信じられないバカ
実際のところ。サポーターが自分の能力を示すために、ダンジョンを単独で潜るというのはよくある話だ。その階層までなら守ってもらう必要はない、という証明になるから。それも中層までというのが多いけど。
だから、サポーターの僕が一人でダンジョンに潜る時も、ダンジョンの入口にいる監視員さんは黙って見送ってくれた。がんばれよ、と激励の言葉もくれたほどだ。
さて。荷物は持った。間違い無く泊まりになるから、食料も多めに持ってある。アイテム袋も、普段は余裕をもたせてるけど、今日は容量ぎりぎりまで入れた。準備はばっちりだ。
僕は気合いを入れて、一歩目を踏み出した。
ダンジョンは、ざっくり五階層ごとに難易度が跳ね上がるようになってる。これはどこのダンジョンも同じで、外国のダンジョンですら出現モンスターも含めて同じなんだとか。
だからダンジョンを研究する人は、もしかしたらダンジョンは構造的には全て繋がっていて、それぞれの国に繋がる部屋があるだけなのでは、なんてことも言ってるけど……。実際は、分からない。調べようがないから。
ダンジョンは五階層ごとに区切られる。最初は上層、次に中層、さらにその下は下層、深層と続いてる。現在の公式到達記録はアメリカの十九層。ここまでくると、もう敵は化け物だらけらしい。
この深層までいったら……僕はまた、あのパーティに戻れるかもしれない。
我ながら女々しいかな……。でも、それだけ僕にとって、あのパーティは思い入れがあって、誇りそのものだったんだ。
上層、中層は問題なく踏破した。これでも下層を攻略するBランクパーティの一員だったんだ。これぐらいなら、わりと余裕がある。
問題は、下層からだ。
ダンジョンは下層から様相が様変わりする。中層までは普通の洞窟とかそんな雰囲気だけど、下層からは文字通り別世界だ。草原が広がるフロアもあれば、溶岩が流れる火山のフロア、吹雪が吹き荒れる雪原のフロアなど、様々だ。
十一層、下層の最初のフロアは、草原。一番楽そうに見えるけど、隠れる場所があまりにも少ない、ある意味冒険者泣かせのフロアだ。敵も一気に強くなり、ここで撤退する冒険者は多い。
僕のパーティも苦労したっけ……。隠れる場所がない、というのはこのフロアにいる間は常に気を張るということだから、気疲れがひどかった覚えがある。
それでも交代で眠れたパーティの時とは違い、今回は一人。安全に眠ることすら難しい。
それでも。いやだからこそ、ソロで踏破する価値があるというものだ。
「やってやるよ……!」
最上位のサポーターの実力! 見せてやる!
だめでした。
「信じられない……バカ、です」
僕の目の前には、呆れたような声音の魔女。噂通りにフードを目深に被っていて顔は見えないけど、その声からまだ幼い女の子のようにも思える。
その魔女の向こう側には、魔物の死体の山。この下層で出現する魔物たちで、僕が追い詰められて殺されると思った瞬間、瞬く間に鏖殺してしまった。何この子怖い。
何が怖いって、戦いにすらなってなかったこと。まさしく蹂躙だった。噂で強いとは聞いていたけど、まさかここまでなんて……。
「聞いている、です?」
「あ、はい」
そんな魔女に説教されていて、僕は生きた心地がしない。相手はめちゃくちゃ強い魔物たちを瞬殺できる文字通りの化け物だ。怖いとかそんなレベルじゃない。
僕が正座で震えていると、魔女が大きなため息をついたのが分かった。
「まあ、いいです」
そうして魔女は言った。
「確か、深層を見たい……でした、よね?」
「あ、はい。そうです」
「じゃあ、見に行く、です」
「え」
魔女が歩き始めたので僕も慌ててついていく。なけなしの自信は砕け散った。こんなところに残されたら死ぬ未来しか見えない。
だから、魔女がどこまで潜るつもりか分からないけど、自分の命のためにもついていくつもりだ。
「ギルドから……依頼があった、ですよ」
歩きながら、魔女は教えてくれた。ここに来た経緯を。
どうやら酒場のマスターが、僕がいたパーティに僕がダンジョンに入ったことを伝えたらしい。お前たちを見返すつもりみたいだって。それで、慌ててギルドに報告したんだとか。
そのギルドから、いろいろと経由して、最終的に魔女に依頼が渡ったとのことだった。
驚いたのは、魔女に繋がる連絡手段を持ってる人がいることだ。ギルドが直接、というわけじゃないらしい。個人的に連絡先を知ってる誰かをギルドが把握してる、というところかな。
で、依頼を引き受けた魔女が助けに来てくれた、ということみたいだけど……。
「じゃあなぜ深層に……?」
「見たい、ですよね?」
「そりゃ見てみたいけど……」
魔女と一緒となると、自分の能力の証明にはならない。だからそれはもう諦めたけど、それはそれとして、深層には興味がある。どんな場所なんだろう。
「守ってあげます、ので……。わたしにも、付き合って、ください」
「はあ……」
つまり魔女にとっては、深層もソロで潜れる範囲、ということらしい。改めて規格外だ。
そうして魔女と一緒に歩き続けて。やがて深層にたどり着いた。
十六層。深層一フロア目。夜の草原。
「ここから先は……ずっと夜、です。暗がりの奇襲に……気をつける、ですよ」
暗がりの奇襲、か。物陰からの奇襲はよくあったけど、暗がりの奇襲というのはあまり聞かない。
そうしてさらに歩き続けて。深層の魔物と出会った。
「な……っ!」
ドラゴン。軽トラック程度の大きさだからドラゴンとしては小型ではあるけど、間違い無くドラゴンだ。まさかただのザコとしてドラゴンが出てくるなんて……。
そんなドラゴンを、魔女はやはり一瞬で倒してしまった。魔女が杖を振っただけで、ドラゴンの首が落ちる。ただそれだけ。
「ドラゴンの素材は……欲しい、です?」
「いや……。その、欲しいかと言われると欲しいけど、さすがにね……」
さすがに今回ばかりは僕自身が役立たずだと思ってる。魔女は、そうですかと頷くと、ドラゴンを全てアイテム袋に入れた。どれだけ入ることやら。
さらに魔女は進んでいく。時間なんてかけることもなく、急ぎ足でどんどんと。
本来なら。周囲の魔物に警戒して、少しずつ倒して……。そうするからこそ、時間がかかるものだと思う。でも魔女は、魔物をものともしない。次のフロアへの階段へと真っ直ぐに歩いていく。洞窟フロアと違って真っ直ぐだから、本当に短い時間で踏破してしまう。
まさか一日で二フロア踏破するとは思わなかったよ。というより、どこまで行くんだろう。
そして。たどり着いたのは、二十一層。おそらくあるだろうと言われていた、誰も見たことがない深層のさらに奥。言うなれば、最深層かな? ここで終わりかも分からないけど。
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