深層ピクニック


 約束の日。私とリンネちゃん、そしてユアちゃんは私の部屋に集まっていた。最初はダンジョンの前で集合とか思っていたけど、それは目立ちすぎるというユアちゃんの助言でこの部屋になった。

 さすがだよユアちゃん。間違い無くとんでもないことになってたと思うから。

 向かう前に、荷物の確認だ。みんなで荷物を広げて……。


「ねえ、言っていい?」


 私とリンネちゃんの荷物を見たユアちゃんが口を開いた。


「うん。なに?」

「ピクニックでも行くつもり?」


 どうしよう。否定したいけど、否定できない荷物だ。

 私の荷物は、お弁当。お菓子。それに飲料。以上。

 いや待って。ちょっと待ってほしい。分かるよ? 女神に会う、もしかすると戦闘になる、そう考えたら、もっとポーションとか大量に持ち込むべきだと思う。それは分かるんだよ。

 でも! リンネちゃんが! お弁当とお菓子とジュースがたくさん欲しいって言ってきたから!


「リンネ?」

「…………」


 リンネちゃんがさっと目を逸らした。全部事実だからね!

 そんなユアちゃんの荷物は、さすが冒険者といったもの。体力や魔力、それに傷を癒やす各種ポーションにロープなどの移動のための道具、それに折りたたみのテントや寝袋。これぞ冒険者といった道具たち。さすが現役だ。


「ユアちゃんすごいね……」

「現役だからね。それで、リンネの荷物は?」

「ん……。亜空間に……いっぱい、です……」

「あー……」


 リンネちゃんがローブの中で背負ってるリュックは、亜空間に繋がってる。アイテム袋みたいなものだけど、規模としては当然のように規格外。入る限界はリンネちゃんですら分からないらしい。

 私のテントや寝袋も全部預かってくれてる。私の荷物は、リンネちゃんが食べたい時にすぐに取り出せるように、ということだよ。効率的でしょ?


「そうね……」


 あ、なんかユアちゃんに理解を諦められてしまった。


「それじゃあ、向かいましょう。で、リンネ。入口からまっすぐ行くの?」

「いいえ……。ここから、直接……転移する、です」

「…………。知ってた」


 実際、リンネちゃんはいつもそうやってダンジョンに入ってるからね。今回もいつも通りということだ。ちなみにもちろん一層目から潜っていくわけじゃなくて、深層のどこかに行くらしい。


「リンネのことだから最深層に直接と思ったわ……」

「食材が……欲しい、ですよ」

「食材目当てで深層に向かう冒険者なんてあたしたちが初めてね」


 私もそう思う。通り道とか、ドラゴンの素材目当てとか、そういうものじゃなくて、あくまで食材が欲しいから。いや、お肉も素材と言えば素材なんだけどさ。


「道中の……安全は、保証……する、です。安心、安全、です」

「心の安寧はどうすればいいの?」

「知るか、ですよ」

「リンネちゃんどこでそんな言葉覚えちゃったのかなあ!?」


 この口か! この口なのか! リンネちゃんのほっぺたをつかんでむにむにむにむに。なんて柔らかいほっぺたなんだ。くせになりそう。


「うあー……。やめる、ですよー……」


 やめてと言われてやめるわけがなかろうなのだー! うりうりー!


「こんな魔女の姿を見たら、世の中の人はどう思うかしらね……」


 そんなことは! 知らない!




 リンネちゃんのほっぺたを満足いくまでいじってから、改めて出発だ。リンネちゃんの転移で移動した先は、第十六層。つまりは深層一層目。夜の草原だ。


「肉は……小型の、ドラゴンが……一番、です」


 そうだね。なにせいろんなお肉を食べたからね……。

 ダンジョンに度々潜っていたリンネちゃんは、よく私にお土産をくれた。基本的には、お肉。ダンジョンで出てくる魔物のお肉は全種類食べたかもしれない。

 その中でのお気に入りが、このフロアで出てくる小型のドラゴンというわけだ。


 ほどよく柔らかく、お肉の味もしっかりと感じられる不思議なお肉。そのお肉の味も他の食材を打ち消すほどじゃないから、料理にもちゃんと使える。

 いつかのドラゴンの肉は肉としての味が濃すぎてステーキ以外の選択肢がほとんどなかったけど、小型のドラゴンの肉はいろんな料理に使える。そう考えるとお肉としては最高峰かも。

 というわけで。ドラゴンのお肉を求めて、ダンジョンを彷徨います。小型のドラゴンはどこかなー?


「ねえ、凪沙」


 リンネちゃんを先頭にしてのんびり歩いていると、一番後ろを歩いていたユアが声をかけてきた。


「なに?」

「どうしてあたしは呼ばれたの?」


 ああ、うん。それは不思議だと思う。正直、今回のことは完全に私の問題だから。ユアちゃんにとっては、どうして自分を呼んだのか分からないと思う。

 でも安心してほしい。


「私も分からない!」

「ええ……」


 いやだって、リンネちゃんが、ユアも呼ぼうって言ってたからね。だからユアちゃんを呼んだ。本当にそれだけだ。

 もしかすると。いや本当に。リンネちゃんにとっては、今日のこれはピクニックのようなものなのかもしれない。


「ピクニックだから、お友達のユアちゃんも呼んだ……とか?」

「ピクニックって……。いや、まあ、いいけど……」


 あれ、それで納得するんだ。そう思って振り返ってみてみたら、ユアちゃんがちょっと笑顔になっていた。どことなく、嬉しそうに。

 ふむ。なるほど。


「ユアちゃんもかわいいところがあるね。照れててかわいい」

「燃やしていい?」

「やめてください死んでしまいます」


 ユアちゃんの魔法は冗談抜きで一般人は死ぬレベルだからね。そして私はどちらかというと一般人枠だ。やめてほしい。

 冗談だから、とユアちゃんが肩をすくめる。本当かな……?

 そう思っていたところで。小型のドラゴンが、落ちてきた。


「お肉、げっと、です」


 うん。さすがに、そのね……。視界に入ってすらいないドラゴンを仕留めるとは思わなかったかな……!

 私はユアちゃんと目を合わし、お互いに何とも言えない笑顔になってしまった。

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