ドラゴンステーキ
「はい。それじゃあ、書類はこれでよし。ところで、リンネ様。こちらから依頼などはしてもいいのでしょうか?」
「依頼、です?」
「今回みたいな救助依頼、とかですね」
「んー……。考えておく、です」
これは、どっちだろう。引き受けるつもりのある考えておくなのか、拒否するつもりなのか、ちょっと分からない。先輩は私に視線を送ってくるけど、私としても無理強いするつもりはない。
今回はつい頼ってしまったけど……。リンネちゃんには、自由に楽しく過ごしてほしいから。
「仕方ありませんね……。もし引き受けてくれる時があれば、お願いします。報酬ももちろん色をつけますので」
「わかり、ました」
それで話し合いは終了。私も今日は本来休みだったから、このまま帰ることになった。
先輩に見送られて、ギルドを、そしてドームから出る。ちょっと手続きだけして帰ろうと思っていただけに、今日はなんだか色々なことに巻き込まれてしまった。
正直、リンネちゃんを巻き込んだことは本当に申し訳なく思ってる。もっとも、今回のことがなかったら簡単には登録できなかったのかもしれないけど……。でもやっぱり、ちょっと申し訳ない気持ちが……。
「気にしなくていい、です」
私がちょっと自己嫌悪していたら、リンネちゃんがそう言ってくれた。
「わたしの意志で、やりました。凪沙は、気にしなくていい、です」
「そう……?」
「はい。それよりも……ドラゴンのお肉、食べましょう」
「あはは……。うん。そうだね!」
ドラゴンのお肉はそうそう市場に出回らない高級品だ。調理方法をスマホで調べて、しっかり美味しく料理しないと。
「楽しみだね!」
「楽しみ、です!」
どんな味するのかな。本当に、楽しみだ。
「ところで、凪沙」
「うん?」
「ダンジョンの話を……」
「あ」
そうだった。すっかり忘れてしまっていた。ここまで来たらもう帰宅してから話せばいいかな?
「家で話すよ。それでいい?」
「もちろん、です」
それじゃあ、さっさと買い物を済ませて帰るとしよう。
「今日はドラゴンパーティだ!」
「パーティ……!」
がんばってリンネちゃんに喜んでもらおう!
ドラゴンのお肉のオススメは、シンプルにステーキみたい。お肉そのものの味が強すぎて、下手な料理だと中途半端になるのだとか。
ということで、豪快に肉厚のステーキにしてみた。中はちょっと赤いけど、大丈夫、かな? 解毒の魔法ぐらいなら私でも使えるし、寄生虫とかはそれで対応できるけど……。
「ドラゴンステーキだ!」
「おー……!」
リンネちゃんの目の前にステーキを置くと、目を輝かせて喜んでくれた。こんなに大きいステーキはそうそう見ないからね。リンネちゃんからすれば、ステーキそのものが初めてかもしれないけど。
「とりあえず塩こしょうを振ってみたけど……。ステーキソースがいるなら、これもどうぞ」
「これは……なんです?」
「ステーキとかにつけるソースというか、タレというか……。ただ、このステーキにはいらないかもしれないけどね」
リンネちゃんの目の前に置いたのは、小さい瓶に入ったステーキソースだ。あまり量はないけど、私たち二人だけだし大丈夫だと思う。
あとはステーキのお供にごはん。ステーキにご飯はやっぱり必要かなって。ついでにサラダ。お野菜も取らないとね。
「それじゃあ……。いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせてそう言ってから、ナイフとフォークを手に取った。まずはリンネちゃんの反応を見守ろう。
リンネちゃんはナイフとフォークに少し戸惑っていたみたいだけど、私が切ってみせると同じように真似して切っていった。そのまま、お肉をぱくり。
食べた瞬間に目をまん丸にして固まってしまった。美味しいのか微妙なのか、この反応からじゃちょっと分からない。
「リンネちゃん……?」
「…………。美味しい、です……!」
「ほほう」
ためた、と言うかなんというか……。おもしろい反応だなあ。
それじゃあ、私も一口、食べてみる。切ってあったお肉を口に入れる。するとその瞬間、濃厚な旨みがあふれ出てきた。
お肉の味だとすぐに分かるんだけど、不思議とくどくない。塩胡椒の味も微かに感じるけど、これは肉そのものの味が濃すぎてほとんど分からないと思う。ステーキソースはいらないね。
下手な料理だと中途半端になる、というのも納得だ。私だったらどう料理してもこのお肉の味に引っ張られてしまうと思う。
確かにお肉としては最高に美味しいけど……。料理の素材にはなり得ない、なんとも不思議なお肉だ。いや、ステーキで十分だけど。それぐらい美味しいから。
お肉の味が濃いから、ご飯と一緒に食べるのもまたいい。ご飯がすすむ。
「うん。本当に美味しい。リンネちゃんも……」
「もぐもぐもぐもぐ」
「…………。おお……」
ナイフで切るのが面倒になったのか、いつの間にかフォークでど真ん中をぶっさして、豪快に食べ始めていた。ソースは使ってないとはいえ、肉汁がぽたぽた落ちてしまってる。明日は洗濯で大変かも……。
「んぐ……。魔法で……汚れ、落ちる、です」
「あ、うん。そうなんだ……」
顔に出ていたのか、私を見たリンネちゃんがすぐにそう言った。でもゆっくり食べればよかったと私は思うんだ。いや、いいんだけどね。美味しいものは勢いよく食べたくなるよね。
それにしても……。食べる姿は、子供そのものだ。見た目相応か、むしろそれより幼く感じてしまう。大人なら怒るかもしれないけど……。私は、かわいいと思ってしまった。
だから、ついつい隣に座って撫でてしまっていた。
「はぐはぐ……。凪沙?」
「あ、ごめん。嫌だよね」
「んー……。別にいい、です。気持ちいい、ので……」
「そう?」
「はい」
リンネちゃんがそう言うなら、このまま撫でさせてもらおう。
撫でながら、リンネちゃんを眺める。私に撫でられながらも口の動きは止まらない。小さな口でもぐもぐと食べ進めてる。それが小動物みたいで、可愛らしい。
「妹が生きていれば、こんな感じだったのかな……」
私の妹は小学生にすらなれなかった。だから、つい、成長していたらと思ってしまう。無事に生きていたら、今でも私に甘えてくれていたのかな。
そんなことを考えていたら、リンネちゃんがじっと私のことを見つめていた。
「凪沙。教えてほしい、です。ダンジョンのことを」
「リンネちゃん……」
「辛いことを……思い出させる、とは、思うですが……。記録ではなく……人の感覚で、知りたい、です」
「…………。うん。わかった」
もともと私が教えることになってたからね。いつの間にかこんな時間になっちゃったけど……。私の記憶でよければ、リンネちゃんに話してあげたいと思う。
あれは、十年前、私がまだ六歳の時の話。…………。
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