リンネのやりたいこと
ギルドの休憩室は、たくさんの長テーブルが並ぶシンプルなもの。部屋の端にカウンターがあって、そこで料理を注文すると作ってもらえる。ちなみに無料だ。
その休憩室の隅で、リンネちゃんはたくさんの先輩たちに囲まれていた。
「ちょ、ちょっと! 何やってるんですか!」
思わずそう言って駆け寄る。リンネちゃんは口をいっぱいにして顔を上げた。うん。リスみたい。かわいい。いやそうじゃなくて。
「ねえ! 凪沙!」
「え、な、なんです?」
「この子ちょうだい?」
「殺しますよ?」
「やだこの子殺意が高すぎる……!」
もちろん冗談だけど。リンネちゃんは口をもごもごとさせていたけど、ごくんと呑み込んでこっちに駆け寄ってきた。きゅっと服を掴んでくる。リンネちゃん、ちょっとあざといよ……!
「きゃー! かわいい! お姉ちゃんが好きなのね!」
「やっぱり保護してくれた凪沙は特別なのかな」
いや、わりと単純にみんなを警戒してるだけかも……?
先輩たちはリンネちゃんに手を振ると、その場を離れていった。なんというか……。自由な人たちだよね。気さくな人たちだから頼りやすいというのもあるけど。
「リンネちゃん。何もらったの?」
「お菓子、です。いっぱいもらった、です」
「そっか。美味しかった?」
こくん、と頷くリンネちゃん。気は許してないけどお菓子はしっかりもらって食べた、ということらしい。ちゃっかりしてるね。
「お昼ご飯は食べた?」
「まだ、です」
「じゃあもらいにいこう」
リンネちゃんの手を引いて、カウンターへ。ギルドの厨房で働く人は、どの人もベテランの料理人さんだ。危険な場所だからこそご飯は美味しいものを、という配慮らしい。
ちなみに冒険者さんたちが使う飲食店でも働いてる人たちだ。持ち回りで応援に来てくれてる。だから料理も一流。ここで働いて良かったと思うところだ。
「すみません」
「お! 待ってたよ!」
私が声をかけると、対応してくれたお兄さんが笑顔で言った。待ってたって、私を……? いや、リンネちゃんか。視線はそっちに向いてるから。
「ほら! 今日だけの特別料理だ!」
そう言ってお兄さんが渡してくれたのは、なんとお子様ランチ。チキンライスに唐揚げ、タコさんウィンナー、ハンバーグ、コーンスープと、たくさんの料理が並んでる。どれもが少し小さめで、子供でも問題なく食べられる量だ。デザートにプリンもついてる。
これ、何がすごいって、多分どれもが専門の人が作ってる。奥の厨房の人がにやにやしながらこっちを見てるし。一般的なファミレスで出るお子様ランチよりも明らかに美味しそう。
「リンネちゃんにだって」
「わたし、です?」
「そうそう」
落とさないように気をつけてね、と言いながらお盆を渡してあげると、リンネちゃんはちょっと丁寧に受け取ってくれた。料理を見て、わあ、と小さな歓声をあげてる。気に入ってくれたみたい。
私は……ハンバーグにしよう。リンネちゃんのハンバーグがすごく美味しそうだったから。
ハンバーグ定食を受け取って、リンネちゃんと一緒にすぐ側の席へ。それでは手を合わせて。
「いただきます」
うん。肉汁たっぷりのハンバーグ、とても美味しい。絶品だね。
リンネちゃんは……。一個ずつ味わって食べてるのが見てわかる。チキンライスを食べて、じっくりと味わってから呑み込んで、次にハンバーグを食べて、やっぱり味わって……。
そんなリンネちゃんの様子を、厨房から見守ってる料理人さんたち。いや、料理作らなくていいの? そう思ったら、他の職員さんもリンネちゃんを見守っていた。
うん。この職場、別のの意味で危険じゃないかな?
いや、もちろん分かってるんだけどね。そもそもこんな場所に子供がいることがとても珍しい。その珍しさでみんな見に来てるんだと思う。
ギルドは良くも悪くも冒険者のための施設だ。そんな施設に子供が訪れることなんてほとんどない。学校の職場見学の対象になることすらない。何かあったらまず助からないと、みんなが知ってるから。
そういう意味では、リンネちゃんはみんなに癒やしを与えているのかも……。なんて、ね。
「もぐもぐ……。凪沙」
「うん?」
「日本のダンジョン……監視、始めた、です」
「んふっ……!」
いきなり何言い出してるのかなこの子は! いきなりすぎて吹きそうになったよ! というか、みんなが見てるのに……!
「大丈夫、です。他の人には……聞こえないように、してる、です」
「ええ……。なにそれすごい」
いつも思うけど、リンネちゃんの魔法が規格外すぎる。こそこそ内緒話をしてるようにしか見えないってことだね。
「それで……監視って?」
「星の記録から……日本のダンジョンを……調べた、です。ついでに、何かあったら……分かるように、した、です」
「お、おお……。どうしてまた……」
「凪沙は……誰かが犠牲になるのが、嫌、ですよね?」
それは……うん。もちろんそうだ。知ってる人が帰ってこなかったと聞いたら悲しくなるし、どこかのダンジョンで犠牲者が出たと聞いても、やっぱりちょっと残念に思ってしまう。
犠牲者が出ない、なんてあり得ないことだとは分かってるけど。
「凪沙には、美味しいもの……もらった、です。ここでも……たくさん食べた、です」
だから、とリンネちゃんが続ける。
「日本のダンジョン……ぐらいは……見守る、です。助ける、です」
「それは……」
リンネちゃんなら、きっとできるんだと思う。最上位パーティが手も足も出なかったドラゴンを簡単に倒してしまうぐらいだから。
でも、リンネちゃんに負担を強いてしまうことは私でも分かる。そんなつもりで、リンネちゃんにご飯をあげたわけでもない。
「わたしが……やりたいだけ、です」
リンネちゃんはそう言うと、私の手を取った。
「無理はしないと、約束する、です」
「うん……。分かった。本当に、無理はしないでね」
私の言葉に、リンネちゃんはしっかりと頷いてくれた。
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