受付の先輩との話し合い
先輩が椅子に座って、私がその対面に、リンネちゃんがその隣に座った。てっきりギルドマスタ―も来ると思っていたんだけど、来ないみたいだ。
先輩がリンネちゃんのことを報告したのなら、絶対に確認に来るだろうと思ったんだけど……。
「先輩、もしかして……」
「ええ。ギルマスには報告してないわ」
「やっぱり……」
本音を言えば、すごく嬉しいしとても助かるけれど……。先輩らしくない、とも思う。不正とかすごく嫌う人だから。
「勘違いしないでほしいのだけど……。報告しない、とは言ってないわよ。先に話したいと思っただけ。今はとても忙しいのもあるわね」
「あ、そうですよね」
言われてみれば、その通りか。リンネちゃんの話は重要度は高いかもしれないけど、緊急性はそんなにない。むしろドラゴニュートの方が緊急性としてはすごく高かったと思う。
だから、まずは最低限の話し合いっていうことかな。
「改めて……。私は藤林香奈恵です。リンネさん、ですね。よろしくお願い致します」
「はい……。よろしく、です。わたしは、リンネ、です。凪紗に、もらった……名前、です」
「もらった……。ふむ……」
ちらりと先輩が私を見てくる。えっと……。説明、どこからどこまですればいいのか……。
先輩は小さくため息をつくと、リンネちゃんに向き直った。
「単刀直入にお伺いしますが……。ドラゴニュートのパーティを助けていただいたのはリンネさんでお間違いありませんか?」
「ん……。そう、です。ドラゴン……倒した、です」
「なるほど」
先輩は頷くと、さっと立ち上がって深く頭を下げた。最敬礼、というやつだと思う。私が驚いている間に、先輩が言う。
「感謝を。本当に、ありがとうございます。あなたのおかげで、犠牲者は出ませんでした。ドラゴニュートの魔法使いから、無事に帰ることができるとメッセージが届いています」
「そう、ですか……。それなら、よかった、です」
「はい。ドラゴニュートから救助報酬などはすでに受け取っているのでしょうか?」
「もらい、ました。ドラゴンのお肉……楽しみ、です」
「なるほど。ドラゴンのお肉……。え?」
「え?」
首を傾げる先輩と、その反応に首を傾げるリンネちゃん。これは、なんとなく分かる。多分二人とも、全く逆のことを考えてる。
「ドラゴンのお肉だけですか!?」
「もらいすぎ……だった、です?」
「え?」
「え?」
これを言ったら怒られそうだけど、二人のやり取りがちょっとおもしろい。思わず忍び笑いをしていたら、先輩に睨まれてしまった。うまく隠したつもりだったのに。
「こほん……。リンネさん。Aランクパーティの救助です。もっと要求してもよかったのですよ?」
「はあ……」
「例えば、彼らの武器防具。その財産。全て、となるとギルド立ち会いの交渉になってしまいますが、それでもそれに準じる資産はいただけたと思います」
そう。例え全ての武器防具とダンジョンで得た資産を寄越せと言っても、誰もぼったくりとは言わないと思う。命さえあればやり直しができるし、ダンジョンで潜っていて身につけたスキルはなくならない。ゼロからのやり直しでもないから、再起は十分可能だ。
もっとも、もう一度Aランク相当に戻るには時間がかかるから、ギルドからも少し減額してほしいと頼むことになる。それがギルドを交えての交渉、だね。
「ドラゴンの肉、ということは、それ以外の素材は譲った、ということでいいのでしょうか」
「はい、です。必要……ない、です」
「売れば一財産になります。しばらくは遊んで暮らせますよ?」
「んー……」
リンネちゃんは少し考えるように視線を上向かせて、次に私を見た。
「凪沙は欲しい、です? お金、たくさん。いるのなら……もらってくる、です」
「いや、別にいいよ」
ギルドの受付はそれなりに高給取りだからね。そんなお金がなくても、リンネちゃんと二人で生活するぐらいのお給料は十分にもらってる。
「凪沙がいいのなら……いい、です。有効活用、してほしい、です」
「そうですか……。ありがとうございます。ドラゴニュートのリーダーにもお伝えしておきます」
これで救助関係のお話は終わり、かな。次はリンネちゃんのことになると思う。
先輩が書類を片付け始める。ドラゴニュートの名前とかがあったから、救助関係の書類だ。それらをひとまとめにしてテーブルの端へ。そして取り出したのは、別の書類が三枚。
ただ裏返してあるから、何の書類かまでは分からない。私が頼んだ身内としての申請書、だけじゃないと思う。それなら一枚だけでいいはずだから。
「それでは……。凪沙」
「え、はい」
「この子のことについてと、富士山で何があったのか。あなたの口から聞かせてもらえる?」
「了解です」
一人で隠し通すのは難しい、というより、すでにリンネちゃんの転移を見られてしまっている以上、隠すのは無駄だと思う。だから、先輩には隠すことなく全てを正直に話した。
そうして話し終えた後、先輩は頭を抱えてしまっていた。
「なにそれ……。神か精霊みたいなものって……。そんなものが本当に出てくるなんて……」
「自分で言うのもなんですけど、信じてくれるんですか?」
「あの救助の一件がなかったら、笑い飛ばしたかもしれないわね……」
「あー……」
それもそっか。今の人類にドラゴンを簡単に倒せる人なんて冒険者ですら存在しない。そんなドラゴンを簡単に倒せてしまうんだから、普通の人間じゃないと思うべき、なのかもしれない。
まあそれだけで神とか精霊とかにはならないと思うけど……。その可能性があるなら、とりあえずはその方向で話を進めよう、ということかな?
「ちなみに、ですが……。リンネ様」
「様……? まあいい、です。はい」
「ドラゴンは……強かったでしょうか?」
まるで何かに縋るような質問。リンネちゃんはとても気楽に質問に答えた。
「ザコ、です。数百、数千、いても……敵には、ならない、です」
「ええ……」
どん引き、だね。私もそこまでとは思わなかった。リンネちゃんはどこまで強いのやら。
そして何よりも。そんなリンネちゃんに勝って封印したリンネちゃんのパートナーはどれだけ強いのか。そんな存在がいると思うだけで、ちょっと怖い。
先輩はまた頭を抱えていたけど、少しして意を決したように顔を上げた。そして手元の書類の二枚をくしゃくしゃに丸めてしまった。残されたのは、一枚だけ。
先輩がそれを表に向ける。身内としてこのエリアまでの権限を付与する書類だった。
「決めた。決めたわ」
「先輩?」
「リンネ様のことはギルドマスターには隠し通します」
「え」
それは……だめでは……? さすがにギルドマスターには話しておかないと、何かあったら誰を頼ればいいのか分からなくなる。ギルドマスターなら頼りがいがあると思っていたんだけど……。
「凪沙。先に言っておくわ」
「はい?」
「ギルドマスターも、結局は組織の上層部らしい人なのよ」
先輩が言うには、ギルドマスターは決して善人というわけではないらしい。むしろ出世のためならいろんなことをしてきた人なんだとか。
ギルドの頂点に立った今でも、さらに権力、つまり国の上層部に入ろうといろいろと企てているらしい。
なんていうか……。ちょっと、ショックだ。このギルドで働くことになってからまだ一度しか会ってないけど、すごく優しくて頼りがいがあると思ったのに。
「リンネ様のことを報告すると、何をするか想像できないわ。隠しておいた方がいいと思う。もちろん、最終的な判断は凪沙とリンネ様次第だけど……」
「いえ……。先輩がそう言うなら、そうします」
「凪沙に任せる、です」
ギルドマスターには話さない、ということになった。何かあった時は……その時考えよう。死ぬようなことにはならないと思うから。
次に書類にペンを走らせ、申請書に記入。これも普通なら私とリンネちゃんの関係を調べられるから簡単には通らないらしいけど、今回は先輩がこっそり通してしまうとのことだった。
「明日にはカードキーが発行されるから、もう一度来てもらえる? その時に魔力パターンを登録するから」
「魔力パターン、です?」
「えっとね……」
ダンジョン出現の後から分かったことだけど、魔法を使える人はみんな魔力を持ってる。その魔力には人それぞれ決まった波長があるみたいで、今ではそのパターンを指紋認証とかの代わりにすることができるようになってる。
こう言うとほとんどの生体認証の代わりになりそうだけど、デメリットもある。魔法が使える人でないと使えない、というところだ。だから今は、ダンジョン関係の施設に入る時に使う鍵になってる。
そこまで説明すると、リンネちゃんは納得したように頷いた。
「なるほど、です。魔力のパターン……気にしたこともなかった、です」
「あら。そうなの?」
「変えようと思えば……変えれる、ので……」
「…………。聞かなかったことにしておくわ!」
うん。私も聞かなかったことにしておく。だってそれが本当なら、いや間違い無く本当なんだけど、魔力パターンのカードキーの信頼性が損なわれてしまうから。
だから、うん。何も聞かなかった。それでいい。
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