女神

「到着、です。これを……置いておく、です」


 魔女がそう言ってフロアの入口に置いたもの。アイテム袋から取り出して置いた大きな機械は、電波を地上まで届ける特殊な機械だ。最深層から地上まで電波を届けるものらしくて、他よりも特別製なんだとか。大きさもちょっとしたトラック程度ほどもある。

 これ、大丈夫かな。魔物に壊されたりとか……。


「壊されても……いい、です。少しの間……もって、くれれば」

「そう……? 何をするつもりなのか、聞いてもいい?」

「配信、です」


 続いて魔女がアイテム袋から取り出したのは、配信者が使っているようなドローンだ。ドローンにくっついている操作パネルで設定をして……しようとして……。

 何かを求めるように僕へと振り返った。


「…………。もしかして、僕はこのために連れてこられたの……?」

「否定はしない、です」


 正直な魔女の言葉に、僕は内心で笑ってしまった。魔女は機械が苦手らしい。

 魔女の持つスマホを受け取って、ドローンの設定をしていく。配信チャンネルは……すでにあるんだ。ひらがなでまじょ、と書かれただけのページだけど。あ、でもチャンネル登録者にユアがいる。あまり配信を見ない僕でも知ってる有名人だ。繋がりがあるってことかな。


「配信のタイトルは?」

「ん……。ただの記録、ですので……。どうでもいい、です」

「あ、あはは……」


 本当にどうして配信をするんだこの魔女は。

 とりあえず……。僕もネーミングセンスはないから、魔女の配信、だけでいっか。設定して、配信を開始。ドローンが飛び上がった。そしてコメントも流れ始める……こともなく。登録者がそこまで多いわけじゃないから、人がすぐに来るわけでもない。

 しばらくは静かだろうな、と思っていたけど、思ったよりも早くコメントが流れ始めた。


『噂の魔女の配信と聞いて』

『ユアのコメントから来ました!』

『マジの魔女なの?』


 なるほど、ユアから流れてきてるんだ。それなら早速人が来るのも分かる気がする。

 魔女はそんなコメントを見て満足そうに頷いて。特に何か言うこともなく、また歩き始めた。ダンジョンの奥へ。


「ちょお!? 何か挨拶したら!?」


 僕の叫び声が聞こえたのか、コメントがまた流れていく。


『なんだ? 誰かいるのか?』

『人助けの真っ最中とか』

『つまりダンジョンの中か』


 魔女がコメントを一瞥して、ようやく口を開いた。


「ここは……二十一層。深層のさらに奥、です」


『は?』

『急に何を言ってるんですかね、この魔女は』

『大丈夫? 主に頭とか』


 さすがに失礼すぎないかな、こいつら。僕はそう思ったけど、魔女は気にもしてないらしく、また歩き始めてる。


「確かめたいことが……ある、ので……。ここに来た、です。この配信は……記録用、です。ちゃんと証人も……連れてきた、です」


 なるほど、証人。配信を信じてもらえないことは分かっていて、それを真実だと証明するためにも僕を連れてきたのが本来の目的、なのかな。

 これは……とんでもない場所にいるかもしれない。仲間に自慢が……いや、もう仲間はいないんだった……。

 気を取り直して、咳払いを一つ。せっかくだし、魔女の思惑に乗ってみよう。


「魔女。目的があるって言ってたけど、その目的は?」

「確かめたいことがある、ですよ。そのために……女神を名乗るやつに、会う、です」

「え」


 まさか、目的は、女神? 正気かこの子。いや本当に正気かこいつ。


「ダンジョンは……二十一層が最終、ですが……。わたしたちが来た、ので……増えるかも、です」

「増えるの?」

「増える、です。ここは、あいつの……管理下、です」


 それきり魔女は黙り込んで、黙々と歩いていく。僕も当然それに続く。聞こえてくるのは、コメントの読み上げ音声だけ。


『ダンジョンの中にしては、今までと雰囲気が違うな』

『マジで二十一層なん?』

『本当に女神出てくるのかな』


 緊張感があるのかないのか、よく分からないコメントだ。視聴者からすれば他人事だからだろうけど。

 ダンジョンの二十一層は、今までと明らかに雰囲気が違う。まず、薄暗い。今までは不思議と明るかったダンジョンだけど、二十一層だけは明かりがないみたいでずっと暗い。

 魔女がいつの間にか光球を浮かせていて、それが唯一の光源になってるみたいだ。

 そして。何よりも。ずっと歩いてるのに、魔物が一匹も襲ってこない。あまりに不気味だ。


「どうして魔物が出てこないのかな」


 口に出して聞いてみると、魔女は答えてくれた。


「配置してないから、です。女神にとって……ここまで誰かが来る、というのは……想定していない、です」

「ええ……」


 未完成エリア、みたいなものなのかな。だから明かりもないのかも。

 そうして歩き続けて。不意に魔女が足を止めた。魔女の視線は真っ直ぐ前へ。そこに何かがいる、とでも言いたげに。

 魔女はじっと前を向いていたけど、やがて小さくため息をついた。


「何が……女神、ですか。好き放題……してる、ですね」


 そう言った直後。目の前の景色が揺らいで、一人の少女が姿を現した。

 少女。見た目は日本人の女の子。これといった特徴がない、本当にただの女の子だ。言い方は悪いけど、こんなただの女の子が出てくるなんて思わなかった。

 魔物、ではない、はず。あまりにも異質すぎるから。つまりこれが、女神?

 その女の子が言った。


「どうして……どうして……!」

「どうして、と言われても……困る、です。正直……わたしも、分からない、です」


 いえ、と魔女が続ける。


「分からなかった、にしておく、です。その体を見て……理解した、です」

「…………」

「久しぶり、ですね。女神、と呼ぶ、ですよ」

「好きにして」


 やっぱりこの女の子が女神らしい。まさか女神か、こんな、日本人の女の子の姿だったなんて。これは世界が荒れそうだ。それとも、他の国だとまた違う姿なのか。


「女神は……この姿、ですよ」


 そんな僕の考えを察してくれたのか、魔女が教えてくれた。どこの世界のダンジョンに行っても、女神はこの姿で出てくるらしい。


「それで? 魔女はどうしてここに来たの? わたしの邪魔をするつもり?」

「確認、です。ずっと、不思議……だったので。あの子が……わたしと、波長が合った、理由。それに、いつの間にか……消えた、らしい……妹さんの、体……」


 ふっと、魔女が笑った、ような気がした。相手を嘲るように。


「自業自得、です。それとも……これが、神の采配、です?」

「…………」


 女神が忌々しそうに魔女を睨み付けている。

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