二十五 クソバカな未来の夫

 真介の腕が伸びた。一瞬にあたしは真介に抱きしめられていた。

「クソバカな未来の夫が、未来の愛妻を迎えに来た・・・」

「むむむっ・・・」

 あたしの唇は真介によって塞がれている。


 真介の唇が離れた。 

「おばさんが、俺のあだ名をクソバカといってたよ。さなえがつけたと・・・」

「うっ・・・」

 またまた、あたしの唇は真介によって塞がれている。しっかり抱きしめられて・・・。

 こうなると、メグの気持ちが良くわかる。抱きしめられるのも、口づけされるのも、とっても気持ちがいいもんだ。心が安らぐ。ああ・・・、愛しのしんちゃん・・・。

 一瞬にして、真介をクソバカと思っていたあたしも、今日まですっかり真介を忘れていたあたしも、どこかへ消えた。


 あたしは顔を離して真介を見た。

「ねえ、部屋に入ってね。トラを紹介するよ」

「ああ、ミケの子どもだね・・・」

 真介はあたしを抱きしめたまま、ドアの隙間から中をのぞいて会釈した。


「爺ちゃん。元気か?」

「ああ、元気ぞね。まあ、あがれ・・・」

 その様子は、まさに祖父と孫のようだ。あたしは真介に抱きしめられたまま、呆気にとられた。

「しんちゃんはトラと顔見知りか?」

 あたしは部屋に入った真介にそういった。

「ああ、顔見知りだよ。なあ、トラ」

 真介は、尻尾を立てて真介にすり寄っているトラの背を撫でている。


「ほれ。わしが子猫の時に、真介がいろいろしてくれおっただろう。あれ以来のつきあいじゃよ・・・」

 トラは今までずっと真介とともにいるような口ぶりだ。



 真介は部屋に入った。

「今日の予定は?時間があるよね?」

 あたしは真介に尋ねた。真介はキッチンとリビングを見ている。

「ああ、あるよ」

 そういう真介を、リビングのいつもあたしが座っているソファーの前に座らせ、背をソファーに寄りかからせた。

「コーヒーをいれるね・・・」

 あたしはダイニングキッチンへ行き、鍋に湯を沸かし、コーヒーとホットミルクの用意をした。真介は膝にトラを乗せ、撫でている

「で、研修する大学はどこになったの?」


「さなえと同じだ。四月から特別に、ここT大医学部で初期臨床研修をしてる。

 初期臨床研修は二年だ。続いて三年から四年の後期専門研修だ。

 場合によったら、博士課程へ進むかも知れない・・・」


 ウワッ、医者になるまで、最低でもあと六年も勉強するんだ・・・。

 あたしが卒業するとき、しんちゃんは後期専門研修の一年目だ。中三の時にしんちゃんから聞いた話と、ずいぶんちがうな・・・。

 それより、四月からうちの大学にいるなら、なんで連絡よこさないんだ?なにか、やましいことでもあるんかな?


 あたしの気持ちを知って真介がいう。

「さなえに謝らないといけない・・・。

 こっちに来たのに連絡が遅れたのは、住む所が決らなかったせいだ。ここに決るまでひとつき以上かかった・・・・」


 しんちゃんはそういうが、もう五月半ばを過ぎてる。いままでどうしてたんだろう?

「医師免許を取れたら、すぐに働けると思ってた。

 初期臨床研修と後期専門研修があるのをわすれてた。済まない・・・」

 真介があたしを見て頭を下げている。

「うん。なんとなく、わかってたよ・・・」

 あたしはコーヒーのカップを二つ、ソファーテーブルに置いて、トラのミルクカップをのせたトレイをソファーテーブルの脚元に置いた。


あたしは真介の隣りに座り、コーヒーカップを手に取った。

「でも、住むとこがここに決るまで、どうしたの?」

 真介もカップを取って口元へ運び、一口コーヒーを飲んだ。

「R市の下宿から通ってた・・・」

 トラは真介の膝からソファーテーブルの脚元に降りてカップのミルクをなめてる。


 あたしもコーヒーを飲んでいう。

「何でなの?ここに来ればいいのに。あたしとしんちゃんの関係なら問題ないよ。もう二十歳になった。未成年者ナントかはないぞ。

 親が認めた許嫁だぞ。いっぱい抱きしめられたいなあ・・・」

 そういうあたしもえらそうなことはいえない。

 ここに引っ越してから、ほぼ、しんちゃんの存在を忘れてた・・・。


「許嫁でも、一応けじめはつけないといけない・・・」

 そういいながら、真介はコーヒーカップをテーブルに置き、あたしのカップを取ってテーブルに置いた。そして、あたしを抱きしめて頬に口づけした。けじめといいながら、そんな気は無いらしい・・・。


「真介。サナとラブラブでいたい考えが丸見えぞね。

 ほれ、例のボイスチェンジャーのアプリがネットでとどいてのう。サナもわしも、見てのとおりじゃない。真介が感じるとおりになりおったぞ」

 トラがミルクカップから顔を上げ、真介を見てそういった。

「そうだったな・・・」

 そういう真介からあたしに、さなえの部屋に住めばよかったなあと思いが伝わってきた。

「同じアパート、ここは鉄筋コンクリートだから正式にはマンションだな・・・。

 上と下より相向いの部屋がよかったんだが、あいにくふさがってた・・・」

「下で勉強して、ここで寝泊まりすればいいよ。

 家にも連絡しとくよ。いいでしょう?」

 あたしは抱きしめられたまま、真介を見あげてる。


「ここに住むことは、さなえのお母さんにも勧められた。

 さなえといっしょに住みたいが、初期臨床研修中の身だ。

 病院に泊ることが多いし、勤務が不規則だ。同じ部屋だとさなえが大変だぞ」

 とはいうものの、真介から、さなえとラブラブに暮らせると思いが伝わってきてる。


 もう、しんちゃんはその気でいるんだ。そんなら、問題ないぞ・・・。

「心配すんな。あたしはしんちゃんの奧さんだぞ。いろいろ未経験だから、頼むね」

 あたしは恥ずかしげもなくそういった。だって真介はあたしの夫だ。


「あのことか。それは俺も同じだ。

 まあ、まかせなさい。支障がないようにゆっくり時間をかければ問題ないよ。

 いっしょに住むこと、もう一度さなえのお母さんに話してみるよ」

 真介はあたしを抱きしめてあたしの背を撫でている。

「うれしいなあ・・・。

 ねえ、お昼はお蕎麦にしようね」

「うん、蕎麦がいいね。もうそんな時間か?」

「もうすぐ十一時だよ。もう少ししたら、お蕎麦を茹でるよ」

「楽しみにしてる・・・。

 ところで、さなえは俺に訊きたいことがあるだろう?」

 真介が顔を離してそういった。あたしは抱きしめられたままだ。

 トラはミルクをなめ終って真介の膝に乗った。

「うん・・・トラがなんで話せるのか知りたいんだ」

「それは・・・」

 真介は我家と二階堂家に伝えられた秘言を語りはじめた。

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