夕食と仮眠


 魔女様と共に歩き続け、魔女様による魔物の殲滅を見守って。お腹が空腹を訴えてきた頃、私たちは上り階段にたどり着いた。


「わあ……」


 まさか本当に五層まで来れるとは思わなかった。これなら明日には脱出できるかも。

 半日前はもう死ぬしかないと思っていたのに、なんだかあっという間に状況が変わってしまった。自分でも信じられない。


「姫花」


 ぼんやりとしていたら、魔女様に名前を呼ばれた。


「あ、はい!」

「今日はここで……泊まる、です。寝袋は……ない、ですね」

「はい……。その、すみません……」

「いえ……。構いません。深く潜るつもりがないのなら……持っている方が、おかしい、です」


 魔女様はそう言うと、巾着袋のようなものを取り出した。茶色の、ちょっと薄汚れた巾着袋。見た目はともかく、あれが何なのかは察しがついた。

 アイテム袋。見た目よりもずっとたくさんの物が中に入る魔法の袋だ。ダンジョンの六層から下、中層と呼ばれるフロア以降でたまに手に入るもので、とても高値で取り引きされている、らしい。

 冒険者にとって憧れの品で、あれを手に入れられて一人前、なんて言う人もいるぐらい。

 もっとも、中層程度で手に入るアイテム袋は、軽トラックに載せられる程度のものしか入らない。もちろんそれでもすごいけど、さらに下、下層以降で手に入るものは大型トラックぐらいのものが入るらしい。

 魔女様のアイテム袋。どれだけ入るアイテム袋なんだろう。


「これに興味がある、です?」


 私の視線に気付いたのか、魔女様がそう聞いてきた。


「ご、ごめんなさい……! ちょっとだけ気になっただけです……!」

「構わない、ですよ? このアイテム袋は、そうですね……。これより入るものはない、と断言できるぐらいは、入ります」

「え……」


 今現在、公表されてる最大容量のアイテム袋は、アメリカが保有してるもので大型トラック十台分とまで言われてる。確か、そのアイテム袋が見つかったのは、十八層、深層と呼ばれるフロアから、だったはず。

 かなり有名な話だから魔女様も知ってるはず。それよりも多いとなると……魔女様は、どこで手に入れたのか、どこまで強いのか。想像もできない。

 呆然としている私の前で、魔女様はアイテム袋から寝袋を取り出した。にゅるんと。次に、レトルトのカレーとパックご飯。さらにたき火セットやお鍋。

 お鍋に魔法で水を入れて、たき火で沸騰させて。そしてカレーとご飯を温めて、私に渡してくれた。もちろん使い捨てのスプーンと一緒に。


「食事にする、です。どうぞ」

「い、いいんですか……?」

「もちろん、です。市販のカレー、ですが……」


 私は助けてもらう立場だ。当然だけど贅沢なんて言えるはずがないし、そもそもとしてダンジョンでカレーライスを食べられるなんて思ってもみなかった。

 冒険者がダンジョンに泊まる時に食べるのは、携行性と栄養のみを追求した専用の携行食糧。私も食べてみたことはあるけど、粘土みたいな食感でとても不味かった。


「携行食糧が良かった、です?」

「カレーがいいです」

「そう、ですか」


 むしろカレーを渡されてから携行食糧に取り替えられてしまったら、さすがにちょっと落ち込むかもしれない。助けてもらう立場で贅沢言えないとは分かっていても、それぐらい不味いんだ、あれは。

 カレーを一口食べる。食べ慣れた、レトルトカレーの味。言い方は悪いけど、十食いくらで売ってるような安物だと思う。

 でも。そんなカレーが、今はとても美味しい。

 こうしてゆっくりご飯を食べていたら、ああ、とりあえずは本当に助かったんだって実感できて……。


「ひっく……。ぐす……」

「ど、どうしたですか……!?」

「いえ……。安心、してしまって……。ご、ごめんなさい……」

「ああ、いえ……。大丈夫、です。わたしの側は、安全、です。ゆっくり食べる、ですよ」

「はい……!」


 魔女様は、自身もカレーライスを食べながら、泣きながら食べる私を静かに見守っていた。正直言うと、ちょっと恥ずかしかったのは内緒だ。




 ご飯の後は、やることもないので就寝。魔女様はスマホを持っていないけど、時間は分かるらしい。それも魔法みたいなものなんだとか。

 ベテランの魔法使いになると、本当にいろんな魔法が使えるみたい。尊敬する。


「疲れているでしょうし……姫花が先に寝て、ください。わたしは、あとでいい、です」

「で、でも……」

「夜通し見張る、はなし、ですよ? 助けに来たのに……倒れられたら、困る、です」

「う……はい……」


 魔女様がゆっくり休めるように徹夜しようと思っていたけど……。魔女様は何でもお見通しだ。こう言われてしまうと、私も何も言えなくなる。

 確かにもしも途中で倒れてしまったら、そっちの方が迷惑をかけてしまうから。


「寝る時間、ですが……。今は、夜の七時、です。午前一時に起こすので……そこで交代、してください」

「分かりました。任せてください」

「はい……。ちなみに、ここで警戒するものは、分かります、か?」

「人間、です」


 階段の前後は安全地帯だから、魔物は入ってこない。それでも見張りをする理由は、他の冒険者を警戒してのこと。

 冒険者はみんないい人というわけじゃない。むしろ、何かしら後ろ暗いことをやってきた人も多いぐらい。そういった冒険者は、他の冒険者を襲って金品を奪う場合がある。

 ここで誰かを殺しても、魔物のせいにできてしまうから。


「分かっているなら、大丈夫、です。では、休んで、ください」

「はい……。分かりました」


 私は頷いて、魔女様が用意してくれた寝袋に入らせてもらう。でも、正直あまり眠くない。きっとなかなか眠れないだろう。

 そう思っていたけど。寝袋に入った瞬間、私はあっという間に眠ってしまった。

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