超古代出身最強魔女のダンジョンブレイカー!

龍翠

富士山の黒い球


 リュックサックを背負って、歩き続けて。私はようやくそこにたどり着いた。


「ついた……!」


 たどり着いた場所。富士山の山頂。そこにあるのは、巨大な、ちょっとした豪邸ほどの大きさがある真っ黒な球体。今となっては観光名所となってしまったそれを、私は調べに来た。




 私、冬里凪沙は、いわゆる事務職員だ。ただし、ただの事務職員じゃない。国が運営するギルドという組織の職員だ。

 今回はその勤め先からの指令で、この黒い球体を調べに来た。調べに来た、というよりも何も異常がないかを確認しに来た、という方が正しいけど。

 この黒い球体は十年前に突如として、富士山から吐き出されたものだった。

 十年前。それは、地球での一大事。日本中、どころか世界中にダンジョンが出現した。その際に世界中で地震が起こったほどだ。

 そのダンジョン出現の時、今では世界異変と呼ばれているその時に、富士山が噴火した。いや、噴火したと思われた。富士山の山頂が轟音と共に爆発、けれど噴煙やマグマなどは出ずに、この黒い球体だけが吐き出され、山頂にそのまま落ちてきた。


 この黒い球体については何も分かっていない。同時に出現したダンジョンとの関連性があるだろうとは言われているけど、それすらも憶測だ。何をしても削ることができず、さらにどうやっても動かすこともできず、何もできないまま静観することになってしまったから。

 一年ほどはどうにかしようとしていたみたいだけど、今となっては月に一回、異変がないかギルドの職員が確認するだけになっている。一応、自衛隊の人たちが交代で見張りはしてくれているけどね。


 そして今回は私の番、というわけだ。まさか新人一年目、どころか二ヶ月目にしてこんな仕事が回されるとは思わなかったけど。

 先輩曰く、今は新人から選ばれるのだとか。恒例行事、なんだって。新人に任せるなよと言いたいけど、そもそも誰が行っても何も分からないから、どうせならダンジョンの不思議の一端を味わってこいと新人が選ばれるようになったのだとか。ありがた迷惑だ。

 ともかく。私の仕事はこれを調べること。いくつかチェック項目があるから、それに従うだけ。


「お、今月のお役目は姉ちゃんかい?」

「どうせ新人さんだろ? がんばれよ」

「あはは。ありがとうございます」


 周りの人に声をかけられて、私は苦笑いで返事をする。

 この黒い球体。今となっては立派な観光名所だ。なんというか、慣れって怖い。ダンジョンにすら慣れてるほどだし。

 まずは触ってみる。ほんのり温かかったらおっけー。アバウトすぎる。

 ぺたりと触ってみると、本当にほんのりと温かい。ただの石なら冷たいはずなのに、十年以上も温もりを保っているのはやっぱりまともじゃないと思う。


 次に耳を当てる。波の音が聞こえたら大丈夫。波の音って。

 どれどれ……。うわ、本当に波の音が聞こえてくる。ざざーん、みたいな。やっぱり普通の石じゃないのは明白だ。そんなことは最初から分かってることだけど。

 最後に、臭いだけど……。無臭。よし。

 まあつまり、五感で調べろ、ということ。触覚、聴覚、嗅覚。あとは視覚と味覚だけど……。見た目は真っ黒、ただそれだけ。舐めるのはさすがに危険すぎるからだめ、と。


「異常なし!」

「お、今回も早いね」

「それだけのために富士山を登頂って大変だなあ」

「あははー」


 周りの声にまた苦笑い。実際のところ、私たちギルド職員は特殊な資格を持ってるから、富士山の登頂ぐらいなら特に苦労はしなかったりする。

 それじゃあ、もう帰って……。


 ――…………。


 今、何か、聞こえたような気がした。


「何か言いました?」

「え?」

「何が?」


 観光客の皆さんに聞いてみる。みんなが首を傾げてる。自衛隊の人を見てみる。こちらも首を振ってる。

 なんだろう。ちょっと怖くなってきた。

 そうして、ふと黒い球体を触ってしまって。

 突然、周囲が光に包まれた。


「な、なに!?」

「うわあ!?」

「目が、目がああ!」


 そうして。十秒ほども光り続けて。


「え……」


 私が調べていたもの。観光名所になっていたもの。黒い球体。それが、いつの間にか消えてしまっていた。後に残されているのは、黒い球体が落下した跡、丸いくぼみだけ。


「えっと……」


 周囲を見る。みんな、みんな、私を見てる。私は何もやっていないのに。


「なんで……?」


 しんと静まり返った静寂の中、私のか細い声だけが少し大きく聞こえてしまった。




 黒い球体の消失の後。私は簡単な取り調べを受けて、わりとあっさり解放された。あっさり解放とはいっても、一週間ほど時間を取られたけど。

 私がギルドから選ばれて派遣されてきていることはその場にいた自衛隊も知っていたし、その自衛隊の、さらには観光客の目の前で作業していたから、取り調べは本当に簡単なものだった。

 もちろん所持品検査とかも受けたけど……。一番のメインは、身体検査。

 これは、それはもうかなり徹底的に調べられた。胃カメラなんて初めてやったよ……。鎮静剤もやってくれたから、あまり苦しくはなかったけど。


 そうして、しっかりと検査をして、結果も特に異常がないことを確認してから、解放してもらえた。ここまで全て仕事扱いにしてもらえたから、私としては文句なんてない。

 検査をしてから結果が出るまで、ほとんど休み状態だったし。有給を使った気分。ちなみに有給の日数が減らされることもないらしいから安心だ。

 そうして、予想外の事態が起きて色々あったものの、私は無事に東京の自宅に帰ってこれた。

 小さなワンルームマンション。キッチンを兼ねた短い廊下の奥に一部屋あるだけのシンプルな家。それが、私の自宅。小さいけどセキュリティばばっちりだし、ギルドにも近い、とても便利な家だ。


「ただいまー」


 そう言いながらドアを開ける。一人暮らしだからもちろん返事はない。

 そうして、靴を脱いで、顔を上げたところで。

 青い瞳と目が合った。

 人がいた。男じゃない。女。それも小さな女の子。真っ黒なローブに身を包んだ女の子で、少し青みがかった長い銀髪。手には、大人の身の丈ほどもある大きな杖。

 そんな女の子が、私を見つめていた。


「あなた……だれ……?」


 問いかける。返事はない。無言で、私をじっと見つめてる。


「どうやって入ったの?」


 やっぱり無言。じっと、じっと、見つめてくる。

 これは、警察に連絡……。いや、でも、日本人じゃない、というより人間? ダンジョンから出てきた魔物が化けているとか……。いやでも、昔ならともかく、現代日本でダンジョンから魔物が出てくることなんて……。

 そこまで考えたところで、小さな音が聞こえてきた。

 きゅるるるるぅ、という気の抜けるような音。女の子の方から。

 女の子は目をぱちくりと瞬かせて、お腹を押さえた。ふむ。なるほど。


「とりあえずご飯にしよっか」


 人か魔物かすら分からないけど、こんな小さな女の子がお腹を空かせているのに、無視することなんて私にはできない。お腹が減ってるなら、とりあえず何か食べさせてあげよう。

 私が好きなアニメ映画でも言ってたから。一番いけないのは、お腹が空いていること。だからまずは、ご飯だ。

 鞄を置いて、冷蔵庫を開ける。ギルドの仕事は忙しくて、料理なんて長いことしていない。だから私の冷蔵庫、というより冷凍庫にあるのは、フタを開けて温めるだけのお弁当ばかり。

 でも……。正直こういうのは、好みがあると思う。幼い子供なら……。うん、やっぱりカレーライスだよね。

 キッチンの上の棚からレトルトのご飯とカレーを取り出す。カレーもレンジで温められる包装だ。とりあえずご飯をレンジに入れて、あたため開始。


 その間に部屋に入る。女の子の横を通ることになるから少し緊張したけど、幸いと言うべきか、女の子は特に何もしなかった。

 むしろ私の後ろをちょこちょこついてくる。なにこれかわいい。

 電気のスイッチをつける。ぱっと明かりがついて、女の子が眩しそうに目を細めた。

 私の部屋は、中央に小さいテーブル、壁側にテレビと、反対側にソファを置いてる。ソファの奥にベッドを置いて、ベッドの反対側の壁には棚を二つほど。

 テーブルの上のノートパソコンをベッドの上に移動させて、座布団をベッドの下から引っ張り出した。使う予定のないお客様用だったけど、まさか使う日がくるなんて。

 座布団をテーブルの側に置く。テーブルを挟んで二つ。私と、女の子用。


「ほら、ここ座って」


 私が座布団を叩いて言う。けれど女の子は何も言わない。私の後ろで、じっと私を見てる。これ、もしかしなくても、言葉が通じてないよね。


「こう」


 私がまず座布団に座って、次に女の子を指差す。そして反対側の座布団を指差せば、意味が分かったみたいで座布団に座ってくれた。


「よし」


 コミュニケーションは取れる。それなら、なんとでもなる。

 次にテレビをつける。無音だと寂しいからね。適当にニュース番組でも流しておこう。

 そうしてから、カレーの温めに戻る。女の子はテレビに釘付けになっていた。興味深そうに、じっと見てる。なんだかちょっとかわいいかも。

 そうして、お皿にご飯とカレーを入れて、スプーンと一緒に持っていってあげた。


「はい」


 女の子の目の前に置いてあげる。首を傾げてる。


「こう」


 今回も私が最初に手本になるように食べてみせると、女の子も真似をして食べてくれた。

 最初に一口。もぐもぐと食べて、一瞬固まって。なんだか、心なしか驚いているような……。そして、勢いよく食べ始めた。


「美味しい?」


 聞いてみるけど、返事はない。その視線は、ニュース番組に向けられてる。お行儀はよくないけど、今は何も言わないでおこう。しっかり食べてくれてるし。

 そうして、もくもくとカレーを食べて、食べ続けて。そうして、食べ終わったところで。


「理解、です」


 女の子が突然口を開いた。

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