どっちもバカ


 魔女が魔法を使う。魔女はまだダンジョンを出るつもりはないらしく、僕だけが先に帰還だ。魔女が杖を振ると、僕は一瞬だけ光に包まれて、気付けばダンジョンの……六層の階段にいた。

 魔女が言うには、ここで一時間ほど待っていればいいらしい。そうすれば、僕に必要な人が来るのだとか。冒険者かな。そのパーティと一緒に帰れ、ということかも。


「脱出したら、とりあえずギルドかな……」

「見つけたあ!」


 階段に座ってぼんやりとそんなことを考えていたら、そんな声がダンジョンの奥から聞こえてきた。結構な大声で、ちょっとだけ驚いてしまう。

 ダンジョンの奥から走ってきたのは、僕もよく知ってるパーティ……。僕が所属していたパーティだ。つまりは、僕をクビにしたリーダーたち。

 そんな彼らは僕を見つけると、安堵したかのように朗らかに笑った。


「良かった……! 本当に良かった……! もう会えないかと……!」

「え……? いや、僕をクビにしておいてそれを言うの……?」


 思わずそんなことを言ってしまう。するとリーダーはばつが悪そうに視線を逸らした。


「あー……。もしかして、お前がダンジョンに潜ったのって……。俺らを、見返すためだったりする……?」

「そうだけど」

「マジか……そうなるのか……」


 そう言って、リーダーは頭を抱えてうずくまって。そしてその場で勢いよく頭を下げた。


「ごめん!」


 そう、リーダーが言った。


「え……? どういう……」


 僕が困惑していると、リーダーと仲間たちが話してくれた。

 僕の実力は下層や深層ではかなり厳しい。それはやっぱりそう思ってるらしくて、このまま一緒に行くといずれ誰かが犠牲になる。そう判断したリーダーは、それなら他のパーティの助けになった方がきっといいと、僕をパーティから外す決心をしたらしい。

 それがあんなやり方になったのは……。自分たちへの未練が残らないようにするため、そして自分たちも僕への未練が残らないようにするため、だったのだとか。

 それで追放という形をとって、嫌われようとしたらしい。

 そうして、僕は他のパーティに参加するだろうと思っていたら……。行きつけの酒場の店主から、僕が一人でダンジョンに潜ったと聞かされて、かなり慌てて救助依頼を出したとのことだった。

 うん。とりあえず言いたい。


「バカなの……?」

「申し開きもなく……!」


 いや本当に。それならそうと言ってくれたらいい。もちろん納得するかは分からないけど、それでもさすがに一人でダンジョンに潜ろうとは思わなかった……かもしれない。

 いや、うん。潜ったかも。結果は一緒だったかな。僕もバカだ。

 でも……。みんなが僕を見限ったとか、嫌いになったとか、そういうのじゃなくて、心底安心した。本当に。


「リーダー。顔を上げてよ。さすがに僕を話しづらい」

「あ、ああ……」


 立ち上がったリーダーはまだ少し気まずそうで。なんだかその様子に、僕は少し笑ってしまっていた。


「いやでも、安心したよ。深層まで潜っていたのかと心配になった。さすがに俺たちもそこまでは行けないし……」

「いや、深層に行ったけど……。配信、見てない?」

「え?」


 どうやら本当に知らないらしい。もしかしたらリーダーたちは、ずっと下層で僕を探していたのかもしれない。本当に、僕は仲間に恵まれていたんだなって。

 そうして僕を案じてくれていたんだ。僕も、このパーティから卒業するべきかな。確かに僕は下層以降では足手まといだと痛感したし。


「リーダー。帰りながら面白い話を聞かせてあげるよ。嘘のような本当の話をね」

「え、なんだよ。すごく気になる」

「信じられないだろうけど、帰ったら過去の配信を探すといいよ。やばいものを見つけられるだろうから」

「マジでなんなの!?」


 騒ぐリーダーに僕とパーティメンバーは笑いながら、階段を上り始めた。

 このパーティでの、最後の冒険だ。ゆっくり楽しみながら帰ろう。


   ・・・・・


 そんなパーティの様子を眺めて。魔女はどこか満足そうに頷いて、姿を消した。

 仲良し……とてもいいこと、です。

 少しだけ嬉しそうな声だった。


   ・・・・・


 配信を見ておいてほしい。そう言われたから、私はギルドでお休みをもらって配信を見ていた。

 リンネちゃんが少し前から、とある冒険者を助けるためにダンジョンに通っていたことは知ってる。たまに戻ってきて経過とか報告してもらってたし。ただ、深層に連れて行っても問題なさそうな人だからと、せっかくだからやりたかったことの証人にすると言っていた。

 それが、今回の配信。最深層、女神との会話。

 その後の終わり方も衝撃だったけど……。いや、まさか最深層を吹き飛ばして配信が終わってしまうとは思わなかったし……。でも、それよりも。


 女神だ。

 どうしてリンネちゃんが私に配信を見てほしいと言ったのか、分かってしまった。もしかしたらリンネちゃんは、これを知っていたのかもしれない。はっきりと知っていたわけじゃなくて、可能性がとても高いと思っていたんだと思う。

 あの女神は、リンネちゃんのかつてのパートナーで。そして、私の妹だ。

 明らかにおかしいことを言ってるとは思う。リンネちゃんのパートナーはリンネちゃんと同じようにずっと昔から生きてる存在で、私の妹とは明らかに違うから。

 でも。あの女神が使っている体。あれは、私の妹のものだった。


 少し成長しているようにも見える。でも、私が妹の姿を見間違えるなんてあるもんか。あの子は、あの体は、私の妹のものだ。

 多分、依り代か何かにしたんだと思う。私の妹の体を、ちょうどいいと回収して使ったのかも。最後に見た妹の体は、結構綺麗だったはずだから。

 ああ、でも……それでもさ。こんなのって、ないよ。私は、このどうしようもない感情を、どう処理すればいいのかな。

 そうしてずっと悩んでいたら、誰かが私の後ろに立ったのが分かった。


「凪沙」


 リンネちゃんだ。私の顔を見て、ちゃんと配信を見ていたことは察してもらえたみたい。ひどい顔だと思うからね、今の私。

 とりあえず……そうだね……。


「リンネちゃん」

「ん……。怒ってる、です、よね? 凪沙の気が、済むなら……いくらでも、殴っていい、です。本来なら……知らなくて……いいことを、伝えた、ですから」

「うるさい」

「わぷ」


 私がリンネちゃんを殴るわけがない。だってこの子は、とてもいい子だから。これでもリンネちゃんのことは信頼してるんだ。

 でも。それでも。


「ちょっとだけ、このままで」

「ん……。はい……」


 リンネちゃんをぎゅっと抱きしめてそう言うと、少しだけ恥ずかしそうにしながらもリンネちゃんは頷いてくれた。

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