四 シークレットチェンジ
「サナ!ボイスチェンジャーに妙な機能があるぞ!
シークレットチェンジってなんぞね?解説を見とくれ」
「どれどれ・・・」
あたしはソファーテーブルのスマホを取って、ボイスチェンジャーの解説にある最後の部分を読んだ。
シークレットチェンジは相手方の画像通信機器に進入して、相手方に気づかれずに相手方ボイスチェンジを行う代物だった。つまり相手のスマホやパソコンをハッキングして相手方ボイスチェンジを行う機能だ。
「何だこれ!違法機能だぞ!」
あたしは驚いてそう言った。
トラはあたしを見て諭すように言いはじめた。
「サナはそうは言うが、相手方ボイスチェンジは、相手の承諾なしに相手の思いを副音声で知るのじゃ。文字表示もできる。相手の心を盗聴しとるんと同じじゃよ。
そういうことを考えれば、ボイスチェンジャーの機能は、相手の心を暴露するものだ。ボイスチェンジャーそのものが違法と言えるぞ」
トラの説明は理にかなってる。ボイスチェンジャーその物が違法なのか?
「だがな。このことを知っておるのはサナとわしだけのようじゃ。
見よ!ボイスチェンジャーの通販サイトが消えとるぞ!」
あたしはすぐさま、ダウンロード版を購入した、パソコンのセキュリティーソフトを提供している会社の通販サイトを見た。
「ない!無い!ナイ!」
商品リストにボイスチェンジャーが無い!あたしの購入履歴を見ても、ダウンロード版を購入した履歴は無い!
「どういうことなの?トラ!何が起ってるの?」
「サナ。最近、変ったことがなかったか?」
トラが、何か考えるように髭を撫でながらあたしに訊いた。
髭を撫でるトラは、あんまり様になってないなあ・・・。頬杖を突くほうが似合ってるけど、トラの骨格構造では無理ろうな・・・。
「そんなことはないぞ、これでいいんか?」
トラが右前足で、いや、右手で頬杖を突いた。似合ってる。
「うん、似合ってる。ところで、変ったことって、どういうこと?」
「いつもと違うことがあったとか、変ったことが起きたとか、そうなることをお願いしたとか、そういうことじゃ」
「そう言えば、実家の庭の大きな柿の木の下に、小さな石の祠があったよね」
あたしの実家はM県R市だ。そしてここは都内の文教地区だ
「ああ、屋敷神・
それがどうした?何かしたんか?」
「最近、気になって、どうしてるかな?と思ったの。
おかしいよね。どうなってるか、じゃないよ。どうしてるかな、だよ」
幼いときから、あたしは祠に誰かがいたのを感じてた・・・。
あたしは幼いころを思いだしていた。
「サナは、よく、あそこで遊んどったからな。
柿の花が舞いちる祠の前に茣蓙をしいて、いろいろお供えしたな。桜餅とか草団子とか大福とかお供えして、お茶もお供えしたな。
あとでみんなで食った・・・。うまかったな・・・」
「そうだね。今と同じ、五月ころだね。
柿の花、拾いあつめて紐を通して首飾りにして、祠にかけたね。
祠の神さん。お茶とお菓子をどうぞって。お話できるといいねって・・・」
「そうじゃったな。サナは、いつも、わしらを思っとる、かわいい娘じゃった・・・」
トラはそう言って、あたしの想い出に関することから口を閉ざした。
「あのとき、トラはいたんだっけ?」
「サナが十歳をすぎとった。わしはまだ産まれておらぬぞ。サナのことは母が話してくれた・・・」
「そうだね。ミケがいたね」
トラの母は三毛猫のミケだった。今は他界して、あの祠のそばに眠っている。
「このアプリは、祠の者がサナに授けたってことだな・・・」
トラが頬杖を突いたまま考えてる。
「埴山比売神さんが授けたと言うの?」
「埴山比売神さんを祀った祠に、埴山比売神さんがいるとはかぎらんよ。
だが、サナに何かの力が働いたのは確かじゃ。
それは良き力のようじゃ。安心していいぞ」
「そうだね。トラが話せるようになったもんね」
もしかしたら、何かの力というのはミケかもしれない。
トラがあたしの思いにうなずいて言う。
「そうじゃな・・・。
それでは、タイミングをみて、メグのスマホかパソコンを通じて、ヘビオを撮ろう」
「うん。撮るのはいつがいいかなあ・・・」
あたしは、いつメグのスマホをシークレットチェンジしていいかわからない。
「そりゃあ、寝技の直後がいいぞ。
男はのお、欲求が満たされると、気持ちがいっきに冷める生き物じゃ。寝技の後、どういう態度を取るかで、女に対する愛情が知れるのじゃ」
「そうなの?知らなかったよ。じゃあ、今夜だね!
そんなの知らなかった!寝技の直後なんてわかんないから、夜になったら、ずっとメグを監視することになる。寝技をのぞき見するなんて・・・。
あたしは何を考えてる!ヘビオのスケベ心を暴くのだ!」
なんて威勢のいいことを言いながら、イッヒヒヒ、どうしてもにやけてしまう・・・。
「サナ。思っていることがまる見えじゃ。
いつもサナがやっとるようなもんじゃ。気にすることもあるまいて・・・」
「そんなことしてない・・・」
トラの言葉を否定しようと思った瞬間、あたしは恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかった。
夜、ひとりでするナデナデとスリスリを、掛け布団の上で寝ているトラが目を覚ましてチラミしていることがあったからだ。
「なんと!見てたなあ!」
「健全な者なら、みな、しておることじゃ。血行が良くなり、冷え性や肌荒れが解消する。やり過ぎねば、良きことじゃ。月のお客さん訪問日は避けるのだぞ」
トラは諭すように言う。これでは産婦人科医だ!
「わかったよ。トラはなんでそんなにくわしいんだ?」
「猫賢者ゆえに・・・」
そう言いながら、トラはパソコンのボイスチェンジャーアプリのシークレットチェンジをメグのスマホアドレスにセットした。
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