黒い少女
「え」
「覚えた、です。言葉……通じる、です?」
「う、うん……。通じるよ……?」
いや、待って。待ってほしい。今この子、なんて言った? 覚えた? 何を? 日本語を? あの短い時間の、ニュース番組で? 嘘でしょ?
「新しい言語……探すのが難しい、です。これで安心、です」
だめだ、意味が分からない。新しい言語っていうのは日本語を指しているんだとは思うけど、探すって、どこから何を探したのか。
分からないことだらけだ。
よし……。落ち着け私。ひとまず言葉が通じてる、ならば、こみゅにけーしょん!
「えっと……。じゃあ、うん。自己紹介、するね」
「はい、です」
「私は、冬里凪沙。十七歳で、ギルド職員一年目」
「冬里凪沙。長い、ですね?」
「ああ、うん。冬里は名字。ファミリーネーム。分かる?」
「…………。調べた、です。なるほど、いい文化、です」
いやだからどこで何を調べたの? 分からないことが増えていく……!
「それで、あなたは? お名前は? どうしてここにいるの?」
「名前は、ない、です。ここにいるのは……。凪沙が、わたしを解放したから、です」
「はい……?」
何を言ってるんだろうこの子。名前がないのもよく分からないし、解放したというのも……。
いや待って。
「黒い玉、とか……」
「わたしが封印されていたもの、です。わたしと波長の合う人……見つけると、解放、です」
「はあ……。それが、私と」
こくん、と女の子が頷いた。
急に消えて、何も起きてなくて、正直わりと安心してたんだけど……。まさか、こんな子が封印されていて、それが開放されたなんて。分かるわけがない。
「その……。ここには、どうやって?」
「凪紗との……縁を、たどった、です。ここが一番濃かった、です」
「はあ……。じゃあ、どうしてここに?」
「恩返し、です?」
「いや聞かれても困るんだけど」
えっと……。つまり、封印から開放してくれたから、そのお礼に来たとか……。そういう意味だよね。多分。なんだろう、鶴の恩返しをちょっと思い出しちゃった。
でも。お礼とかそんなことよりも、聞きたいことがある。
封印。封印だ。この子が何者か分からないけど、封印されていたということは、誰かにそれをされたということ。この子の善悪も分からないし、敵とかがいたのかも分からない。
ただ、封印されていたというのは、無視できない、と思う。ギルドで働いているからって、怖いことに進んで巻き込まれたいわけじゃないんだ。
「あの……。聞きたいことがあるんだけど……」
「どうぞ、です」
「封印とかは……どうして? というより、君は何者というか……。えっと……」
「ん……。つまり……わたしのこと、知りたい、です?」
「そう!」
なんとなく。いやもうここまできたら当然として、ただの人間とは思っていない。少し緊張しながら返答を待って……。
「あなたたちの……ことば、なら。精霊、とか、神様、とか。そういうもの、です」
なんか予想以上の言葉が飛び出してきた。
精霊。いや、うん。これもちょっとやばそうだけど……。神様。かつての経験から、ろくでもなくて怖いものだと思えてしまう。
そうして、女の子は拙い言葉で説明してくれた。
女の子は、やっぱり予想通り人間じゃないらしい。元々は肉体のない精神体みたいな、そういう存在だったのだとか。
この子にはパートナーみたいな子もいたらしくて、二人でこの星を管理みたいなことをしていたらしい。物心ついた時からやっていたみたいで、生みの親みたいなものはよく分からないのだとか。
そのパートナーと今後について意見が食い違って、大げんかして……。結果、この子が負けて封印されてしまったのだとか。
なんというか……。やることが派手というか……。話し合いで解決せずに相手を封印って、かなりひどいと思う。相手はかなりクソみたいなやつ……。
「わたしが勝ったら……おなじことをする、です」
「あ、はい」
この子たちの価値観がそういうものらしい。なにそれ怖い。
「ちなみに、今のその体は……? もしかして、誰かの体を乗っ取った、とか?」
「凪沙は……わたしをなんだと、思ってる、です?」
なんだと言われても……。正直今のところ、化け物、と本気で思ってる。精神体とかそういうのなら、体を乗っ取るぐらいはできそうだから。
「この体は……作った、です。凪沙の好み、のはず、です」
「え」
「ベッドの下の……」
「ちょおおっとやめようか!?」
いや、うん。確かにすごくかわいいと思うけど! 私の趣味ど真ん中だけど! それは二次元だからいいのであって三次元に求めるものではなくてですね!?
そういうのを頑張って説明したら、女の子は納得したように頷いてくれた。
「分かり、ました。では、別の体に……」
「あ、そのままでいいよ。うん。かわいい」
「…………」
あ、なんだかすごく胡乱げな目で見られてる。いや、好みなのは確かだから、その……。うん。触れないでください。
「疑問は解決、です?」
「うん。まあ、そうだね。ひとまずは」
「では……恩返し、です。何かしてほしいこと……ある、ですか?」
してほしいこと……。そんなことを聞かれても、すぐには思い浮かばない。今の生活で満足してるし、この子を解放したのも本当にただの偶然だし……。
そこまで考えて、ふと思った。この子は、その後はどうするのかな。
「質問追加、いい?」
「もちろん、です」
「君は、この後はどうするの? 私の望みを叶えて、その後は?」
「…………」
女の子は少し考えるように視線を上向かせて、目を閉じて。そして、答えた。
「特に、何も」
「え?」
「適当に……過ごす、です。またケンカ、したくない、ので……。見つからないように……隠れ過ごす、です」
ケンカ。見つからないように。多分、例のパートナーに、だよね。そんな生活は……とても、寂しくて辛いと思う。
一人は、寂しい。私はそれを、よく知ってる。
「分かった。じゃあ、私の望み、だけど」
「はい」
「一緒に住もう」
「はい。…………。え?」
そういうことになった。いや、そういうことにした。
私も一人暮らしだ。実家なんていうものはない。十年前、ダンジョン出現時の混乱で、家族は失ったから。
私みたいな人は珍しくない。私ぐらいの年頃だと、結構いたりする。何の慰めにもならないけど。
だから。ただいま、と言って、おかえり、と言ってもらえる生活に、ちょっと憧れを抱いてる。
「だめかな?」
女の子は目をぱちぱちと瞬かせて、そうして微かに、本当に薄く、小さく微笑んだ……ような気がした。
「わたしで……よければ、いい、です」
そうして、私に家族が増えた。
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