擦り付け

 この階層の魔物程度なら、あたしでも余裕を持って倒すことができる。冒険者は助け合いだ。それに、悲劇なんて見たくない。今から助けに……。

 進もうとした道の先から、誰かが走ってきた。人数は、五。足音から、前衛と後衛でバランスがいいパーティだと……。いや、後衛がちょっと少ないかもしれない。

 その人たちの姿が見える。剣士とか盾を持ってる人が、三人。斥候が一人、ヒーラーらしき人が一人と……。一人だけ?

 その人たちが、私の横を通り過ぎていく。その時に、斥候らしい男の人がこちらを見て、嫌らしく笑ったのが分かった。

 さらにすぐ後に魔物が押し寄せてくる。かなりの数だ。これは、押しつけられたかな?


『あいつらクソだな』

『擦り付けってやつか』

『魔物を大量に引き連れるトレインに、他人に押しつける擦り付け……。オンラインゲームなら迷惑行為だな』

『リアルダンジョンなら命に直結するから迷惑行為なんてレベルじゃねーよ』


 まあ、そういうことだ。オンラインゲームならただの迷惑行為で終わるこれも、リアルのダンジョンなら命に直結する大問題。殺人未遂として扱われてもおかしくないほどに。

 もっとも。ダンジョン内は自己責任だから法律は及ばないんだけど……。それでも、ダンジョンには暗黙の了解というか、冒険者たちでのルールがある。それを破れば、もう助けてもらえることはなくなる。

 今回の場合だと、あたしじゃなかったらあいつらが生き残って終わり、というだけだったかもしれない。でもあいつらは知らないみたいだけど、あたしはこれでもそれなりの配信者だ。あいつらの顔は配信で流れたし、今後はあいつらも肩身が狭くなると思う。

 あとは。あたしがこの程度の魔物なら問題にならない、ということもあるかな。

 魔法で適当に焼き払って……焼き払おうとして……。

 それが、聞こえてしまった。

 か細く、助けを求める声。


「まさか、あいつら……!」


『おん?』

『どした?』


 説明する時間はない。その時間すら惜しい。

 魔法の範囲を調整。どこに誰がいるか分からない以上、最低限の範囲で。直線を一気に燃やして、駆け抜ける。

 それを何度か繰り返して、そして見つけた。壁際にうずくまって、必死に魔法を放つ少女を。多分、あたしと同年代ぐらいだ。


「まずい……!」


 その子の側に、オーガがいた。その子の魔法は通じていない。大きな腕を振り上げてる。

 あたしの魔法は……だめだ。巻き込む。どれだけ調整しようとしても、結局は広範囲をなぎ払うのがそもそもの効果。範囲を狭めるのも限界がある。あの位置は、間違い無く巻き込む。


『あかん』

『すぷらっただあああ!?』

『ぎゃあああ』


 まだだろうにいちいち叫ぶな。ああ、でも、どうしようも……。

 不意に。本当に不意に。少女の前に、黒衣の魔女が現れた。


「え」

『え』

『あ』


 魔女の目の前でオーガの腕が不自然に止まる。魔女はそのオーガを一瞥し、次にぐるりと周囲を見回して、あたしを見た。

 一瞬だけ、魔女から怒りの感情が見えた……ような気がした。でもすぐに、なるほどとばかりに頷いて、なんだか優しげな雰囲気になった。顔が見えないからそんな感じ、程度だけど。

 そして魔女は、軽く杖を掲げて。その直後に、周囲に雷が落ちた。

 動画で何度も見た雷だ。魔女が現れる動画で、魔女が好んで使う魔法。詳細不明のその魔法は、周囲の魔物を一匹残らず的確に殲滅していく。あたしのことをしっかりと避けて。

 それで、一つだけ分かったことがある。


「これ、広範囲対象の魔法じゃない……。一匹ずつ、倒してる」


『え』

『うそやろ?』

『化け物レベルのコントロールじゃん……!』


 一気に魔物を殲滅する様子から、魔女の雷の魔法はあたしと同じ広範囲殲滅の魔法だと思ったけど……。しっかりと、あたしを避けてる。ちゃんとコントロールしてるということだ。

 魔女は、あたしの予想以上だった。

 雷が落ち着いた後。後に残されたのは、あたしと、魔女と、魔法使いの子だけ。魔法使いの子は呆然と魔女を見つめてる。

 魔女はそんな少女を少し見て、すぐにあたしに視線を向けてきた。


『なんか手招きされてませんか……?』

『明らかに雷がユアを避けてたし、しっかりと認識はされてるだろうな』


 やめて。言わないでほしい。正直あたしはとても不安だ。あの魔女にどう思われてるか、分からないから。

 あたしが側まで行くと、魔女が言った。


「怪我はない、です?」

「え」

「ん?」

「いや、なんでも……」


 しゃべった! 魔女の声だ!


『キェェェアァァァシャベッタァァァ!』

『やめろwww』

『かわいらしい声だなやっぱり!』


 視聴者が驚くのも当然だ。だって魔女は、最初の一回目以外、一切言葉を発していなかったから。魔物説が流れるのもそれが原因だと思う。


「えっと……。あたし、だよね?」

「ん」

「あたしは、大丈夫。避けてくれてありがとう」

「この子を助けに来た……みたいだった、ので」


 そう言って、魔女が魔法使いの子へと視線を向ける。魔法使いの子は魔女を見つめて震えていた。さすがに怖いのかも。魔物たちを一瞬で殺してしまった相手だし。


「任せてもいい、です? わたしが話しても……怯えさせるだけ、です」

「うん。任せて」


 あたしが頷くと、魔女は一歩下がった。代わりにあたしが前に出る。


「こんにちは。とりあえず……無事ね?」

「ユア……様?」

「様!?」


『ユア様www』

『まさかの様付けwww』

『とりあえずユアのファンだということは分かったw』


 どうにも、そうらしい。さすがに様付けはびっくりだけど。

 魔女がぽつりと言った。


「偉い人、です?」

「違うから!」


『魔女さんwww』

『魔女ちゃん天然かこれw』

『なんか思ってたより魔女怖くないなw』


 実はわりと面白い子なのかもしれない。これだけでそう思うのは早いかもしれないけど。

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