・ドラゴニュート


   ・・・・・


 Aランクパーティ、ドラゴニュート。日本での最上位のパーティであり、東京ダンジョンの攻略記録を持つ、つまり一番深くもぐった十人のパーティだ。

 そのパーティのリーダー、藤堂隼人(とうどうはやと)は絶望的な状況を前に途方に暮れていた。


「どうすればいいんだ、これ……」


 隼人の目の前にいるのは、巨大なドラゴン。赤い鱗のドラゴンで、炎のブレスの他に高威力の炎魔法を使うドラゴンだった。

 このドラゴンは突如として隼人たちのパーティの前に現れ、襲ってきた。戦ったがどうあっても勝てる相手ではなく、逃走を選択。だがこの部屋に入ってきた通路に戻ろうとしたところで、ドラゴンに魔法で炎の壁を作られ、失敗に終わった。

 こうなれば戦って勝つしかない、と全員覚悟を決めたが、ドラゴンは襲ってこなくなり、こちらの様子を見るだけになっている。

 相手に襲うつもりがなくなった、というわけではない。こちらの様子を眺めて楽しんでいる。ただそれだけだ。


 この部屋にはドラゴンが塞ぐ道と炎の壁でふさがれている道の他に、もう二つ、道がある。部屋の両側にある通路だ。おそらくこのどちらかの道を選べば、ドラゴンは襲ってこないのだろう。

 その通路の先は、死の罠だから。

 両方とも急な斜面になっており、その先は猛毒の沼だ。隼人のパーティにも魔法使いは三人いるが、あの毒沼の毒は彼らの魔法ですら治癒できない。

 ならば通路に入って斜面になる前の場所で助けを待つか。その場合は、ドラゴンのブレスで焼き殺されるだけだ。

 あのドラゴンは、こちらの絶望の選択を待っている。死の罠と知っていて左右の道を選ぶか、ドラゴンとの絶望的な戦いに挑むか。


「どうすればいい……」


 悩む。考える。どうにかして、ここから逃げる術はないのかと。

 魔法使いたちが救難要請の魔法を使ったが、ここはAランクパーティですらなかなか来れない階層だ。期待などできないだろう。


「リーダー」


 隼人が悩んでいると、声をかけてきた者がいた。パーティの盾役の男だ。


「やるしかないだろ。あいつがいつまでも待ってくれているとは思えないぞ」

「それは……そう、だな」


 言う通り、あのドラゴンがずっと待ってくれるとは思えない。いつまでもこちらが動かないと、いずれは蹴散らすために動くはずだ。

 それなら、せめてあいつがこちらを侮っている間に、隙だらけのあのドラゴンに可能な限りの攻撃をぶち込んだ方がまだいい、はずだ。


「よし。魔法使いの三人は、魔法の準備! 後のことなんて考えなくていい! 全ての魔力を使い切るつもりで、全力でいけ!」

「はい!」


 隼人の声に、魔法使いたちがすぐに杖を構え、詠唱を始める。高まっていく魔力にドラゴンも当然気付いているだろうが、こちらを見つめるだけで何もしない。


「盾役はドラゴンが動いた時に対処できるように準備だ! あいつが動いたら、死ぬ気で魔法使いを守れ!」

「おう!」

「俺たち前衛は、ドラゴンが動かないなら、魔法の後に追撃だ。動くなら、少しでも気を逸らすために全力で攻撃をしかけるぞ!」


 魔法は詠唱などで時間がかかるが、その分威力は絶大だ。ダンジョンの深い階層での戦闘は、前衛で足止めをし、魔法で一掃するというのが基本のパターンになる。

 今回もそのつもりだったが……。


「動かないですね、ドラゴン……」

「はっ! おれたちなんて眼中にないってか!」

「なめられたものだな……!」


 ドラゴンは一切動かない。ただ静かにこちらを見下ろすのみ。

 やがて、魔法使いたちの詠唱が終わり、すぐに魔法が放たれた。

 巨大な雷を落とす魔法だ。極太の雷がドラゴンへと落ち、そのまま大爆発を引き起こす。その煙が晴れる前に、隼人は叫んだ。


「追撃!」


 普通の魔物なら、この魔法で間違いなく倒せている。だが、あのドラゴンはだめだ。ただの直感だが、隼人は確信していた。

 確信、してはいたが。


「くそっ! 鱗固すぎるだろ……!」

「刃通らないよこれ!」

「……っ! 引け!」


 こちらの直接的な攻撃は一切意味がない。それを察して、隼人は前衛全員に一度引くように指示を出す。当然ドラゴンの反撃を警戒したが、しかしそれがやってくることはなく。

 それもそのはずで。煙がはれてドラゴンの姿が見えた時、隼人はその光景が信じられなかった。


「はは……。傷一つないのか……」


 あの雷の魔法は、隼人たちのパーティの最大火力だ。にもかかわらず、傷一つない。ドラゴンは悠然とその場に居続けている。何事もなかったかのように。

 結局、隼人たちの攻撃は、ドラゴンにとっては対応するまでもないものだった、というわけだ。


「くそ……」


 さすがにその事実はこたえたのか、多くの仲間が武器を取り落とした。拾うこともできず、絶望に支配されていく。

 それを見て。その絶望の様を見て。ドラゴンが笑った、ような気がした。

 ドラゴンがゆっくりと口を開く。口の中では炎が揺らめき、その炎はあっという間に大きくなっていく。ブレスだ。

 目で見て、肌で感じて、理解する。あのブレスを防ぐ手段は、ない。


「ここまでか……」


 隼人が諦観のため息をつき、ドラゴンがブレスを放とうとして。

 その声が聞こえてきた。


「見つけた、です」


 小さな、高い声。少女のものだと分かるその声の直後、隼人たちとドラゴンの間に透明な壁が現れた。ドラゴンのブレスはその壁に阻まれ、こちらに届くことはない。

 さらに驚くべきことに、その壁はブレスを受けてもびくともしていなかった。


「は……?」


 唖然とする隼人たちの前に、黒いローブの小柄な人影が上の方から下りてきた。いつの間にこの部屋に入ってきたのか、隼人たちは気付かなかった。


「生きてる、です?」


 先ほどと同じ、高い声。フードを目深に被っているために顔は分からないが、やはり少女らしい。この少女が、あの透明な壁を作ったのだろうか。


「ああ……。君が助けてくれたのか?」

「はい、です。そのまま……待っていてほしい、です」


 少女はそう言うと、振り返ってドラゴンと相対した。戦うつもりらしい。


「ま、待ってくれ! 一人だと……」

「ん」


 少女が持っていた杖を軽く振るう。それだけで、ドラゴンの翼が切り落とされた。


「は?」


 何が起きたのか分からない。攻撃の魔法を使ったのだろうとは思うけれど、どういった魔法なのか見当もつかない。

 混乱し続ける隼人たちの目の前で、その蹂躙は続いていく。

 少女が杖を振るう。今度は両前足が切り落とされ、ドラゴンはその場に倒れ伏した。

 少女が杖を振るう。後ろ足が切り落とされ、宙に舞った。

 少女が杖を振るう。ドラゴンの体が深く切り裂かれた。


「なるほど」


 得心したように頷き、少女が杖を振り上げる。ドラゴンはすでに戦意を喪失し、少女を怯えた目で見ていたが、少女は意にも介さない。

 慈悲もなく。容赦もなく。少女は先ほどと同じように杖を振るい、そして、ドラゴンの首が切り落とされた。

 あっという間だった。隼人たちは日本でも有数の高ランクパーティであり、最上位パーティの一つだ。そんな自分たちが手も足も出なかった魔物を、いとも簡単に倒してしまった。


「すごい……」


 仲間の誰かがつぶやく。隼人も同意見だが、同時に恐怖も覚えていた。

 あの少女が何者なのか、全く分からないから。

 あれほどの魔法を使う冒険者。間違いなく高ランクの冒険者だろうが、隼人たちはあの子のような冒険者を聞いたことも見たこともない。

 そもそも、冒険者になれるのは義務教育が終わった者、つまり十六歳からだ。あんな小さな子は冒険者になれるはずもなく、ダンジョンにも入れないはずなのだ。

 あまりにも正体不明すぎる。新種の、人型の魔物だと言われた方が納得できるほどに。

 少女がゆっくりと振り返った。やはり顔は見えない。


「倒した、です。自分で帰れる、ですか?」

「あ、ああ……。何人か魔力を使い切ったから少し休まないといけないけど、ちゃんと帰れるよ」

「魔力、ですか」


 少女が杖を振り上げる。隼人たちは思わず警戒したが、すぐに別の魔法だと気が付いた。

 湧き上がるような力を感じたから。


「すごい……魔力が回復した……!」


 魔法使いたちの声。つまりはそういうことらしい。


「わたしの……魔力を、わけた、です。足りる、です?」

「大丈夫! ありがとう!」

「ん……」


 少女は頷き、その場で振り返る。ダンジョンの奥へと続く通路を見て、小さくため息をついた。何かをつぶやいたようだが、隼人には聞こえなかった。

 それでは、と少女が杖を掲げる。おそらく、このまま帰ってしまうつもりだろう。だからすぐに隼人は呼び止めた。


「待って! 待ってほしい!」

「ん……?」

「ドラゴンの素材はどうすればいい!? いらないのか!?」


 隼人たちでは太刀打ちできず、この少女が一人で倒してしまったようなものだ。だから当然、ドラゴンの素材の所有権は少女にあるのだが……。

 少女はドラゴンの死体を一瞥し、首を振った。


「いらない、です。欲しいなら……持っていくといい、です」

「な!? いや、さすがにそれは……」

「それではさらば、です」


 少女は今度こそ杖を振り、その場から忽然と姿を消してしまった。


「うそ……転移魔法……!? 人が使える魔法なの!?」


 魔法使いの仲間の声。隼人も、人が転移魔法を使えるなんて聞いたことがない。魔物ですら見たことがないほどで、現在知っている転移の魔法はダンジョンの魔法陣だけだ。


「なんだったんだろうな、あの子」


 仲間の声に隼人は肩をすくめる。気にはなるが、けれどとりあえず今は。


「このドラゴンをどうするか、だな」


 捨てていくわけにはいかない。それだけドラゴンの素材というのは貴重なものなのだから。

 短い相談をして、とりあえずはアイテム袋に入れて持ち帰ることになった。あの子を見つけることができれば、改めて相談しようと思う。

 今はともかく、全員無事に生きて帰れることを喜ぼう。


   ・・・・・

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