バックストーリー
「まず……。当たり前だけど、身内としての申請はとても難しいのよ」
「え? わりと簡単だったと思うんですけど……」
「いや、凪沙、あなた孤児でしょうが」
「あ」
そうだ。そうだった。申請が簡単なのは、ちゃんとした家族とすぐに分かったら、だ。私は孤児な上に、今は一人暮らし。親戚は……実はよく分からない。誰も名乗り出てくれなかったから。
みんな亡くなったのか、それとも厄介者を受け入れたくなかったか……。ともかく、今の私は一人っきりだから、身内なんているはずがない。
例外があるとすれば、結婚した時とかだけど……。まあ、うん。何も言うな。
「そこで、ちょっとバックストーリーを用意したわ」
「バックストーリー、ですか」
「ええ。凪沙は富士山の黒球を壊してしまった。原因は分からない。ただそれでも無視はできず、原因を突き止めるために富士山の最寄りのダンジョンを調査してみることにした」
わあ。なんて正義感たっぷりな私なんだろう。調査なんて考えもしなかったよ。
「凪沙、とってもえらい、です」
「やめてリンネちゃん、その言葉は私に効く。実際にやってないのは分かってるでしょ」
「ならもっと言う、です」
「なにそれひどい」
「続けるわよ」
「あ、はい」
先輩がちょっと呆れてる気がする。なんというか、ごめんなさい。
「ダンジョンを調査中、凪沙はそこで見つけてはならないものを見つけてしまった……。それは、ダンジョン孤児であるリンネちゃんよ!」
「ん……。ダンジョン孤児って、なんです?」
「凪沙! 説明!」
「はい!」
ダンジョンの発生時、巻き込まれてダンジョンに取り残された人も少なからず、どころか結構いたりする。そんな人たちは自力で脱出することは難しく、いろんな工夫をしてどうにか生き残ろうとしてきた。
もちろんほとんどは犠牲になったけど……。それでも、生き残れた人たちが、いた。
そんな人たちの子供で、そしてその両親を亡くしてしまったのがダンジョン孤児だ。
当たり前だけど、ダンジョンで生まれた子供を国が把握できるわけがない。親戚も分からないので、保護された時点で孤児になることが確定してしまう。
そんな子供なんてそうそう見つからないんだけど……。それでも、日本各地でいくつか報告が上がってる。リンネちゃんもその一人にしてしまった、ということだね。
「まだ幼いリンネちゃんが天涯孤独になってしまっている、ということに、凪沙は過去の自分を重ねてしまった。だから、凪沙は言ったのよ。この子は私が面倒を見る! 私がこの子の親になる!」
「おー……」
「私、そんな熱血漢でしたっけ?」
かわいそうだとは思うけど、さすがに引き取ろうとは思えないかなあ……。他人の命にまで責任は持てないから……。
「いいから、そういうことにしておきなさい」
「あ、はい」
そういうことになった。
「まあ、つまりはそういうことで。リンネちゃんはダンジョン孤児、凪沙はその保護者。それで申請を出して受理しておいたから」
「あの……。ダンジョンに入ったら記録残りますよね……?」
リンネちゃんを保護したというダンジョンなんて、当たり前だけど私は行ったことがない。当然記録もないわけだけど……。
「でっち上げておいたわ」
「わあ」
当たり前だけど普通に犯罪です。すごく危ない橋を渡らせてしまったことにすごく後悔してしまう。本当なら先輩は関わる必要もなかったのに……。
「あいた!」
少し自己嫌悪していたら、先輩がデコピンをしてきた。先輩は、いたずらっぽく笑っていた。
「凪沙は何も気にしなくていいから。あたしが好きでやったこと。いいわね?」
「でも、先輩……」
「いいから。特例として、リンネちゃんはギルドの休憩室にいてもいいわよ。ただし他の人の邪魔はしないようにね」
「ん……。わかった、です」
本当に、先輩には頭が上がらない。もう一度頭を下げると、先輩は照れ臭そうに笑いながら手を振っていた。
お話の後は、お仕事。といっても、私はまだまだ新米で、仕事は単純なものだ。受付で魔石や素材の換金をするだけ。
ギルドで冒険者の受付、なんて言うと、小説やゲームに詳しい人は依頼を出したり受けたり、なんてものを想像すると思う。
でも現実にはそんなものはない。あるのは魔石と素材の換金、ただそれだけだ。
「はい、こちらの魔石は三個で三千円です。それにオークの肉……。こちらはキロ単価千円です」
「なあ、オークの肉、もうちょっと高くならない? 美味しいでしょ?」
「味はよくても見た目がね……。二足歩行だからね……」
「だよね……。俺らもよほどの時でないと食わないしな……」
ゴブリンやオークは比較的弱い魔物で、手に入る魔石もエネルギーが少ないものばかりだ。でも安定して稼げるから、駆け出しの人やそこまで求めてない人にはちょうどいい獲物になってる。
ゴブリンには素材としての価値はないけど、オークは一応お肉が食べられる……が、二足歩行の豚だ。見た目が悪い。気にしない人にとってはいいかもしれないけど、あまり売れないということはそういうことなんだと思う。
ともかく。ゴブリンとオークを狩る冒険者はとても多い。だから結構忙しい。
「はい次」
「おれだ! 魔石十個! 大物だぜ!」
「どれどれ……」
カウンターに置かれた魔石を、専用の機械に入れる。これに入れると、その魔石がどの程度の等級かすぐに分かるという優れ物。さて、大物らしいけど……。
「ゴブリンじゃん!」
「やっぱだませなかった……!」
「怒るよ!? 資格剥奪していい!?」
「それはやめてくれ! すまん!」
適当なことは言わないでほしい。それだけですごく緊張するから。
いや、ね。怒る人っているからさ。もっといい魔石のはずだ、その機械が壊れているんだって……。まあ、だいたいそういう人は、他の冒険者さんが引きずり出しちゃうんだけど。時間の無駄だから出て行けって。
そうして朝から昼まで受付をして、休憩時間。ギルドは二十四時間営業で、休憩は交代してとっていくことになる。今日の私は、十二時から十三時。
リンネちゃんが待っているはずの休憩室に向かう。寂しくしてないかな……。
「はいこれスナック!」
「もぐもぐもぐもぐ」
「かわいい……! リスみたい!」
「これとかどうだ? つまみだけど、サラミだ」
「はぐはぐはぐはぐ」
「美味しそうに食べてる!」
「かわいいなあ……!」
な、なんか、リンネちゃんが大人気だ……!
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