事件の終わり

「ユアさん!」

「助けに来ました!」


 さすがに本気で焦りを覚え始めたところで、そんな声が聞こえてきた。声のした方、出口側から走ってくる三人の冒険者。人数は少ないけど、中層で活動するパーティだ。救助としては、十分。本来なら。


「って、なんだあいつ!?」

「おわあ!? なんかつっこんできた!?」

「え、魔物!? 魔物なのかこれ!?」

「人間! 一人だけ逃げてるやつ!」

「人間!? こいつが!?」


 信じられないよね! あたしも信じられない!

 気付けばハジメは、明らかに人間の姿ではなくなっていた。まるで岩が集まったような、そんな怪物だ。下層で出てくる魔物、ゴーレムに酷似してる。

 もしかして下層のゴーレムも冒険者のなれの果てなのかな、なんて思えてしまう。そんなはずはないと思いたいけど。


「動きが単調だし、下層のゴーレムほど強くはない……か?」

「俺らの武器じゃ倒せないけど……ユアさん、あんたの魔法ならどうだ!?」

「倒せるけど……でも……」


 倒せるかと聞かれれば、倒せる。最大火力の魔法なら、下層のゴーレムにも通用するから。でも、倒していいの? だって相手は人間だよ?


「人殺しは……したくない……」

「あー……! だよな! でも、どうする!?」


 手段を選ぶと、こちら側に犠牲が出る。それは分かる。分かってる。でも、だからって殺すなんて手段は……。

 そもそも。そもそもだ。どうして急にこんなことになったのか。それさえ分かれば、なんとかなりそうだけど……。


「あいつの胸、なんか変な石があるけど、あれが元凶か?」


 言われて、見てみる。確かに胸の心臓付近、そのあたりに禍々しいほどに黒い石が埋まっていた。よく見るとどことなく脈動しているような、そんな不気味さがある。

 つまりあれを壊せばどうにか……。


「いや、だめ! あいつの体に完全に繋がってる!」


 集中すれば魔力の流れを見ることができる。その魔力の流れを見ると、黒い石と魔力の流れが繋がってる。もしあの黒い石を壊すと、ハジメの魔力が暴走して、本人も高確率で死ぬことになる。


「だからって、どうする!?」

「明らかにこの層にいちゃいけない強さだ! 放置したら、他の冒険者に犠牲が出るぞ!」


 それは、そう。だったら、やっぱり、あたしがとどめを……。


「ピンチ、です?」


 そんな声が、あたしの真後ろから聞こえてきた。


「あ……。り……、魔女!」

「ん……。さっきぶり、です。どうかした、です?」

「ちょうどよかった! 実はあいつ元々人間だったの! どうにかできない!?」

「はあ……。なるほど」


 リンネは今も暴れてるハジメを見て、そうして頷いて言った。


「できる、ですよ」

「本当!? 殺しはだめだけど、大丈夫!?」

「よゆー、です」


 いや本当にすごいね魔女! それなら、是非ともお願いしたい! 正直不愉快な相手ではあるけど、殺したいわけじゃないから!

 すっとリンネが前に出る。ハジメの標的はすぐに魔女になった。


「あ、おい! 危ないぞ!」

「いや待て、この人は……」


 他の人も魔女に気付いたらしい。リンネは襲ってくるハジメの拳を、すっと持ち上げた杖で受け止めた。杖なんかで受け止められるわけがないと思ったけど、何の力も感じてないかのように簡単に受け止めてしまってる。微動だにしていない。


「ふむ……。こう、ですね」


 そうして、リンネが腕をさっと横に振る。するとそれだけで、ハジメの胸から黒い石が剥がれ落ちて、ハジメはその場に倒れた。

 慌てて近づいて確認してみる。うん……。生きてる。死んでない。


「これはまた……悪趣味な。あいつは一体、何を考えている、です?」


 その声に顔を上げれば、リンネが石を手に取って睨み付けていた。口元しか見えないけど、不機嫌そうに口を歪めてる。


「ところで……ユア。抱えてる子が……泡を吹いてる、です」

「え。……あ」


 そうだった。ホノカを放置するわけにもいかずにずっと抱えていたんだけど……。うん。目を回してる。泡を吹いてる。あれ、これ結構やばくない? 人殺しをしたくないとかそれ以前に、これで死んじゃったりしない!?


「り、あ、えと……。魔女! 魔女!」

「魔女使いが……荒い、です」

「それは本当に申し訳ないけど助けて!」

「仕方ない、です」


 さっと魔女が杖を振る。それだけでホノカは目を覚ました。一安心だ。それにしても、やっぱり回復魔法も規格外。すごい。


「あ……ユア様……。あの人は……」

「とりあえず生きてる。この後は捕まるから、あなたは安心しなさい」

「はい……」


 ただ、やっぱりあの変化については気になるところだから、それを問い詰めたいけど……。現物がないと認めないような気がする。でもリンネもいつの間にかあの石をアイテム袋にしまっちゃったみたいだし……。諦めた方がいいかな。

 戦利品は倒した人に権利がある。調査のためと取り上げるのは良くないし、そもそもあたしにそんな権利はない。

 とりあえずは、これで終わり。安心したところでコメントを見る余裕も出てきた。


『いやあ、マジで魔女すごいな』

『でもタイミング良すぎないか? こいつが仕組んだんじゃないだろうな』

『ばっかお前、人助けばっかりする魔女がわざわざそんなことするわけないだろ!』

『自作自演とか』


 その可能性もあり得そうよね。もっとも、魔女の人柄が分からなかったら、だけど。

 リンネはそんなことはしない。絶対に。間違いなく。


「すまない。いいだろうか」


 救助に来てくれた冒険者が話しかけてきた。リンネに対しては、警戒はしてないらしい。全員武器を下げてる。リンネも彼らに対して、特に警戒はしていなかった。


「ん……。そちらは無事、です?」

「ああ。大きな怪我もないよ。それより……。今回も助けてくれてありがとう、魔女」

「…………。……?」


 どうやらこの冒険者たちはリンネに助けてもらったことがあるらしい。リンネは覚えてなさそうだけど。お礼を言われて首を傾げてる。


「はは……。覚えてないか。それとも、別人かな? あの時は一言も話してくれなかったし」

「あなたたちが魔女………と呼ぶのは、わたしだけ、です」


 ということは。ギルドの予想の一つは外れた、ということかな。

 魔女の出現から、ギルドは魔女に対していくつか予想を立てている。そのうちの一つが、新種の人型の魔物で、人を助けつつ、知らない場所で襲っているのだろう、なんていう予想。

 もっとも、魔女の存在が確認されてから、今のところ日本のダンジョンで犠牲者は一人も出てないんだけど。だからまあ、外れて当たり前の予想だったかも。


「いや、そうか。それじゃあ、うん。俺たちも君に助けられたことがあるんだ。改めてお礼を言わせてほしい。ありがとう」

「ん……。覚えてない、ので……気にしなくていい、です」

「はは。分かったよ」


『なんだあの魔女、不器用か?』

『魔女ちゃんかわいい声だよね……好き』

『やばい変なやつが出てきてる気がするw』


 あの魔女、人を誘惑するフェロモンでも出てるの? いやさすがにないとは思うけど。


「そいつは……ちゃんと裁いてほしい、です」

「ああ、もちろんだ。冒険者として許せるものじゃないからね。任せてほしい」


 その言葉に満足そうに頷くと、魔女はまたダンジョンの奥へと帰っていった。思い出したようにあたしに振り返って、手を振って。あたしも手を振り返したら、満足そうに帰っていった。

 うん。かわいいよね、あの子。


「それじゃあ……。今度こそ、帰りましょうか」


 あたしがそう言うと、その場にいる全員が頷いた。

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