二十六 伝えられた秘言
あたしの実家はM県R市にある。そして母の実家はN県N市だ。真介の実家もN県N市だ。
「トラから、大和朝廷が成立する経緯を聞いただろう?」
「聞いたよ」
「
出雲族の俺たちが二十歳になると、集合体としての神の一部が、情報収集のために俺たちとシンクロするんだ。情報収集といっても人間社会の情報収集じゃない。生命体としての俺たちの情報を集めてる・・・。
神たちは出雲族の俺たちの祖先にもシンクロしてた・・・」
それから真介は、出雲族がどういう人たちで、神とどう関わったか説明した。
「神たちが情報収集のために俺たちとシンクロしても、俺たちが特別なことをする必要はない。ごく自然に日常を過していればいい。神たちが情報を得たい時は、俺たちの意識に特定の興味が湧いたり、あれが気になるなどの状態が現れる。
さなえが友だちの事を気にかけただろう。あれは埴山比売神が得たかった情報だ。彼女は人間の愛情に興味を持っている。
俺には医学に興味がある神と、医師として人を助けたいと考えている神がシンクロしてる。
ただし、神がシンクロしても特別な能力を与えられたわけじゃない。与えられたのは、他の心を感じるようになったことだ。
今、俺が何を考えているか、さなえはわかるだろう・・・」
真介が顔を離して、あたしを見つめている。
真介はあたしがメグを気にかけたことを、今、感じ取ったのだろうか?
真介の膝の上で、トラが、
「オッホッン」
と咳払いした。真介の腹がグウッと音をたてた。
もうすぐお昼だ。トラもしんちゃんもお腹がすいたみたいだ。
あたしが知らんぷりしてたら、猫賢者のトラが「ハラヘッターと賢者のナントか」なんて、妙なことをいいそうな気がする。そういうのはトラだけかな。
「ああっ、お蕎麦を茹でるね!」
あたしは真介の腕を解いた。今日は五月半ば過ぎの木曜。講義は休講。一日休みだ。あわてることはない。今日って、大学はなんの日だった?大学のホームページを確認し忘れた・・・。
キッチンで、ヒーターに大きめの鍋をのせ湯を沸かしながら、別の鍋で蕎麦つゆを作り、薬味のネギや生姜など刻む。
「しんちゃんは、あたしの受験勉強の家庭教師に来て、子猫だったトラを教育してたんか?」
「ああ、
「それ、どういうこと?」
「トラから聞いてるだろう。なあ、トラ」
トラが真介の膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしながらいう。
「わしはサナに話したぞ・・・」
加具土神さんは、
『この人物も神とシンクロしてたため、他人の心を管理できたのだ』
とトラの心が、あたしに伝わってきた。
鍋の湯が沸いた。蕎麦を入れる。蕎麦は大皿三つ分だ。真介は体格がいいのでたくさん食べる。
真介はトラの喉を撫でている。
「あの時からトラの心を加具土神さんが管理して、その後、埴山比売神がアプリを送って、さなえとトラに、神さんがシンクロしたんだ。
トラ、話せるようになってよかったな・・・」
真介に答えてトラの喉がゴロゴロ鳴った。
トラが真介にいう。
「なあ、真介。メグたちの監視は、これで良しとしていいな。
次のミッションはなんぞね?」
「さあ、俺にはわからないよ。さなえのミッションだからね・・・」
トラと真介がそんなことを話しているあいだに、蕎麦が茹であがった。
蕎麦を水に晒して大皿三枚に盛りつけた。
「ねえ、あたしのミッションなら、あたしがメグたちにすることはあれでいいのかな?」
「あれとは、何のことじゃ?」
トラが真介の膝の上であたしを見ている。
「メグたちの監視だよ。トラも、相思相愛のメグとヘビオの心に納得したじゃないの?」
あたしは大皿の蕎麦と蕎麦つゆと薬味、噐と箸をソファーテーブルに運んだ。
「そうじゃな。ヘビオの心も判明したよって、サナがそういうなら良しとしていいじゃろ」
このときになって、以前もトラの話し方を聞いたことがあったと感じた。
そして、そう感じたのはあたしではなく、そのあたしではない者が、トラの話し方で話していた者と親しかったのを感じた。
トラはしらばっくれてるけど、トラにシンクロしているのは加具土神さんだ・・・。
さっき、しんちゃんが話した、『さなえとトラに、神さんがシンクロしたんだ』は、そういうことなんだ・・・。
そう思ったら、
『そういうことじゃな』
トラの思いが伝わってきた。
蕎麦と蕎麦つゆと薬味をソファーテーブルに置いた。
トラの蕎麦は、トラの愛用の器に入ってトレイにのせたまま、テーブルの脚元においた。もう、蕎麦つゆをかけても薬味ものせてある。
ところで、トラの愛用の器は、ターキスブルーの益子焼の小鉢だ。
買いもとめた店の店主は、
「抹茶用の茶碗だ」
といっていたが、あたしにはふつうの小鉢にしか見えない。
ふつうのちょっとしたご飯茶碗が十個ほど買える価格だったが、トラが喜ぶだろうと思って、色違いを三つ買いもとめた代物の一つだ。
思ったとおり、トラにターキスブルーのこれを使わせたら、他の器では、飯を食おうとしなかった。
「はい、トラ。食っていいよ」
あたしがそういうと、トラが話しはじめた。
「なあ、サナ。器の形によって、食べ物の味が変るぞね。
器の形で食べ物の匂いや熱がほどよく包まれると、器の中の食べ物の香りと味が協調されおるから味が高まるぞね。
今のところ、そこまで考えて器を作っている者はおらぬよ。
このことが世に広まれば、器に革命が起るぞね・・・」
そういいながら、トラがヒラリと真介の膝から降りた。
器に鼻を寄せ、
「ウーン、やはり、この小鉢はいい!
さすがに・・・、サナが選んだだけのことはある」
といいながら、埴山比売神さんのことを考えている。
「何だよ。埴山比売神さんが選んだといいたいの?
これを選んだのは、トラが生まれたときだぞ」
「そうじゃったな・・・」
『あの時から、サナと真介に埴山比売神さんがシンクロしてた』
とトラの思いが伝わってきた。
このとき、あたしは奇妙なことに気づいた。
「さあ、お蕎麦を食べよ!伸びちゃうよ。
いっただまーす」
あたしはトラと真介の思いが気になったが、二人ともお腹を鳴らしていたのだから蕎麦を食べるのが先だ。トラを一人と数えるのは妙か?
「次のミッションはなんだろう。
ねえ、トラとしんちゃん。なんだと思う?」
そういってあたしはズルズル蕎麦をすすった。
「サナの心に響くもの。サナが気になることじゃよ。
メグの時は、メグから連絡がきた。次も、何か知らせがあるじゃろ」
トラも蕎麦を食っている。
あたしは気づいた奇妙なことを真介に訊いた。
「ねえ、しんちゃん、トラが小さいとき、加具土神さんがトラの心を管理してて、その加具土神さんと話してたしんちゃんは、どうして加具土神さんと話ができたの?
トラの小鉢を選んだとき、あたしに埴山比売神さんがシンクロしてたんなら、最近になってアプリがとどいたのはなぜ?」
あたしはズルズル蕎麦をすする真介を見つめた。真介は何か隠してる。
トラを見たがトラは知らぬふりだ。
猫賢者は、すっとぼけて化け猫に変身したな・・・。夏だし、バナナの皮をむくように、トラの虎毛を切ってやろうか?そうすれば、何か話すだろう。
あたしはそう思って作業机のペン立てにある梳き鋏をちら見した。
すると、トラのすっとぼけた化け猫ぶりが、猫賢者に変身した。
「おどかすでないぞ。今はおちついて、蕎麦を食わねばな・・・」
トラはそういって真介に目配せした。
「実は、神さんがシンクロしたのは、さなえのお父さんだ。亡くなる前のことだ・・・」
真介がズルズル蕎麦をすすりながら話して、箸を置いた。
「神がシンクロしても、特別な能力を与えられたわけじゃないと話しただろう。
与えられたのは、他の心を感じるようになったことだ。
だから、さなえは実家の祠に、神とは思わずに、神の存在を感じてた」
大皿にのせた蕎麦がきれいになくなった。
あたしは箸を置いた。もう一つ、蕎麦がのった大皿をキッチンから持ってきた。体格が良いだけあって真介はたくさん食べるから、蕎麦は大皿三つに用意してある。
あたしは「二階堂の血筋は頭脳だけは優秀だから」と話した母の言葉を思いだした。
「父さんに神さんがシンクロしてたのを、あたしが受け継いだってことか?
もしかして、二階堂も同じか?」
「そういうことじゃよって、両家の者は、物にこめられた心も感じれるようになっとったわけぞね。書物にも著者の心が宿っておるからのう・・・」
そういってトラは蕎麦を食ってる。トラの薬味は好物の鰹節だ。
「なんてことだ・・・」
特殊能力だぞ、神さんのシンクロは・・・。
そう思っているとトラが小鉢から顔を上げた。
「そうでもなかよ。感度が良くなっただけぞね。
サナ。飯に鰹節をのせてくれんかのう」
やっぱりそう来たか。
「食い過ぎてメタボになるぞ。精力が落ちてシロに嫌われるぞ」
「オオ!そしたらやめとく。蕎麦ならいいじゃろ。お代り、たのむ」
「わかったよ」
あたしはトラの小鉢に蕎麦を追加して鰹節をのせて蕎麦つゆをかけた。
「さて、ハナってなんだ?花じゃないな?鼻でもないし・・・」
真介が蕎麦を食べながら、ハナを気にしはじめた。このとき、あたしはなんのことが気づかずにいた・・・。
トラが小鉢から顔を上げた。
「ホレ、ハナは
月曜の生物の講義の時の、指人形使いの女じゃ」
「あれか・・・。で、しんちゃんは何か気になるんか?」
あたしは箸をとめて真介を見た。
真介も箸をとめてあたしを見て、
「俺が気にしてるんじゃないみたいだ。なんか、向こうの方がさなえを気にしてるみたいだ。やたらと女の気配を感じるんだ。誰だろうと思うと、ハナ・・・って」
またズルズル蕎麦を食べている。
あたしはハナが気になった。明日金曜は教養科目の講義かある日だ。教養棟で彼女に会うかも知れない。そう思ったら、ハナに関する疑問が消えた。
もしかしたら、ハナもあたしと同じように思っているのかも知れない。
「明日、授業で会うかも知れないから、会ったら聞いてみるよ」
あたしは真介にそういい、蕎麦を食べた。
「そうだね。次のミッションらしいよ。詮索しないで、自然体の方がいい。
さなえはいつも自然体で対処してきたから、そのままでいいよ・・・」
真介は蕎麦を食べながらそういった。
「うん。そうするよ・・・」
しんちゃんは、あたしのことをよくわかってる・・・。
たしかにあたしは何かするときあまり緊張しない。疑問や興味が先で結果を気にしていない。その姿がいつものあたしのままだから、自然体に見えるのだろう。
「そしたら、お代り!」
真介は大皿二枚目の蕎麦を平らげた。あたしは三枚目の大皿の蕎麦を持ってきた。
結局、真介は三枚目の大皿の蕎麦もぺろりと食べた。
そして、あとかたづけしながら、
「さなえの実家と俺の実家に連絡しとく」
といった。真介から、ここも我家だと気持ちが伝わってきた。
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