五 熱情

 トラが見ているパソコンを通じて、実況中継するように、メグの部屋の画像があたしのスマホに現れた。

 メグはダイニングキッチンで何か作ってる。夕飯だろうな。こういうところは几帳面なメグだ。今日の夕飯はなんだろ?

 あたしはそう思うが、スマホが動かないから、メグが作っているのが何かわからない。


 メグの部屋の画像が動いた。メグの横顔がアップになって、ヘビオの顔が現れた。ヘビオがメグの頬に口づけした。ヘビオはスマホでふたりを自撮りしている。

 口づけされてメグはうれしそうだ。

『オレはメグにメロメロだ。いつまでもいっしょにいたい・・・』


「トラ!ヘビオはメグにベタボレだぞ」

 あたしはスマホから視線をトラへ移した。

「今はアツアツじゃからのお。寝技の後がどうなるか見物じゃよ」

「そうだった・・・」

 トラが机から下りて、椅子に座った。背もたれにもたれて腕組みしている。


「そんなんじゃ疲れるよ。こっちに来ればいい。ふたりでパソコンで見ようよ」

「すまぬなあ。わしにはパソコンを運べぬ。頼むぞ・・・」

 あたしは机に行って、パソコンとトラをソファーテーブルとソファーに移動した。


「サア、これでいい。パソコンなら、スマホで見るより見やすいし、疲れない。

 トラ。寝てていいよ」

「寝るわけにはゆかぬよ。ヘビオを確かめて心の声を録音せにゃならぬ。好物の焼鮭も食わねばならぬ。眠りの境地へわしを誘惑するな」

「うん。だけど、のぞき見は気がひけるなあ」

「何を言っとる!サナは寝技ののぞき見を、イッヒヒヒ、どうしてもにやけてしまう、と思っとったぞ」

「そう言うな・・・」

 あたしの思いはトラに筒抜けだったなあ・・・。


「オオッ、メグが野菜炒めを作ったぞ。こりゃあうまそうだ!炒め方がうまい!

 なんと、メグの実家は中華料理屋さんか?料理など教えられなかったのに、見よう見まねで覚えた、と心は言っとるぞ」

「そんなこと、一度も聞いたことないよ」

 メグは、実家は事業をやってると言ってた。あたしはメグの実家が生産会社を経営していると思っていた。


「話しにくいこともあるさ・・・。なるほど、後継者のことだ。

 ヘビオがスマホを自撮りにして録画しはじめたぞ」

「『川田家の人々』の始りだね!」

 メグの名は川田恵だ。


「寝技はすぐにははじまらん。サナ、今のうちに鮭を焼いとけ!」

「あいよ!了解!」

 あたしはすぐさまキッチンへ行き、解凍しておいた塩鮭をオーブンに入れた。弱火でじっくり十分焼けばいい。セットしてソファーにもどった。


「トラ、鮭とご飯でいいか?」

「ああ、それでいいぞ!鮭は飽きないからのお!」

「そう言ってくれると助かるよ」

「なぜそんなことを言う?」

「もっと他の物を食いたいなんて言うかと思った」

「時には刺身も食いたくなるぞ。野菜を食わんからビタミンが不足するんだ」

「そしたら、今度、スムージーを作るよ。野菜少なめで牛乳の多いのを」

「そりゃあいい。オイオイ、見ろよ・・・」

 トラの目がパソコンの画像に釘付けになった。あたしも画像を見て目を疑った。


 リビングの座卓で、ヘビオがメグにア~ンなんて言いながら、箸でつまんだ野菜炒めをメグの口へ運んでる。メグはうれしそうに口を開け、野菜炒めが口へ入るのを待ってる。

 野菜炒めがメグの口に入ると、今度はメグがヘビオにア~ンなんてやってる。

「なんだ、こりゃあ!見てらんねえぞ!ナア、トラ!どう思う?」


「そのお・・・、なんと言うか・・・。まあ、アツアツの時期でもあるし ・・・。

 オオッ、そろそろ鮭が焼けるぞ!」

 トラが返答にこまって話をはぐらかしてる。まあいいさ。寝技の後までじっくり観察しよう。画像を見れなくても音声は聞ける。

 あたしはキッチンへ行き、オーブンを開けた。いい具合に鮭が焼けている。


「あたしたちも、晩飯にしよう・・・。ナア、トラ。晩飯にしよう・・・」

 呼んでも返事がない。トラはパソコンの画像に釘づけだ。何に見入っているのか近寄って見ると、なんとメグがヘビオとひっついているではないか!


 晩飯はどうした?飯の最中に、チュウチュウ、ナデナデ、スリスリかよ!

 ウオッ、ヘビオのジーンズが宙へ飛んだ!今度はメグのパンティーとヘビオのパンツが舞った!ウワッ、見てらんない・・・。

 だけど・・・、ああ、チュウチュウ、ナデナデ、スリスリ、クチュクチュしてる・・・。


「凄まじい熱情ぞね・・・。

 なあ、サナ。そんなに興奮せんと、これからを良く見ときなさい」

「はい、賢者様。あたしは観察します・・・」

 あたしはソファーに座り、目を皿のようにして、ふたりの夕食場面をのぞき見した。

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