ギルド公式配信


 ギルドマスターに報告して、一週間後。私はダンジョンの一層目にいた。何もない突き当たりの部屋だから誰も来ないようにはなってるけど、一応は他の冒険者が道を塞いでくれてる。

 その冒険者たちはここで何が行われるかは知らないみたいだけど。道を塞ぐ、という依頼がギルドから出ただけだったから。ここに入ってこないかは少し心配だけど、彼らはリンネちゃんに助けられたことがある冒険者だ。もしもの時でも、きっと黙っておいてくれるはず。

 さて。それじゃあ、時間だ。


「ドローンをセットして……こう、かな……?」


 先輩に教わった通りにドローンを操作すると、ふわりと浮かび上がった。ドローンってすごいよね。

 あとは、こうしてスマホを操作すると……。

 ドローンに接続されているディスプレイにコメントが流れ始めた。設定通り、いくつかピックアップして音声にもしてくれてる。これで大丈夫、かな?


『珍しいギルドの公式配信と聞いて』

『公式配信ってことは、何かしらの情報を公開してくれるってことかな?』

『お、なんかかわいい子が出てる』

『魔女の情報が欲しいです』


 ちゃんと魔女の情報だよ。大人しく待っていてほしい。

 それじゃあ、こほん、と……。咳払い。


「皆様、初めまして。ギルド職員の凪沙です。東京ダンジョンに潜る冒険者の方なら、お会いしたことがある人もいるかもしれません」


『東京ダンジョンのギルド職員ってことか』

『東京ダンジョンは行かないから知らないかな』

『俺知ってる、今年入った新人職員だ』

『新人職員に配信なんてやらせんなよw』


 それは私もそう思う。緊張がね……。今回のことは私でないとだめだから仕方ないんだけど。


「今回は、紹介したい子がいるので、この場をお借りすることになりました」


『ほう』

『まさか……』

『彼氏ですか!?』


「いやそんな人はいないし、いたとしてもこんな場でやらないよ!?」


『ですよねーw』

『つまり彼氏はいないと……。なるほど』

『何がなるほどなんですかねえ』


 みんなこんな人を相手に配信してるの? 配信者の人すごすぎない? 私は心が折れそうです。


「えー……。こほん。では、改めて。どうぞ」


 私がそう言うと、私の隣にリンネちゃんが転移してきた。もちろんフードを目深に被った魔女スタイルだ。公表するとしても、やっぱり顔は出したくないとのことだった。


「ん……。どうも、です」


 リンネちゃんが挨拶すると、コメントが大量に流れ始めた。


『魔女ちゃんだー!』

『マジかよ、接触に成功したのか!?』

『かわいい!』


 おお……。さすが、魔女のネームバリュー。すごい反応だ。視聴者数も爆発的に増え始めてる。これ、もし投げ銭とかその辺りのシステムができたら、すごく儲かったのでは? いやさすがにやらないけど。


「魔女とはつい先日、接触に成功しました。お恥ずかしながら、ちょっと調査に入った時に、助けてもらって……」


 一応、そういうことにしておいた。さすがに封印がどうとかは言うつもりはない。言ったところで理解してもらえないと思うから。


「えー……。では、質疑応答でも……」


 正直、私だとどこまで言っていいのか分からなくなる。なのでリンネちゃんに判断してもらうことにした。私は適当にコメントから質問を抜き出して、代わりに聞くだけ。リンネちゃんは答えたくないことは黙秘する。そんな流れ。

 さてと……それじゃ。


「どうして人助けをしているんですか」


 一番多い質問を読み上げると、リンネちゃんはすぐに答えた。


「特に理由はない、です。ただ……放っておけないから、です」


『ええ子や』

『誰だよ裏で人を襲ってるなんて説出したの』

『ギルドですが』

『ギルド職員さーん!?』


「え。あ、いや、違いますよ!? 少なくとも私じゃないです!」


 いや言い訳にしかならないけど! ギルドが出してた説の一つだから!

 それじゃあ、二つ目は……。


「魔女は人間ですか?」


 これもわりと多い質問。まあ明らかに人外ムーブしてるからね……。いろんなダンジョンに転移で行ってる上に、当たり前だけど監視員さんに会うこともないから。


「人間……じゃない、です。詳しくは……内緒、です」


『やっぱり人外かよ!』

『内緒って逆に気になるんですが?』

『やっぱり魔物?』


「魔物では……ない、です」


 もしリンネちゃんが魔物だったら、もう人類は滅びてると思う。わりと真面目に。

 そんな感じで質問は続いていく。もちろんいくつか答えられない質問があったけど、特に責められることもなかった。いや、文句を言ってるコメントもあったけど。少しだね。

 そうして、時間的にも最後の質問。私が選んだのは……質問じゃないけど、これだった。


「お父さんを助けてくれて、ありがとうございました……。だって」


 そう言うと、リンネちゃんは驚いたみたいだった。視線を彷徨わせているのか、顔の向きがあちこちに。そうして、両手でフードをぎゅっと引き下げて、言った。


「どう……いたしまして、です……」


 うん。なんだこの子。


「かわいい」

『かわいい』

『かわいい』


 みんなの心が一つになったような気がしました。


『てれてれやな!』

『もしかしてストレートなお礼に弱かったりする?』

『いやでも、ダンジョン内でもお礼を言う冒険者はいただろ』


 ストレート、というより、不意打ちのお礼に恥ずかしがると思う。リンネちゃんは実はとってもかわいいのだ。

 リンネちゃんは首を振ると、言った。


「ここまで……です。帰る、ですよ」


 そして、ドローンへと向き直って。


「わたしは……助けられるなら、助ける、ですが……。分身までは、できない、です。なので……。自分の身は、自分で守る、ですよ」


 リンネちゃんが助けるようになって、ダンジョンで死ぬ人はいなくなった。でも怪我人は普通に出る。リンネちゃんが向かうのがぎりぎりで、大怪我をした人もいるらしいし。だから、無理はしないでほしい、というのがリンネちゃんの希望だった。


『言われてるぞお前ら』

『魔女に会うんだって潜るバカもいるからな』

『気をつけます!』


 うん。感触としては、そこまで悪くなかったと思う。

 最後に挨拶をして、配信を切る。切り忘れがないか何度も確認して……。よし、大丈夫だ。


「凪沙。これで良かった、です?」

「うん。大丈夫だと思う」

「なら良かった……です」


 リンネちゃんもちょっと心配してくれてたみたい。フードを外して、ほっとため息をついていた。

 実際の反応はまだこれからだけど……。きっと大丈夫だよ。

 それじゃあ……。次は、最深層だ。念入りに準備をしようと思う。

 でも、とりあえず。


「凪沙。何か、震えてる、です」

「うん……。先輩がめちゃくちゃ電話してきてる……」


 何かやらかしちゃったか、すごく不安だよ……。

 ちなみに用件は、お疲れ様という労いの言葉だけ。とても安堵しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る