にゃんこ魔女
翌日。昨日は地上に戻ってからも忙しかった。事情聴取とかいろいろ、ね。
ハジメは案の定、あの黒い石については認めなかったけど……。それは仕方ない。ただ、人を凶暴化させるものはあるかもしれない、というのはギルドに報告しておいた。いつか原因が分かればいいんだけど。
そうして、今日。あたしはとんでもないメールをスマホで受け取ってしまった。
「いやいや……。まさか、そんな、さすがに……。イタズラ、とか……」
送信者は、知らない誰か。メールアドレスも見たことがないものだ。内容はとてもシンプル。リンネちゃんの住所、と書かれて、どこかの住所が記載されてる、ただそれだけのもの。
イタズラだ。イタズラだと思いたい。でもこのタイミングで、リンネの名前。さすがに、偶然とは思えない。
だから。イタズラだ、と思いながらも、あたしは新幹線に乗っていた。
そうして昼頃にたどり着いたのは、東京の某所。小さな、いわゆるワンルームマンション、だと思う。そこの指定された部屋のインターホンを押した。
『はーい』
少女の声。でも、リンネのものじゃない。
「あー……。すみません、えっと、あたしは……」
『もしかしてユアさん? ちょっと待ってね』
「え、あ、はあ……」
あたしのことがすぐに分かる……。やっぱりここで間違いない、のかな。いやでも、あたしは自分で言うのもなんだけど、結構有名だし……。
そんなことを考えている間に、ドアが開かれた。
「いらっしゃい」
そう言って出てきたのは、あたしよりも少し年下ぐらいの少女。初対面、のはずだ。
「どうぞー」
その少女に促されながら部屋に入って、そしてそれを見てしまった。
わりと片付いている部屋の真ん中。日の光を浴びて、毛布にくるまって眠る女の子。素顔は初めて見たけど、なんとなく分かった。こいつ、リンネだ。
「ええ……」
いつかまた会えるかな、なんて思っていたけど……。まさかこんなに早く会うことになるなんて思わなかった。しかも無防備に寝てるし。魔物説どこいった。普通に地上に出てお昼寝してるよ。
「リンネちゃーん。お友達だよー」
少女が声をかけながら体を揺すると、リンネがむにゃむにゃと何かを言って、また毛布を被った。
「おーい」
「うにゅ……。あと三百年……」
「あははー。それだと私は死んじゃうよー」
ゆさゆさ。ほっぺたぷにぷに。そこまでされて、ようやくリンネが目を覚ました。もぞりと起き上がって、ふわあ、とあくび。そうして、あたしと目が合った。
「ん……。ユアがいる、です。こんにちは」
「あ、えと……。こんにちは……」
まさかストレートに挨拶が来るとは思わなかったかな……! いや本当にこれ、どういう状況なんだ。
リンネはあくびをもう一度して、少女に言った。
「凪紗……チョコが欲しい、です……」
「仕方ないなあ。はい、あーん」
「あーん……」
いや、本当になにこれ。普通に生活してるんだけど。なに、えっと……。人助けをする正体不明の魔女はどこいったの? 正体不明要素どこ? ここ?
もごもごと口を動かして、ごくんと呑み込んで。そしてリンネが言った。
「ん……。どうして……ユアがいる、です? 凪紗?」
「私がギルド職員権限を使って呼び出しました!」
いやこの子ギルド職員!? わっか! いやそれよりむしろいいの!? 職権乱用もいいところじゃない!? 呼び出したっていうか、一方的に住所送られてきただけだし!
「どうやって、です?」
「ギルドは全冒険者の連絡先を把握してるからね。先輩に頼んで、ちょちょいと」
あ、協力者までいる。いや、いいの? 一応あたし部外者なんだけど。そんな、秘密にしないといけないことを話しちゃっていいの? 危機管理ちゃんとした方がいいよ? すでに勝手にあたしの個人情報が使われてるけど。
リンネは、そうですか、と頷いて、そしてふわあとまた大きなあくびをした。そうして、窓を見る。お日様が入ってきてぽかぽか暖かい日だ。
「ん……。あと、三時間……」
「リンネちゃん。晩ご飯なしにするよ」
「それは困る、です」
一気に覚醒した。なるほど、この子、食べることが好きな子か。
リンネはもう一度あくびをしてから、あたしに向き直った。そしてぺこりと頭を下げる。あたしも慌ててその場で一礼した。
「ユアさん、麦茶でいい? コーヒーとかジュースもあるけど。紅茶はないよ」
「あ……それじゃあ……。ジュースで……」
「はーい。座布団使ってくれていいからね」
凪紗と呼ばれた少女の指示に従って、座布団に座る。目の前ではまだリンネが眠たそうにしていた。なんというか、とてもマイペースだ。
「えっと……。一応聞くけど、リンネがあたしを呼んだ……わけじゃないんだよね?」
「ん……。違う、です」
「そっか」
ということは、あたしを呼んだのは凪紗の個人的判断。話を聞くなら凪紗から、ということかな。
少し待つと、凪紗が人数分のジュースを運んできた。オレンジジュースだ。それを全員の目の前に置いて、凪紗はリンネの隣に座った。
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