七 ヘビオの性格を暴こう

「トラ。ご飯だよ」

 あたしはダイニングキッチンにトラを呼んだ。フロアのトラの定位置、シンクの下の床に、ご飯と鮭を入れた小鉢を置いた。あたしのはキッチンテーブルの上にある。

「こうして見てるといつものトラだね」

 あたしはご飯を食ってるトラに言った。


「そうでもないぞ。ちいっとは、進化したぞ・・・」

 ご飯を食べながら、トラがゴロゴロ喉を鳴らすように言った。

「エエッ!ほんとかよ??」

 スマホの画面ではない。トラがしゃべってる!


「ほんとだ。ナニしてる?サナは食わんのか?なら、わしが・・・」

 小鉢のご飯を食うと、トラがヒラリとキッチンテーブルに舞いあがった。跳びあがったではない。まさに舞いあがったのだ。

 あたしは一瞬に鮭の皿とご飯の茶碗を取って持ちあげた。トラにトラレテなるものか!


「ほほう、ダジャレたな。飯を食わぬなら、わしに食わせろ!」

 トラが尻尾をあげて、あたしにすり寄ってきた。

「そんなに鮭が好きか?」

「ああ、大好きだ!」

「そしたら、トラにあげるよ・・・」

 あたしは、キッチンテーブルに上がっているトラの前に、フロアにあるトラの小鉢を置いて、鮭とご飯を入れた。


「すまんなあ。わしはこれに目がないんじゃよ・・・。

 サナ、カップ麺でも食ってくれんか?」

「ああ、わかってる・・・」

 あたしは手鍋に水を入れてヒーターに置き、鮭ご飯を食ってるトラを見つめた。

「なあ、トラ。あのヘビオ。けっこうまじめだぞ。

 いっそのこと、メグとヘビオをくっつけちゃおうか。

 それで、実家を継がせて、あたしとトラは、メグに会いに行って中華を食べる・・・」


 トラが顔をあげた。

「そんなにかんたんに、ことが進むはずがなかろう?」

 そう言って、また小鉢に顔を突っこんでいる。

「なに言ってんの?トラが言葉を話す奇跡が起きてるんだよ。

 それ以上に簡単なことだよ!」


 トラがまた顔をあげた。

「わしとヘビオをいっしょにするな」

「どこがどうちがうの?トラは、違いがわかってるの?

 それなら、このアプリのことも、わかってたんだね?」

「わしは、知らんぞ。本当だ。

 だがな・・・」

「だが、なんなの?」

「そのな・・・、なんというか・・・」

 トラが言い淀んで小鉢に顔を突っこんだ。

 そんなことをしたって、あたしの追求からは逃れられないぞ!


「鍋の湯が沸いとるぞ・・・」

「ああ、わかった・・・」

 あたしはヒーターのスイッチを切って、壁の収納戸棚からカップ麺を取りだした。フタを開けると、トラがじっとカップ麺の中を見ている。ああ、ここにもフリーズドライだが鮭がある。

「なあ、トラ。あたしの焼き鮭まで食ったんだ。これ以上食ったら、メタボだぞ」

「わかっとる。わかっとるが、そのお・・・」

「ほら、湯を入れる前だ。噛まずにしゃぶってるんだぞ・・・」

 あたしは鮭のフリーズドライを指でつまんで小鉢に入れた。

「すまぬなあ・・・。ベビオの思いを・・・それとなく・・・・メグに伝える・・・ことしかなかろうて・・・」

 トラは鮭をしゃぶりながら言うのでよく聞きとれない。


 あたしはカップ麺に湯を注ぎフタをした。

 やっぱ、ヘビオに会って、ヘビオに気持ちをメグに伝えさせるのがいちばんだな・・・。

「いかん!それはいかん!サナに会えば、ベビオが目移りする!」

 トラがあたしを見あげてる。

「何で!?メグに夢中のヘビオだぞ。中華の料理人になりたいヘビオだぞ!?」

「それはそれでイイのじゃが・・・・」

「なんだよ?」

 トラがあたしのお尻へ視線を動かした。


 腰がくびれてチョッピリ大きめのお尻と長い脚は、自分でも自慢だ。

「ヘビオがあたしの体型からいろいろ想像するってか?あたしに目移りするってか?ベビオはメグと現在進行形だぞ!」


「そこぞね。会えば、そういうことぞ・・・」

『ほひょおっ!あたしも、具合がいいんだ!そうだろう。そうだろう』なんてさっき思ったけど、ヘビオって大変なヤツなんだな・・・。

「ヘビオって、そんなに節度がないんか?」

「そうじゃ。ヤツの考えは、その場その場で事実じゃよ。

 メグとともに居るときは、メグ様命じゃ。

 サナだけに会っとれば、サナ様命じゃ。

 だからとて、メグを忘れたわけではない。

 メグに会えばメグ様命じゃ。しまつが悪い・・・」

「それって、猿山のボス猿の思考だよ。ヘビオのあたまん中は、ボス猿の脳味噌か?」


「なあ、サナ・・・」

「なに?トラにいい考えがあるの?」

「そのお・・・、三分が過ぎおったぞ」

「忘れてた・・・。なんてことだ!おつゆがなくなってる・・・・」

 時間がたちすぎてた。麺がすっかりお湯を吸って、完全にふやけ状態だ。

「むむむっ・・・・」

 閃いた!

 あたしはシンクの下の戸棚から、カレー皿を取りだし、その中にふやけたカップ麺を入れた。


「どうした?食わんのか?」

「まあ、見てなって・・・」

 カレー皿の麺にウスターソースをちょいとかけて・・・、よく混ぜあわせて・・・。

「ほい。できあがり。トラ。食ってみっか?」

「わしが味見するんか?」

 毒味でもするように、トラがあたしを見ている。

「嫌なら、食わなくっていい。あたしがぜんぶ食うから」

「そう言うな。食えばいいんじゃろ」

 やけくそで言うなら、トラになんか食わせないぞ。これ、ぜったいにうまいはすだ。

「なんだよ。あたしがぜんぶ食うぞ」


「そう言うな。食います。食わせてください」

「よし、食わせてやる・・・」

 トラの小鉢に箸でひとすくいの麺を入れ、残りを食べはじめた。やっぱり、思ったとおりだ。けっこういける。簡易の焼きそばだ。

「うまいぞ!」

 トラも驚いている。

「なるほど。〇〇ングの焼きそばとおなじっちゅうことか・・・・」

 ひとりごとを言いながら食ってる。猫賢者も〇〇ングの焼きそばを知ってたとは驚きだ。


「なあ、トラ。いい考えは、ナインカ?」

 イントネーションが、どこかのコマーシャルで聞いた言い方、そこに愛は、あるんか?なんてのに似てる。トラと話してると、なんだか奇妙な世界にいる気がしてきた・・・。

「ヘビオの実態を見せて、メグを納得させるしか、ありゃあせんのう・・・。

 コウ、ナンチュウカ・・・。サナのようなかわいいのを並べおって・・・」

 トラが小鉢から顔をあげて、妙な手つきで人形でも並べるような仕草をした。

 スマホを通してないのにトラの考えてることはあたしに筒抜けだ。ヘビオ好みの娘を並べ、ヘビオがどう反応するか、メグに観察させる気なのだ。そして、トラ自体が、目の保養じゃなどと考えてる。

 コイツ、猫よりかわいい娘に興味があるのか?


「トラ。隣のシロより、あたしの方がかわいいか?」

 あたしは、この春、トラがのぼせていた隣の猫の名をあげて、トラの思いを問いただしてやった。

「そりゃあ、サナの方がかわいいのお。シロもかわいいが、サナは別格ぞね」

「思ってることが見え見えだよ。シロからは、ご飯も住み家も手に入らないからね。

 だけど、それだけじゃないね。トラ。いつから、好みが人並みになったん?」

 あたしはカップ麺を食べながらトラを見た。

「あのアプリの画像を見てからか・・・」

 トラは麺を食い終えて、顔を手でなでている。


「ふーん。あのアプリ、トラを猫賢者にしたんか・・・。あたしを賢者にしないかなあ・・・」

「そりゃあ、無理じゃ。サナはすでに人であるゆえ・・・」

「なんだ、それ?なにか、知ってるんか?」

 あたしは麺を食べ終えてトラを見た。アプリを使うようになってから、トラにご飯を横取りされているような気がする。トラは人並みになってきたんだろうか・・・。

「まあ、そういうこっちゃ。いろいろ頭脳労働すると、腹が減るぞ・・・」

「そんなに頭、使ってないよ・・・。使ってれば、もっとまともなアイデアが浮ぶだろうに・・・」

 あたしは使った皿とトラの小鉢、カップ麺の容器をシンクへ入れた。


 リビングのソファーへ移動しするとトラがソファーへ歩きながら言う。

「かわいい娘を並べてヘビオに見せることは、いけないか?」

「トラが見たいんじゃないの?」

 トラといっしょに、ソファーに座った。

「かわいい娘をヘビオに見せて、そのヘビオをメグに見せるんじゃ。わしはどうでもいいんじゃ。

 サナの親しい娘たちに、かわいいのはおらんか?同じ科におらんのか?」

「ウーン・・・。ちょっと待って・・・」

 あたしはソファーテーブルのパソコンの画像を見た。メグたちは・・・、寝たのか。メグはヘビオと静かに眠っている。


「探してみるよ・・・」

 あたしはスマホのメモリーの画像から、親しい者たちの画像をトラに見せた。

「ほほおう。みな、かわいいのおう。えらぶなら・・・、この三人かのう」

 トラは、メグに似た体型の三人を選んだ。

「顔は関係しない?」

「そうでもないぞ。ヘビオの感性は、容姿全体から判断しとるんじゃ。

 極端なことを言えば、かわいくくびれた腰と、形のいい大きめな尻の、かわいい娘じゃな・・・・」

 トラがあたしの腰と尻を見ている。そんなにしても、ソファーに座ったあたしのお尻は見えないぞ・・・。

「そしたら、アキとエッちゃんとママか・・・。明日話してみるよ・・・」

 瀬田亜紀と松岡悦子と野本雅子だ。三人とも、うしろから見たら、メグに似てる。


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