お買い物


 朝食の後は、リンネちゃんを連れてお買い物。今のリンネちゃんは黒を基調としたパーカーに赤いスカート、それに黒のリボン。つまり昨日見せてくれた服装だ。黒が好きなのかな?

 ちなみに私は青を基調としたワンピース。いや、着替えるのが楽だったから……。


「凪沙。どこに行く、です?」

「うん。デパート、かな? フードコートもあるから、美味しいご飯を食べられるよ」

「ごはん……!」


 なるほど。この子、食いしん坊だ。しかも昨日の説明、本来は精神体みたいなもの、というのを考えると、きっと太ることなんてないと思う。すごく羨ましい。

 とびっきり美味しいものを食べさせてあげたい。何がいいかな?

 そんなことを考えていたら、デパートにたどり着いた。十階建ての商業施設で、専門店とかもたくさん入ってる。

 早速リンネちゃんといろんな店を回っていく。最初は何も買おうとしなかったけど、その理由はちゃん見れば自分で作れるから、というもの。

 それはとてもすごいことだと思うけど、でもそれはだめだと思う。お店に失礼かなって。ちゃんとお金は払わないと。


「でも、悪い、です」

「お金には余裕があるから。ね?」

「う……。はい、です……」


 実際、お金の心配はしなくても大丈夫だ。ギルドで働くのは危険が伴う。だから、お給料も相応に高い。しかも私は安い賃貸アパートに一人暮らしだから、お金は貯まっていく一方。

 こういう時に使わなくていつ使うんだ、なんてね。

 そうして買ったものは、リンネちゃんに渡していく。リンネちゃんはリュックを背負っていて、それに全て入れていた。明らかに入らない量を入れてるように見えるけど……。聞いてみたら、亜空間に繋げてあるからいくらでも入るのだとか。便利だけどちょっと怖い。

 お買い物で最後に立ち寄ったのは、書店だった。


「何か欲しい本があるの?」

「歴史は、あとで見る、です。物語が……読みたい、です」

「分かった。ところで昨日から思ってたけど、調べるとか見るとか、どうやってやってるの?」

「惑星の記録を……見るだけ、ですよ?」

「…………。なるほど」


 あれかな。ゲームとかでいうアカシックレコートみたいな。本当にそんなのあるんだ。

 リンネちゃんが選んだのは、ファンタジーとミステリー、それにホラーの小説を一冊ずつ。特にこだわりはないらしい。

 お買い物を終えた後は、フードコートだ。ここでお昼ご飯、だね。


「わあ……」


 表情の薄かったリンネちゃんだけど、目を丸くして驚いていた。連れてきて正解だ。


「何を食べたい? なんでもいいよ」

「どれでも……いい、です?」

「うん。食べたいものをどうぞ」


 こくり、とリンネちゃんの喉がなった。

 リンネちゃんに手を引かれて、お店を回っていく。一つのお店を五分ほど眺めて、次の店へ。吟味しているらしい。全部の店、と言われても大丈夫なんだけど……。

 それを言ったら、怪しまれると思う、と言われてしまった。その通りすぎて、むしろ思い至らなかった私はバカかもしれない。

 でもね、リンネちゃん。じっくり吟味してるその姿も、怪しまれるわけじゃないけど、かなり珍しいものなんだよ。お店の人とか、なんだか微笑ましそうに見てるし。


 いつの間にか、いかにリンネちゃんに食べてもらおうか、なんて様子が見て分かるようになってるから。あ、こら、焼き鳥屋さん。あからさまにうちわでリンネちゃんの方にあおがない。香りで釣るのはずる……いや、正攻法、か……?

 けれど。一時間近くも悩んで決めたのは、ハンバーガーでした。

 なんでもいいけど、ハンバーガーの店員さんはあからさまに勝ち誇らないでほしい。他の店員さんは嘆きすぎだと思う。いや、小さい子がずっと悩んでいたら選んでほしくなる気持ちは分かるけど。


「だぶるちーずばーがー? これがいい、です」

「うん。他は?」

「ポテトと……ドリンクと……」

「じゃあセットだね。私も同じもので」

「かしこまりました!」


 わあ、店員さんがすごく活き活きとしてる。あっという間に作り終わって、あっという間に提供された。

 渡されたセットを持って、空いてる席へ。包装紙をはがしてバーガーを見ると、なんだかいつもより丁寧に重ねられてる気がした。お店の人、頑張りすぎでは?

 さてさて。リンネちゃんの反応は……。


「もぐもぐもぐもぐ」


 一心不乱に食べてる……。やっぱりリスみたいでかわいい。

 そんなリンネちゃんに和みながら私もハンバーガーを口に入れた。




 昼食の後は、帰るだけ。リンネちゃんのおかげで荷物もないようなものだし、帰るのもすごく楽だ。でも時間はまだ結構あるし、どこかに寄るのもいいかも。


「リンネちゃん。どこか行きたいところはある? 案内するよ」

「ん……」


 リンネちゃんは考えるように視線を上向かせて、そしてきょろきょろと周囲を見回して。その様子が、なんだかとっても子供らしいと思う。

 そうしてから、リンネちゃんはまっすぐに私を見た。


「凪紗も……仕事をしてる、です?」

「仕事? それはもちろんしてるけど……」

「どんな仕事か……知りたい、です」


 どんな仕事、と聞かれると困るけど……。いや、でも、そうだね。私の留守中に何かあったら、リンネちゃんには私の職場まで来てもらわないといけない。せっかくだし、一緒にギルドに行ってみてもいいかも。

 職場の先輩にも紹介しておきたいし。いつもお世話になってるから。


「じゃあ、電車に乗るよ。私の職場まで連れて行ってあげる」

「分かった、です」


 リンネちゃんを連れて、電車に乗る。向かう先は、ここから三駅ほど移動した先。現在の、ある意味での東京での中心部。

 大きな都市のど真ん中、駅から出るとすぐにそれは見ることができた。


「大きな、建物……」

「でしょ?」


 東京ドーム十個分ほどもある、大きなドーム状の建物。正式名称は、東京ダンジョン隔離ドーム。文字通り、東京のダンジョンを世間から隔離するために作られた防壁だ。

 分厚い隔壁が何枚もあって、ダンジョンから魔物があふれ出してもそう簡単には出られないようにしてある。中にはギルドと呼ばれる組織の部署があり、ダンジョンに挑む人たち、冒険者たちの管理をしてる。


「私はそのギルドで働く職員ってことだね」

「ダンジョン、ですか」


 リンネちゃんは少し目を閉じて、そしてなんだか不愉快そうに表情を歪めた。また何かを調べたんだと思う。ダンジョンのこと、かな?

 あまり気持ちのいい内容ではなかったと思う。ダンジョンの出現では世界中で色々あったから。


「凪紗」

「うん?」

「ダンジョンについて教えてほしい、です」

「あれ? 調べなかったの?」

「これは……経験者から、聞くべき……と思う、です。記録に……感情は、ない、です」

「そっか」


 私にとっても気分のいい思い出じゃないけど……。それでも、今後日本で、というよりこの地球で生活していくなら、知っていなければならない知識だ。

 私の経験でよければ、話してあげたいと思う。

 でもその前に。


「立ち話もなんだから、まずは中に入ろうか」

「そう、ですね」


 まずはドームの中に入ろう。

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