるのだ。そして、ヘビオからみんなに連絡が来たら、メグに転送する・・・。エッちゃんの考えそのものだね。


「動画ヲ、送ッテ、イイゾ・・・・」

 トラはおちついてそういい、シロを見ている。なんだがシロは恋人より、娘とか孫という感じだ。


「よし、動画を送るよ。メグたちに会う日をいつにする?」

「メグとヘビオがいっしょに講義を受けるのは、月曜と水曜と金曜の共通教養科目だよ」

 アキがスマホの時間割を見てそういった。

「そしたら、水曜四限の芸術がいいよ。みんな音楽史を受講してる。

 今度の講義は、ポリフォニーだよ」

 エッちゃんがほほえみながらそういった。

 音楽史は受講者が多く、講義は大講義室で行なわれる。授業中、講義とは別のことをしている者が多い。


 エッちゃんは、みんなでメグとヘビオの前の席に座ろうと思っている。講義が終ったら、みんなで学食のカフェテリアへ行き、雑談しながら、それとなくヘビオに流し目で色目を使い、スマホのアドレスを教えようと思ってる。そして、ヘビオから連絡がきたら、すべてメグに転送するのだ・・・。

 エッちゃんって、やさしく穏やかな顔をしてるのに、思っていることはかなりえげつない。こんなこと思ってるなんて、見た目ではわからないだろうな・・・。


「よっしゃっ!決りだね。水曜がまちどおしいなあ。なあ、トラ・・・」

 アキがトラを撫でた。

 トラとシロは猫マンマを食い終え、アキにまとわりついている。アキの臭いが好きなようだ。

「どうしたんだろう?」

 アキの疑問にトラがゴロゴロ喉を鳴らして答える。

「アッキ、キウイ、クッタロ。イイ、ニオイダ。ワシモ、シロモ、コレ、スキダゾ。キウイハ、猫族ガ好キナ、マタタビト、同ジ科目ゾネ・・・」

「うわっ、大変だ!トラが酔っぱらっちゃうよ!」

 マタタビやお酒に酔ったトラを思いだし、思わずあたしは大声を出していた。

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