十五 ヘビオに餌をまく

 音楽史の講義が終った。アキとエッちゃんとママたちは、席を立たずに座っている。

 エッちゃんの計画では、このあと、みんなで学食のカフェテリアへ行き、雑談しながら、それとなくヘビオに流し目を使い、スマホのアドレスを教えるはずだ。そして、ヘビオから連絡がきたら、すべてメグに転送する・・・。

 さあ、カフェテリアへ移動だよ・・・。

 そう思って、みんなを見たけど、みんな、蛇ににらまれたカエルのように、動かず座ったままだ・・・。

 いや、ちょっとちがう・・・。

 みんな、ヘビオを見てる・・・。ふりかえってヘビオを見てる・・・。


 おっ!みんなが立ちあがった。

 メグたちは座ったままだ。

 異様な雰囲気に、あたしは状況を見て立たずにいる。


 みんながメグたちの前の席に座った。

 アキとエッちゃんとママと仲間たちが、ヘビオにほほえんでいる・・・。


 なるほど、カフェテリアでヘビオに流し目するより、ここの方がじゃまが入らず、みんななりの流し目ができると判断してる。


 みんながヘビオに流し目してる!

 みんなの流し目にこめる思いは、恥ずかしくって言葉にできない。あたしがみんなの心を相手方ボイスチェンジできることなんて、誰も知らない。

 そんなみんなを見て、ヘビオの心はウハウハだ。


 無理はない。みんなヘビオ好みの容姿なのだ。だけど、そんな素振りを顔に出さず、ヘビオは目だけ動かして、エッちゃんのポッチャリした笑顔と、見える範囲のエッちゃんの姿態をなめまわすように見て、エッちゃんとのニャンニャンを想像してる。

 あたしはヘビオの思いを相手方ボイスチェンジして、メグの心に伝えてやった。


 ヘビオの心を感じ、メグの頬が赤くなった。そして、キッと目が吊り上がり、耳まで赤くなった。

 ヘビオとのニャンニャンを思いだして顔が赤くなるときのメグはウットリしてる。

 今、メグはヘビオの思いを感じ、怒りから赤くなってる。だけど、ヘビオが思いを口にしたわけでは無い。あたしを通じてメグがヘビオの思いを知っただけで、メグはヘビオの思っていることを、メグ自身が感じたと思ってる。だから、怒りがこみあげても、ヘビオにその怒りをぶつけてヘビオの思いを問いただすわけにはゆかない。今は、エッちゃんたちを見ながら、自分の中に燃えあがる怒りを、じっと押さえ込むしかない。


「久しぶりね。メグと仲良くしてるんだね」

 まっさきに話しかけたのがアキだった。アキはメグが話したヘビオの奇妙な行動を、日常からニャンニャンに至るまで、おもしろおかしく語った。

 聞いているヘビオは自分がうわさになっていると勘違いし、自慢げな笑みでエッちゃんを見ている。

 アキとエッちゃんとママと、ほかの三人がいろいろ話すが、みんなが何を話そうと、ヘビオが見るのはエッちゃんだけだ。


 あたしは、エッちゃんのスマホの電話番号を知りたいと思っているヘビオの思いと、エッちゃんが考えた計画を、相手方ボイスチェンジして、メグの心に伝えてやった。


 メグの表情が、さらに、キッとなった。ヘビオの横顔をにらむと、作り笑いを浮かべ、

「ねえ、みんな。話が長くなってもいけないから、私の彼にアドレスを教えてあげてね・・・」

 みんなにそういって、ヘビオの横顔を見るメグの目は、カッと見開いたまま吊り上がり、火花を散らしている。


 あたしは、ヘビオの思いを相手方ボイスチェンジして、メグの心に伝えるとき、エッちゃんの考えも伝えておいた。これで、エッちゃんの考え、

『講義が終ったら、みんなで学食のカフェテリアへ行き、雑談しながら、それとなくヘビオに流し目で色目を使い、スマホのアドレスを教え、ヘビオから連絡がきたら、すべてメグに転送する・・・』

 は、場所がカフェテリアから大講義室に変ったが、内容はメグの一言で実行へ移っていった。


 アキとエッちゃんとママと仲間たちが、ヘビオとアドレス交換してる。

 あたしはふしぎだった。なぜ、メグは三人と仲間たちに、アドレスをヘビオに教えるように話したのだろう?


 そう思っていると、トラがリュックからあたしを見て考えを伝えた。

『サナ、少しもふしぎはないぞ。メグは、ヘビオのスマホを操作しとるぞ。

 ヘビオがみんなと連絡したら、全てメグに転送されおる。

 メグも大したものよなあ!』


『メグもって、どういうこと?

 メグのほかにも、大した人がいるの?』

『エッちゃんとサナぞね』

『なんで?なんで大したものなん?』

『エッちゃんもサナも、今回の計画立案者だぞ』

『なにいってんの!言い出しっぺはトラだろう!』

『サナとわしでメグを助けるって決めたんじゃろう!忘れるでない。

 そんなことはどうでもいい。メグがヘビオに感づいておったとは、わしも気づかなかったのお・・・』

 トラが首を伸ばした。あたしの背中越しに、メグの横顔を見ているらしかった。


『そんな雰囲気だね。

 ニャンニャンに溺れてたと思ったけど、けっこう客観的に監視してたんだ。

 こうなると、あたしたちは不要みたいだね』

『そうだな。今日はメグの心に波風立てず、このまま解散した方が良さそうだな・・・』

 そうあたしに伝え、トラはリュックに入った。


「そしたら金曜の共通教養科目で、またね」

 アキとエッちゃんとママとみんなが、ヘビオとメグにそういって席を立った。

 すると、ヘビオも席を立って、あたしの前に来て、

「アドレス、交換してください」

 といった。メグを見ると、メグがあたしにうなずいている。

 あたしはヘビオとアドレス交換した。その間にアキとエッちゃんとママと仲間があたしのまわりに来た。

「そしたら、金曜にまたね」

 メグが席を立った。みんなと話したそうにしているヘビオの手をひき、そそくさと大講義室の後のドアから出てゆき、ヘビオとのご対面はお開きになった。



「なんだか、変な人だったね・・・」

 アキが自分の気持をありのままに話している。メグの彼ということだけでメグがみんなにヘビオとアドレス交換してくれと話したことと、ヘビオがみんなに自己紹介しなかったことが不快だったらしい。

 アキのいうとおりだ。メグがみんなにアドレス交換を話しただけでヘビオがいいだしたことではない。いちおうメグはみんなにアドレス交換の許可を得るべきだったし、ヘビオは自己紹介するのが常識だと思う。


「そんなことはいいのよ。メグはヘビオのことがわかってるみたいね。

 ヘビオがサナとアドレス交換している間に、私にこっそり、ヘビオの通信はメグに転送されるって話してくれたわ。そのこと、みんなに知らせておいてねって」

 エッちゃんがニコニコしながら、みんなにメグの伝言を伝えた。

「さあ、エサをまいたぞ。

 あとはヘビオがどう引っかかるかだね。そして、メグがどう決断するかだ。

 みんな、どう思う?」

 ママ(野本雅子)がそう話しながら、みんなとともに大講義室の正面ドアへ歩きはじめた。


『トラ。帰ろう』

 あたしは教科書とノートパソコンと筆記具をリュックに入れた。

『わかったぞ。今のところ、計画通りじゃな。あとは寝て待つだけぞ』

 トラはリュックにもぐりこんだ。あたしはリュックを背負い、みんなのあとを追って正面のドアへ歩いた。



 大合議室を出た。

「今日は。ありがとう。トラがいるから混まないうちに帰るね」

 みんなはカフェテリアで雑談するついでに、あたしを正門へ送りだしている。

「電車でトラが騒いだら大変になるから、そのほうがいいよ」

 アキとエッちゃんとママは口をそろえてそういう。

「ヘビオがどうなるか見物だね!」

 アキがうきうきした声でいった。

「どうせ、すぐにバレるよ。妖怪ヘビオの実態が。

 だけど、ヘビオは、サナのことを知らなかったみたいだね。

 今日が初対面だったの?」

 ママ(野本雅子)が疑問の現れた顔であたしを見ている。


 みんなにボイスチェンジャーの話はできない。なぜって、話しても信用されないし、信用したとすれば、三人と仲間たちは確実に、使わせろというに決ってる。

 みんながボイスチェンジャーを使ったら、知りあいどころか周囲の人の心が全て暴露され、とんでもないことに・・・、ならないな。みんなはそんなにバカじゃない。


「そしてら、サナ。ここでさよならね。あたしたちはダベってから帰るね」

 エッちゃんがあたしに笑顔をむけている。

「うん。今日はありがとう。またね」

 みんなに見送られ、あたしは正門へ歩いた。ふりかえるとみんなは学食へ歩きながら、あたしに手を振っている。


「サナ。みんなと話さんでいいのか?」

「うん。早く帰って鮭を焼くよ。

 それで、シークレットチェンジャーを開いて観察だよ」

「オオッ、そうじゃったな。任務完了ではなかったな・・・」

 トラが静かになった。今日のトラは、音楽史の講義まで、シロの家へ出かけていた。デイト疲れしたらしく、眠っている。トラにしては珍しい。

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