救助


 私が目を覚ましたのは、体を揺すられる感覚をしてからだった。


「あ……! おはようございます!」


 慌てて寝袋から出る。すぐに交代しないといけない。魔女様が少しでも休めるように。

 そう思っていたのに、私の目の前にあったのは朝ご飯だった。お椀に入ったお茶漬けだ。レトルトのお茶漬けだけど、これもまたいい香りで……。じゃなくて。


「あの、これって……」

「朝ご飯、です。食べたら出発、ですよ」

「仮眠は……」

「今は朝の七時、です。ぐっすり、でした」

「…………」


 これは、私も怒っていいと思う。


「どうして起こしてくれなかったんですか? そんなに、私は頼りない、ですか?」

「はい」


 即答だった。


「七層程度の魔物に……手こずっている、あなたに……。見張りは、頼れません」


 正論だった。何も言い返せなかった。自分が、情けない。

 私が何も言えずに黙っていたら、魔女様の口元がわずかに笑った、ような気がした。


「あなたは……まだ守られる立場、です。今はまだ……気にせず守られてほしい、です」

「はい……。分かりました……」


 せめて。せめて次があれば、もし次があるのなら、その時はこの人に頼ってもらいたい。そう、強く思った。


「まあ、わたしは寝る必要がない、というのが一番の理由、ですが」


 魔女様が何か言っていたけど、この時の私は聞き取ることができなかった。




 五層をゆっくり進んでいく。この層になると六層ほど危険な魔物もいなくなるからということで、私も少し戦わせてもらうようになった。魔女様が言うには、今後の経験になるから、だって。

 五層で出てくるのは、子鬼の姿をしたゴブリンと、二足歩行の犬の化け物のようなコボルト、その混成パーティだ。当然のように弓も魔法も使ってきて、危険度は二層の比じゃない。

 そんな魔物に私が何をするかというと、棍棒を持ったコボルトとちょっと戦う程度。他の魔物は魔女様が一瞬で消し飛ばしてる。ちょっと魔物がかわいそうだと思った私は悪くないと思う。

 私はヒーラーだ。本来なら直接戦闘なんてする機会はないけど、自衛用に持ってるナイフで戦わせてもらった。もちろん勝てるわけがないけど、危なくなったら魔女様が処理してくれてる。なんだろう、パワーレベリングされてる気分だ。


「いずれ……コボルトと戦う時に……みんなに、対応方法、教える、ですよ」

「はい!」


 いつになるかは分からないけど、その時はこの経験を教えてあげたいと思う。

 そうして、五層を抜けて四層に上がったところで。

 それは、聞こえた。

 剣戟の音。誰かの罵声。激しい、戦闘の音。


「誰かが、潜っているんでしょうか?」

「見てみる、です?」

「え」


 魔女様が杖を掲げる。すると半透明の窓のようなものが空中に現れた。小さなテレビのようなそれには、このダンジョンの別の場所が映されてる。


「な、なんですか、この魔法……!?」

「ないしょ、です。人に言ったら、だめ、ですよ?」

「わ、分かりました……!」


 言えない。言えるわけがない。誰も信じてくれないと思うし。そしてそれ以上に、魔女様が私を信用してくれた。絶対に誰にも言わない。

 空中の映像を見る。そこに映ったのは、私がよく知る人たちで。

 私の、パーティメンバーだった。


「え……」


 みんなが戦ってるのは、コボルトの集団。四層で出てくる魔物たち。二層までしか潜れないはずなのに、みんなは何故かこの四層で戦ってる。

 リーダーが、叫んだ。


『どけ! 姫花を助けに行くんだ! どけえ!』


「あ……」


 私は、仲間として受け入れてもらえてはいたけど、決して仲が良いというわけじゃなかった。だからさすがに、直接助けになんて来るはずがないと思っていた。見捨てられてもおかしくない、とすら思っていた。

 なのに。みんなは、私を探して、潜っちゃいけない階層まで来てくれてる。もちろん褒められたことじゃない。犠牲者を増やすだけの愚行だ。でも、私は、それがとても嬉しい。

 でも彼らにヒーラーはいない。このままだと、すぐに全滅する。

 そう思った瞬間、私は走り出していた。魔女様に何かを言うことも忘れて、ダンジョンを走っていく。どこにいるかなんて分からないけど、でも不思議と、この道だと感覚で分かった。

 そうして。今まさに魔法使いの頭へと棍棒を振り下ろそうとしてるコボルトを、思いっきり蹴飛ばしてやった。


「え……。姫花……!?」

「うん……! ごめん、遅くなって!」


 みんなに回復魔法をかけてあげる。みんなは、唖然とした様子で私を見つめていた。


「生きてた……よかった……!」


 魔法使いの子が、顔をくしゃりと歪めて泣き始めた。


「え、あ、の……」

「どうして、連絡くれなかったのよお……!」

「穴に落ちた衝撃で、スマホが壊れて……」

「あー……。なるほど……」


 リーダーが納得したように頷いた。そのリーダーの側には、浮かぶドローンと、それにつり下げられているスピーカーとモニター。

 これは、もしかして……。


「配信してるの……?」

「ああ……。あ、違うぞ!? こうして俺らが入っちゃいけない四層に来てるって先輩たちが知ったら、助けに来てくれるって思ったんだ!」


 リーダーが言うには、あの後すぐに助けを求めてくれたらしい。でもみんな、大穴に落ちたのなら生存の可能性は低いと、そのために危険はおかせられないと、救助は出なかったんだって。

 それに納得しなかったリーダーは、こうして自分たちで助けに来てくれた。もちろん私の元までたどり着けるとは思ってなくて。こうして学生の自分たちが深く潜っていたら、高ランクの冒険者が来てくれるだろうと思ってのことだった、みたい。

 なんというか……。みんな、本当に無茶をする。死んでもおかしくないことなのに、そんなことをしてくれるなんて……。私は、ちゃんとみんなに受け入れてもらえていたんだ。


『お話し中悪いけど』

『コボルト集まって来てるぞはよ逃げろ!』


 ドローンのスピーカーから声が聞こえてくる。この配信を見てる人たちのコメントを、スピーカーが抽出して音にしてくれるシステムだ。

 周りを見てみると、確かにコボルトたちが集まってきていた。通路は……もう塞がれてる。どうにか、帰り道への道を作らないと。もしくは……。


「や、やばい……! 完全に囲まれてる……!」

「そ、そんな!?」

「せっかく姫花を見つけられたのに……!」


『これあかんやつや』

『救助はまだなのかよ!?』

『今ようやくダンジョンに入るところ!』

『絶対に間に合わねーじゃねーか!』


 普通の救助は、望めない。そっちは、期待できない。

 でも。きっと。あの人なら。


「まったく……。無茶はしないでほしい、です」


 そんな、どこか呆れたような声が聞こえてきた直後、全てのコボルトに雷が落ちた。

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