第32話 自分が変われば、世界は変わる
「なんか僕、面白い事言ったかな?」
アタシが笑っているのを見て、壮馬は不思議そうに首をかしげていた。
「いや、こっちの話だから、別に。フフッ」
「そう……? ならいいんだけど……」
壮馬は困惑気味ではあったが、ちょっとおどけたような笑顔を見せた。
そして、何か言いたげな目線をアタシに向けた。
「なにかあるなら言っていいよ」
一瞬の間の後に、壮馬が言った。
「その、それでさ、学校には行く気になったか?」
「…………あんまり。確かに信頼できそうな人は増えた。そういう人がこの世界には確かにいることも分かった。でも……あの場には行きたくない」
壮馬の停学処分の発表から少し時間が経ったが、それでもあの場の彼を中傷する雰囲気は変わらないだろう。寧ろ時間が経てば経つほど、噂などに信憑性が付く。壮馬のせいにしたい教師達もその噂に乗っかるだろう。
「やっぱり、嫌いな人間が沢山いるからか?」
「……そうなる。アタシは醜い人間が一杯いる中で生きていけるほど、強くない。それに……自分も醜いことに気づいてしまったから」
アタシは苦虫を嚙み潰したような不愉快さを覚えながらも壮馬に言った。
壮馬はその言葉を受け止めているようだった。
「……どうしてそう思ったの?」
言うかを悩んだ。言ったら、壮馬に幻滅されるかもしれない。
けど、ここまでアタシのことを考えてくれる壮馬に嘘をつきたくはなかった。
「気づいた。壮馬が停学処分になったのは教員の自己保身だって。アタシはそれに失望した……。けど、アタシが引きこもっているのだって、自己保身でしかなくて、両親を離婚させたのも自己保身でしかない……結局アタシも同類なんだって」
壮馬が決して目を逸らさずに頷きながら聞いてくれるから、アタシは最後まで自分の汚さを話すことができた。
でも、何で壮馬は頷いているんだ?
「分かる、凄い分かる……。まさか、美乃梨も僕と同じような悩みに陥るなんて」
「壮馬もアタシと同じように、自己嫌悪してた時期があったんだ……」
仲間を見つけてちょっと安心してしまった。
同時に、こんなことで安堵感を覚える自分に嫌気が差す。
「それはもう。美乃梨に振られたときなんては自己嫌悪だらけだったよ」
アタシは何も言うことが出来なかった。
当時は別れた理由を告げることは無理だったし、振られた方からすればそういう反応になるのも当然のことだと思う。
「あの頃は親とか信頼できる友人、親戚とかに色々と相談した。大体の人に【壮馬が弱いから、愛想尽かれた。だから見返せるほどに強くなれ】って」
「な、なんかごめん。でも、そういう意図は全然無くて……」
あの頃はアレが穏便にことを済ます方法だと信じていたのだ。
でも、それだと不思議だ。
壮馬は再会した時に真っ先にアタシに謝った。それは――。
「分かってるよ。だから、美乃梨がずっと僕を守っていたのは分かっていた。そんな美乃梨を見返す? 違うだろ。今度は僕が美乃梨を助けられるように強くなるんだって。そう決めたんだ」
壮馬は遠い目をしていた。
だけど、その瞳には未だに強い決意が宿っているように見えた。
「そうなんだ。そんなに昔からずっと……」
「そもそも僕たちって別に互いが嫌いになって別れたわけでもないし。美乃梨のことは今でも好きだし」
平然と好意を混ぜ込んできた壮馬。
アタシは余りの急さにむせてしまった。
「いきなりそんなこと言わないでよ! びっくりするでしょ!」
「……そんなこと言ったって。美乃梨だって勉強会の時に、唐突に気持ちを告げて来たじゃんか!」
「そ、それは……そうなんだけど」
どうしても素直に日頃から抱えていた壮馬への気持ちを言えなくて。でもちゃんと告げないといけないのは分かっていたから、ああした。だけど、壮馬にとってみれば、いきなりの告白だったに違いない。
「じゃあ、お互い様ってことにする。それでいい?」
アタシはそう提案した。
まだ寄りを戻したわけでも何でもないのに、このやり取りは恥ずかしいが過ぎる。
「そうしようか。それにしても話が逸れに逸れちゃったな……何の話してたっけ?」
「自己嫌悪の話」
「そう。それで自己嫌悪を止めるために、というか、次は美乃梨を助けられるように、自分を変える努力を始めたんだ」
言われて合点がいった。
再会した当初、壮馬はアタシが知るかつての幼馴染の元カレとは随分変わっていた。勝手に時間が彼を成長させたのだと思っていた。だけど、違ったのだ。
「自分を変える努力って……?」
「具体的に陸上部に入って体作ったりだとか。物怖じしないために、中学の頃は生徒会に入ろうとしたこともあった。あとは勉強したりだとか、兎に角、自分を高められるように努力した」
かっこよくなったのも、昔のおどおどした性格が変わったのも、この高校にいるのも、努力があったから。
「壮馬は変わろうと思って努力したから、変わったんだ」
「そういうことになるかな」
昔は生物としてアタシの方が前を走っていたような気がしていた。言い方を変えれば、勝手に壮馬のことを下だと思っていた。
だけど、こうやって何かを為すために必死に努力を積み重ねられるように彼は成長した。なのに、自分は――。
「壮馬は凄いね」
「そうかな? 美乃梨だって変わろうと思ったからマークⅡを作って学校に通わせていたんだよね。それだって、努力があったからじゃない? そうやって、学校に通ってくれたから、僕と再会できた。牧瀬とも友だちになれた」
壮馬に言われて気がつく。
アタシだって変わろうとしてきたのか……。
ただただ自分が嫌いな世界の中であがいてきただけなのに。
「……ありがとう」
「そんな感謝されるようなことは言ってないよ」
例え壮馬が何とも思っていなくとも、肯定されたのがちょっとだけ嬉しかった。
「だから、さ。美乃梨も自己嫌悪に陥っているなら、そういう自分を変えられるように少しずつ積んでいけばいいんだよ」
「自分を変える……」
簡単なことではないのだろう。
だから壮馬は少しずつと言ってくれたのだ。
「自分を変えれば、世界が変わって見えることもあるかもしれないからね。美乃梨が自己嫌悪を止めたいのなら協力するよ」
壮馬から差し伸べられた手を取ろうとしたが、アタシに拒否感が生まれた。
ずっと彼に頼り切りになってしまう。いつまで経っても対等にはなれない。
それでは駄目だ。
アタシは壮馬や香蓮たちと対等になりたいのだ。
引きこもりで優しい人に守られている今の、自己嫌悪すべき自分ではいけない。
でも、だからと言って、アタシの自己嫌悪を解決しつつ、醜い世界(学校)側を変える方法なんて…………。
ある。
壮馬がそのヒントを出してくれたではないか。
「壮馬。アタシを舐め過ぎ。あなたが一人で変われたように、アタシも一人で変わってやる。一週間後に事を起こすから待ってて」
アタシは壮馬を家からはじき出した。扉の向こうで何か言っているようだが、気にしない。そもそもアタシは壮馬のためなら何でもできる。
そしてアタシはスマホを見て、何年も連絡を取っていない相手にメールを送った。
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