逆恨み


 ホノカを連れて、ダンジョンの脱出を目指す。ゲームみたいに一瞬でダンジョンを脱出するアイテムとかあればいいんだけど、さすがに現実でそれはない。ダンジョンに潜れと言うなら、それぐらい用意してくれてもいいのにね。


「あの……。ユア様、本当にすみません……。ここまでしてもらって……」

「気にしなくていいから。困った時はお互い様ってね」


 この子もいずれ誰かが危ない場面に立ち会う時があると思う。その時に、助けてあげてほしい。それが続いていけば、きっとダンジョンの犠牲者は減っていくはずだから。


『冒険者は助け合いが大事』

『まあこの子には何の説得力も感じない言葉だろうけどさ』

『今回の経緯が経緯だからなあ』


 それは、まあ確かに。それでも、あたしはこの子の優しさを信じたい。

 出てくる魔物を倒しながら、ダンジョンを進んでいく。そうして第二層まで戻ってきた時に、その声が聞こえてきた。


「お前……ホノカ……!」


 あたしにとっては聞き覚えのない声だったけど、ホノカにはあったらしい。あたしの後ろで、大きく体を震わせた。

 その声が聞こえた方を見る。そこにいたのは、奥に向かうあたしとすれ違った剣士だ。ホノカのパーティメンバー、のはず。


「あ……ハジメさん……」


 ハジメ、というのがこの剣士の名前らしい。ハジメはホノカを睨み付けていた。ついでに、あたしのことも。


「お前らのせいで……! 仲間が捕まったぞ……!」

「は?」


 あたしたちのせいかはともかく、ハジメというやつの仲間は捕まったらしい。コメントに視線をやれば、確かにそんな情報が出ていた。

 こいつらはダンジョンを出てすぐに、ギルド職員やその協力をする冒険者たちに捕まったみたいだね。ただしリーダーのハジメ以外。ハジメはリーダーのくせに、他の仲間を見捨ててまたダンジョンに逃げ戻ったそうだ。

 こいつは何を考えてるんだろう。逃げたところで、またここから出るタイミングで捕まるだけなのに。


「ホノカ! テメエが証言しろ! 自分で囮を引き受けたと!」

「それは……」


 ホノカが何かを言おうとして、けれど何も言えずにうつむいてしまった。

 それだけで。今日までどんな関係だったのかなんとなく察してしまった。

 きっとホノカはずっとハジメやパーティメンバーの言いなりだったんだと思う。命令されて、断り切れずに引き受けて、こうして何か失敗があれば責められて……。

 大変、だっただろうね。


『なんなんだこいつ』

『マジでただのクソ野郎じゃねえか』


 よく今までパーティを組んでいたものだよね。ただホノカも、もっと早めに助けを求めるべきだったと思う。こんなバカに付き合うだけ無駄だ。


「ホノカ! テメエ聞いてんのか!」

「はいそこまで」


 あたしがそう言うと、きっと睨み付けられてしまった。


「テメエも……! 何が配信者だ! パーティのことを流してんじゃねえよ!」

「なにそれ。あたしは完全に被害者なんだけど。魔物をこっちに押しつけておいて、よくそんなことが言えるわね」

「あそこにいたお前が悪い!」

「めちゃくちゃ言ってる自覚ある?」


 いつ誰が探索してるか分からないのに、何言ってるんだろうこいつは。これでもしあたしが死んでいたら、どうするつもりだったんだろうか。

 いや、どうもしないか。こんなクズが何かをするとは思えないから。


「ていうか、そもそもあんたらが捕まった原因も自業自得でしょ? おとなしく上に戻って……」

「うるせえ!」


 ハジメはそう叫んで、剣を抜いた。

 ふうん。ああ、そう。本気なんだ。


「いいわよ。覚悟、できてるんでしょうね?」


 あたしは確かに魔法使いで、後衛がメインだ。でも、ずっとソロで活動をし続けてきた経験がある。あんな浅い階層で、ホノカを囮にしないと生き残ることすらできないザコに、負けるつもりはない。


『え、ガチでやり合うの?』

『ダンジョン内は自己責任言うても、はっきりと映ってるの分かってんのかあのバカ』

『冒険者資格剥奪待ったなし!』


 事実そうなるだろうけど……。そんな自覚、ないだろうね。あいつはもう、あたしを殺すことしか頭にないと思う。目が血走ってるし。


「死ねやあああ!」


 そんなことを叫びながら突っ込んでくるハジメを、あたしは軽く迎撃した。


「ほいっと」


 もちろん、魔法で。

 あたしの魔法は広範囲を攻撃するもの。そしてもっと深い階層の魔物にすら通じる魔法が、ハジメ程度の冒険者に耐えられるはずもなく。


「うわっちゃあああ!?」


 広範囲を燃やしたらハジメがばたばたと転げ回った。


「ざまあ」

「うわあ……」


『ざまあwww』

『嘲るユア様とどん引きするホノカさんの違いよw』

『ユアがヒロインとは絶対に呼ばれない理由』


「うるさいわよ」


 分かってるよそれぐらい。でもこれがあたしの性格だ。どうしようもない。

 それじゃあ、あとは火が消えたタイミングでこいつを捕まえて……。そう思ったけど、それはできなかった。

 倒れたハジメの腹の上に何かがあった。真っ黒な、石のようなもの。その石が脈打ったかと思うと、ハジメの体の中に取り込まれていく。そしてハジメが勢いよく立ち上がった。


「え、なにあれ」


『蘇生アイテムか何か?』

『いや死んでないからw』

『でも今のいったい……』


 そう話している間に、ハジメが勢いよく飛びかかってきた。とんでもないスピードで、だ。


「うわあ!?」


 ホノカを抱えて、慌てて避ける。あたしの真後ろで、ハジメが岩にぶち当たって岩が砕けていた。なにあの力。駆け出しの冒険者とは思えないんだけど。


「ホノカ! なにあれ!? あいつあんなことできるの!?」

「知りません!」

「だよね!」


 意味が分からない。なんなんださっきの石!


「ガアアアアア!」


 しかも人間の言葉を発しなくなってるし! 本当になにあれ!?

 迎撃しようにも、さすがに動きが速すぎて魔法を準備する余裕がない……! どうしよう!

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