魔女の恩返し


 たっぷり一時間ほどそうしてから。私は顔を上げた。


「ありがとう、落ち着いた」

「いえ……。怒られるとか、殴られるとか……されると、思っていた、です」

「リンネちゃんは私のことをなんだと思ってるのかな?」


 もちろん怒りの感情はものすごく強くある。それは間違い無い。でもそれは、女神に対してで、リンネちゃんにではない。


「リンネちゃんは、知ってたの?」


 何を、とは言わなくても、リンネちゃんにはちゃんと伝わったみたいだった。


「不思議、だった、です」

「うん?」

「どうして……凪沙が、わたしの封印を……解けた、のか……。わたしと……波長が合わないと……何らかの、繋がりがないと……解けない、はず、でした」


 でも、とリンネちゃんが続ける。


「繋がりが……あった、です。いえ……作られていた、と言うべき、ですか。他でもない……女神と名乗る、あのバカによって……」


 リンネちゃんが言うには。あの女神は私の妹の体を使っている。リンネちゃんと女神はかなり近しい存在みたいで、そんな存在が私の妹の体を使っている、ということで繋がりができてしまったらしい。

 女神にとってはかなり予想外の出来事。私の妹の体を使ったのは、綺麗な状態の死体だったから。まさか家族に生き残りがいたとは思わなかっただろうし、その生き残りの家族が富士山に来るとも思わなかっただろう、とのこと。

 偶然に偶然が重なった結果、リンネちゃんが復活した、ということらしい。女神にとっては理解不能の出来事だったはず、だって。


「でも、どうして私の妹の体を使い始めたの? リンネちゃんは自分で体を作ったんだよね?」

「ダンジョンなんて、作ったら……体を作る、は……大変、です」


 生命体の体を一から作るというのは、実はかなり大変なんだとか。しかも今回はリンネちゃんの力に耐えられるように頑丈にする必要があったため、かなりの集中力を要したとのこと。

 女神はダンジョンを造り、おそらくある程度自動化しているとはいえ、魔物を生み出し続けている。その状態で体を作るのは難しかったはず、とのことだった。

 だから、たまたま見つけた綺麗な体を使った、と。


「でも調べなかったのかな。世界の記録とか、そういうのを調べられるんだよね?」

「ん……。実はあれ……すごく大変、です……。調べれば全て分かる……ですが……。量があまりにも膨大、です」


 世界では、あらゆることが起きている。当たり前だけど人間のことばかりだけじゃない。小さな虫やかつて生きていた恐竜など、それらがどう生きてきて何があったか、本当に全て記録として残っているのだとか。

 そんな中から欲しい情報を探すというのは、まさに砂漠から砂金を一粒探すようなものらしい。そんな労力を、ほぼ間違い無くいないだろう生き残りを探すのに使うとは思えない。それがリンネちゃんの考えだ。

 世界の記録が見れるなんてすごく便利だと思ったけど、実際はかなり使い勝手の悪い能力ということだね。


「さて……。凪沙」

「うん」

「わたしは……話すのが、苦手……です。だから、ストレートに……聞く、です」

「…………」

「凪沙は……どうしたい、です?」


 どう、したいか。リンネちゃんは私に選択肢を与えるために、この情報を伝えてきたんだと思う。妹の体を持つ女神をどうしたいか。


「どうしてリンネちゃんは……」

「恩返し、です」


 最後まで聞く前に、リンネちゃんは答えてきた。


「ずっと……考えていた、です。封印から……解放してくれた、恩返し。恩返しに……なるかは、分からない、ですが……。凪沙は……家族を大切に、思っていた、です。だから……探そうと思った、ですよ」


 そう、なんだ。私はリンネちゃんが一緒にいてくれるだけで十分だと思っていたけど、リンネちゃんはそれだと足りないと思っていたらしい。だからこその、恩返し。

 不器用というか、なんというか……。


「それで、凪沙……。どうしたい、です? 凪沙がしたいことを……全面的に、サポートする、です」


 どうしたいか。それはもちろん……。


「体を、取り返したい。ちゃんと弔ってあげたいし……。あのクソ女神を、一発、殴りたい」


 私がそう言うと、リンネちゃんはわずかに口角を持ち上げて頷いた。


「分かった……です。では……あのバカを、ぶっ飛ばしに、行きましょう」


 もちろん簡単なことじゃないのは分かってる。きっととても大変だ。私自身が深層で戦えるように鍛えないといけないから、きっとまだまだ先の話に……。


「ユアも……誘う、ですよ。いつがいい、です? 次のお休み、です?」

「え?」

「え?」


 なんか……なんだか……噛み合ってない。致命的なところで噛み合ってない気がする。


「えっと……。まずは鍛えないと、だよね?」

「いえ……。必要、ない、ですよ」

「なんで……?」

「なんで……? えっと……。わたしが、最深層まで……転移で送る、です。日帰り、です」


 いやそんな気楽な……。間違い無く女神と会ったら戦闘になるだろうし、そうなったらろくに戦えない私は足手まといになるし……。


「戦闘? まあ……大丈夫、です。任せて、ほしい、です」

「そう……?」

「はい」


 なんだかよく分からないけど、解決策はあるらしい。じゃあ、大丈夫、なのかな?


「逆に急いだ方がよかったりする? ほら、リンネちゃんが復活してるって分かったなら、世界の記録っていうのを調べて、ここを襲ってきたりとか……」

「改ざん、してる、ですよ」

「あ、はい」


 え? なに? そういうことできるの? なにそれ知らない怖い。

 いや待って。もしかして、リンネちゃんと女神の今の力関係って……。いやいや、まさか、ね? きっと策を使ってとか、そういう意味だ。うん。


「じゃあ……一ヶ月後あたりとかで……。休みを調整してもらうから……」

「ん……。正確に、決まったら……教えてほしい、です。ユアとも調整、するですよ」


 なんだか……雰囲気的には最後の決戦とかそういうもののはずなのに、ちょっとしたピクニックに行く感じのような気がする。


「楽しみ、です」


 本当にどこか楽しそうな気配がするリンネちゃんが少しだけ怖くなりました。とりあえず。


「ダンジョン、壊さないでね」

「…………。…………。はい」


 ものすごく不安だなあ……!

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