冒険者見習いの場合
どうして、こんなことになったんだろう。私は走りながらそう思った。
今朝、私は高校の同級生と一緒に、関西のダンジョンに潜っていた。高校生で下りる探索許可は第二層までだからそこまで危険はない、はずだった。
出てくる魔物も、核を取り出しただけで倒せてしまうスライムとか、群れならともかく単体なら簡単に倒せてしまうゴブリンとか、その程度だ。
それでも一応はダンジョン。ダンジョンで起きたことは自己責任ということで誓約書を書く必要はある。それでもそれさえ書けば、高校生でもダンジョンに潜れるのが現状だ。
私は、自分の適性がそうだったのか、支援魔法を覚えることができた。だから、ゲームでいうところの僧侶とかヒーラーとか、そういう立ち回りをして今日も同級生と潜っていたんだけど……。
パーティのリーダー、クラスでもリーダー気質な男子が言った。第三層に行ってみよう、と。
私たちは、自分で言うのもなんだけど、結構優秀な方だ。第二層のゴブリン程度なら、苦も無く倒せてしまうほどには。
だからこそ、リーダーは増長してしまったんだと思う。自分たちが第二層までしか潜れないのはおかしい、もう少し深く行っても問題ないはずだって。
他の子が止めてくれたらよかったんだけど……。私以外は、みんな賛成してしまった。
私は、第二層までの魔石での収入で十分だから無理しない方がいいって言ったんだけど、私はそもそもちょっと意見を言うのが苦手で……。結局、その場の空気に流されてしまった。
今ではとても後悔してる。もっとちゃんと、止めればよかったって。
岩陰に隠れる私の目の前を、スライムが通り過ぎていく。
このスライムは第一層で出現するスライムよりも大型だ。第一層に出てくるスライムの上位種、ハイスライム。触れたものを何でも溶かしてしまう、前衛の天敵みたいな魔物。
魔法でなら倒せるかもしれないけど……。私は攻撃はみんなに任せているから、支援魔法に特化してる。攻撃魔法なんてろくに使えない。
護身用にナイフぐらいは持ってるけど……。前衛の天敵に、後衛の私のナイフで勝てるとは思えない。
ハイスライムの目撃情報は第六層から。つまりここは、第六層以下のフロア、ということだ。どうして、こんなことになったのかな……。
第三層に潜ると、ゴブリンが必ず複数で出てくるようになった。単体なら問題なく倒せるゴブリンも、複数、それも五体以上で出てくるとかなり厄介だ。
私たちもそのゴブリンの集団の対応に手間取って、最終的には誰かが大怪我をする前に逃げ帰ることになった。
「ごめん……。俺の想定が甘かった……」
「仕方ないって! まさかゴブリンの集団があんなに強いなんて思わなかったからさ!」
「そうそう! これもいい経験よ! 決まり通り、第二層まででがんばりましょう! ね、姫花ちゃん!」
「あ、うん……」
最初から言ってるんだけどなあ……。
そう思ったけど、声には出せなかった。怒られたら怖いから。
私は、他の子と仲良しなわけじゃない。ただ誘われたから一緒にいるだけ。
私の他は、前衛の男の子と女の子、それに弓使いの男の子と、魔法使いの女の子。最後に私の、五人だ。結構バランスが取れてると思う。
このうち、私以外の四人が仲良しグループだった。ただその中に私みたいなヒーラーがいないから、その枠を埋めるために私に白羽の矢が立った、みたいな感じだ。
私も直接戦うのは怖いから、支援に集中してくれていいというそのパーティに参加させてもらうことにした。
四人とも、すごくいい人たちだった。私は内気で話すのが苦手なのに、パーティを組むことになってからは、よくご飯とかも一緒に食べるようになって……。とても、居心地が良くて。
でも、私自身の問題だけど、自分の意見を言うのはとても苦手で、基本的には流されてばかり。それが、この結果。
第二層に戻る途中、行く手を阻むようにゴブリンの集団が現れた。当然私たちも応戦したんだけど……。予想外だったのは、後ろからも襲われたこと。
そこからは、もうめちゃくちゃ。乱戦だった。みんな、必死で、傷だらけで……。このままだと全滅するというのが、私でも分かった。
だから。全滅するぐらいなら。
私は、このパーティが好きだ。みんなが私をどう思ってるかは分からない。実際は支援しかできない私を疎ましく思ってるかもしれない。でも、私自身は、みんなが好きだった。
だから。今まで一度も使わなかった魔法を使った。
私に注意を向ける魔法。ゲームで言うところの、ヘイトを稼ぐ、挑発する、そういった魔法だ。
初めて使った魔法だけど、効果はしっかりあった。ゴブリンたちはみんな私に向かってきた。何匹か魔法が届かなかった個体もいたみたいだけど、かなり少ない。あれぐらいなら、みんなで倒せるはず。
「姫花ちゃん!?」
いきなり私に向かってきたゴブリンたちに、みんなが困惑して叫ぶのが聞こえてきた。
「私が、引きつけるから! 逃げて!」
そう叫んで、私は洞窟の奥へと走り出した。
そうして、最後に見えたみんなの目は。助かったことに対する、安堵のそれだった。
できれば助けを呼んでほしいけど……。呼んでくれるかな……?
その後は、必死で、ただ必死で、走り続けて。そして私は、目の前の大きな穴に気付かずに落ちてしまった。
ダンジョンには時折、大穴がある。階層を跨ぐ大穴に落ちると、まず生き残れないとまで言われてる。
理由としては、第一に、単純に高すぎるから。魔力である程度自己強化できる冒険者でもどうにもならないほどに、高いから。
第二に。奇跡的に生き残れたとしても、もっと深い階層に落ちてしまうわけで。それは多くの場合、自分の適性よりもずっと深い場所で。
私は奇跡的に生き残れたけど、自分では対処できない魔物たちを前に身動きができなくなっていた。
何でも溶かすハイスライムに、巨躯を持つオーガ、それに素早い動きで翻弄するハイウルフ……。一匹でも、私たちのパーティが壊滅する化け物。しかも今は、私一人。
こうなると、落ちて生き残ったのは運がいいのか分からない。いっそ、死んでしまっていた方がよかったんじゃないかな。このままだと、生きたまま食べられてしまうかもしれないから。
想像するだけで、怖い。そんなのは、絶対に嫌だ。嫌だけど、でもどうしようもない。
だって、身動きが、できないから。体のあちこちを強く打って、骨も多分いくつも折れてる。本当に、ただ生き残れただけ。私がヒーラーだから、無我夢中で自分に回復魔法をかけてぎりぎりだった、それだけ。
こわい。ただただ、こわい。まだ、死にたくない。
だれか、たすけて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます