カンテラ
えっと……。あたしのカンテラは、ちゃんとここにある。間違いない。それは大丈夫。つまりあのカンテラは魔女の私物……いや、違う。魔女はカンテラを知らなかった。
ということは。やっぱり。
「あの、魔女さん?」
「はい?」
「それは……どうしたの?」
「作りました、です」
「…………」
いや本当に作ったの!? あの一瞬で!? というか材料とかどこに!? 質量保存の法則とかそういうのは!? いや魔法とかがあるダンジョンで言いっこなしというのは分かるけど!
『マジかよカンテラ作れるの!?』
『祭りだあああ!』
『盛り上がってまいりました!』
みんなも大興奮だ。気持ちはとても分かる。だってこのカンテラが多くあれば、もっと安全にダンジョン探索ができるだろうから。
「ね、ねえ、魔女さん? 魔女様? ちょっとお話し、よろしいでしょうか?」
「え、どうして敬語、です……? 少し、気持ち悪い、ですよ?」
「いやあたしも自分でもどうかとは思ったけどもうちょっと言葉を選びなさいよ!」
「え、ご、ごめんなさい……?」
『どうどうw』
『落ち着けユアw』
『実際俺らも敬語のユアは気持ち悪いかなって』
「うるさいなあ!」
似合わない自覚は確かにあるけど、これでも一応目上相手には敬語ぐらい使ってるんだけどね。先輩冒険者の人とか、ギルドの偉い人相手とかなら。
配信で視聴者相手にはあまり使わないだけで。必要ないと思えるから。
「それで、どうした、です?」
魔女に聞かれて、あたしは咳払いをして言った。
「そのカンテラ、ギルドに売ったりはしない? 冒険者なら、それなりの値段で売れるものだけど……」
「わたしは……冒険者ではない、です」
「あ、そうなんだ……」
冒険者にならないと、ダンジョンには入れない。やっぱりこの子は、普通に人間とは違うと思う。
「でも欲しいなら……あげる、ですよ? いくつ、です?」
「いいの!?」
「はい、です」
それじゃあ、遠慮なく……。えっと……。
『いや、気絶しちゃった子は放置でいいの?』
「あ」
そのコメントで我に返った。とりあえず手持ちのカンテラに火を灯して、ベッドの側に置く。これでこの子は魔物からは安全だ。
「これで安全……ですね。盗まれるものも……ない、ですし……。帰る、です?」
「え、何言ってるの? 帰らないわよ」
魔女が意味が分からないといった様子で首を傾げた。まさか、魔物さえ遠ざけてしまえば安全とでも思ってるの?
「あのね……。カンテラで防げるのは魔物だけなの。分かる?」
「はい、です」
「人間は防げないってわけ」
「……?」
「ええ……」
『純粋かこの魔女ちゃん』
『純粋無垢な魔女……いい……』
『お前ら自重しろ』
いや、本当に、さすがにちょっと予想外だ。これだけ言っても分からないということは、人間は悪いことをしないと本気で思ってるのかもしれない。
「正直、あまり気持ちいい話じゃないんだけど……」
そう前置きして、魔女に説明した。
冒険者は危険な仕事だ。でもその危険は、何も魔物だけが原因じゃない。魔物と同じかそれ以上に気をつけないといけないのが、人間だ。
パーティを組んでいるならそんな危険はあまりないけど……。少人数だと、悪人に襲われる危険性は十分にある。もちろん自己責任のダンジョンであっても、他の冒険者を襲うことは禁止だ。
でも、ダンジョンには防犯カメラなんてものは当たり前だけど存在しない。この人に襲われた、なんて言っても、証明する手段なんてないんだ。
「そもそも、殺されたらギルドに報告すらできないし」
「殺される……ことが、ある、です?」
「あるのよ」
ダンジョン出現当時ならともかく、五年ほどもすれば、ダンジョンでの死亡原因は魔物によるものと人間によるものですでに同数ぐらいになっていたのではないか、なんて言われてるぐらいだから。
「あたしの配信も自衛を兼ねてるのよ。あたしに何かあっても、カメラの向こう側の人が証人になってくれるってわけ」
「なるほど……。休憩中に、盗まれる……聞いた、ですが……。殺される、ですか……」
「それでも襲ってくる馬鹿はいるけどね」
あたしが女一人で冒険者をやってるのを見て襲ってくる馬鹿で間抜けな阿呆はやっぱりいるものだ。それなりに強いやつらが集まって襲ってきた時は、真面目にダンジョンを攻略しろよと思ったものだ。
「危なかった、ですね」
「そうでもないわよ。あたし、これでも強いのよ? 魔女ほどではないでしょうけど」
事実、その連中も返り討ちにして、配信を見て駆けつけてくれた他の冒険者たちと一緒にギルドに突き出したしね。
そう言うと、魔女はどこか感心したように頷いていた。
「まあ、ともかく。そういうわけだから、カンテラがあるからってこの子一人を残していけないのよ。あたしがここで見てるから、魔女はお好きにどうぞ」
多分だけど、すでにちょっとした救援部隊が編成されてるだろうし、そこまで待つ必要はないと思う。助けがきたら、みんなで上に戻ればいいだけだから。
そう言ったけど、魔女は少し考えて首を振った。
「いいえ……。わたしもここで、待つ、ですよ」
「は? いや、でも……。いいの?」
「その方が、安心、です」
あれ。この子、もしかして思っていたよりずっといい子なのでは?
『マジかよ最強の護衛では?』
『魔女ちゃんめっちゃいい人!』
『これで安心やな!』
安心かと聞かれると、それはまあ安心なんだけど……。でもやっぱり、不安もある。だってこの魔女は、結局何のために人助けをしているのかすら全て分からないから。
多分、そんなあたしの感情も魔女は察していると思う。今もあたしのことを見つめてる。けれど、彼女は何も言わず、ただ少しだけ距離を取った。
「あまり近づかない……です」
「あー……」
『なんで?』
『ユアが警戒してるんじゃないかな』
『お前ら忘れそうになってるけど、魔女は正体も目的も不明だからな?』
視聴者は理解してくれてるし、あたしが気にすることはないんだろうけど……。でもどうにも、ちょっとだけ、もやもやするような……。
いや、だめだ。あたし一人だけならともかく、今は守らないといけない子もいるんだし、ここは魔女の気遣いを受け取っておこう。
「ありがとう」
「いえ」
あたしのお礼に、魔女は静かに頷いてくれた。
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