第19話 社会的な死
なんだか、美乃梨はあの勉強会の日を境に変わった気がする。
今まで彼女とは必要最低限のやり取りしか交わしていなかった。
それが気づけば……。
『目薬買って来て』
『学校に忘れたスマホ取ってきて』
『今度販売するゲームのバグチェックして』
『暇つぶしにアタシの家に来て』
などの頼みごとを事あるごとにしてくるようになった。
良い意味で言えば遠慮が無くなった。再会した当時にあった冷たさは消えて柔らかくなった。小学生の頃の力強さみたいなものを僕の前では見せるようになった。
悪い意味で言えば僕をいいように使うようになった。
思わず、目の前にいた手貝に愚痴をこぼしてしまう。
「はあ、最近は疲れるよ」
「そうなのか、てっきり最近の壮馬は充実してるもんだと思ったけど」
その愚痴に応える手貝は何だか楽しそうだった。
明らかに疲れた様子で伏せっている奴に向かって呑気なことを言ってくれる。
「どこかだよ。僕は疲れているんだって」
「疲れているかもしれないけど、帰り際とか機嫌が信じられないくらいに良いし、前ならもっと気怠さ全開だったぞ」
「そ、そうだったけかなあ?」
心当たりが無きにしも非ず。
確かに美乃梨に家に来いと言われた日は、気分が上がっていたかもしれない。
あれ? そう考えるともしかして僕って美乃梨に振り回されるのが、結構好きなのかもしれない……。なんだそれは。
「おっ、そろそろ、チャイム鳴るな」
手貝はそうして自席へと帰っていった。
あいつ、人の変化を読み取るのが上手すぎる。
これから始まるのはHRだ。
何でも朝、担任の中瀬先生が言っていたが、今学期に行う、地域の奉仕活動について話し合うらしい。
グループ分けなどを行うようだが……。
教室に中瀬先生が入って来た。
自然と視線が前に誘導されてあることに気がつく。
あれ、美乃梨は……?
美乃梨が席に座っていないのだ。キョロキョロと辺りを見回すがどこにもいない。
そのことに気づいたのと同時くらいに、ポケットの中で僕のスマホが震えた。
中瀬先生に気づかれないように、こっそりとスマホを机の下で見る。
送信元は【水野美乃梨(ホンモノ)】。
『ヘルプ! マークⅡのバッテリーが切れた』
美乃梨からのメッセージで起きている事態の深刻さを何となく把握する。
恐らくどこかで機能を停止したマークⅡが倒れているのだ。
マークⅡを回収なり、バッテリー交換? なりをする必要があるのが、今回の協力者の使命というわけだ。
ただ、面倒なのは牧瀬や桃井たちも、帰って来ない美乃梨を心配しているだろうことだ。
彼女らに動かれて、マークⅡを発見されると困ってしまう。
でも、学校での美乃梨と僕の関係を他の人から見れば、良いものではない。
素直に探しに行ってきます、とは言えない状況。
けれども、上手いこと言い訳もできないので……。
速さ勝負に出ることにした。
『中瀬先生! 玄関にあるペットボトル入れの上に財布忘れて来たことに気づいたので、取ってきます』
『あ、うん。道草せずに帰って来るのよ』
『当たり前です!』
嘘です。道草にしか理由はありません。
教室を出ると周りのクラスの迷惑にならない程度に早足で歩く。
スマホを見ると、美乃梨から新たな情報が届いていた。
『場所は五階の女子トイレ。バッテリー交換の最中だった。あなたには、その続きをやって欲しい。ファイト!』
女子トイレ……。
入ったのが誰かにバレたら社会的に死ぬのは必然。それでも美乃梨の秘密を守るにはやるしかない。
なんか、最後のファイトがウザい。
彼女なりに、結構きついことをやらせている自覚があるのだろう。
普段ならファイトなんて励ましのメッセージを送ってくれないから。
それにしても、って感じだろう。
少し不満を感じながらも、やって来たのは五階の女子トイレ。
目の前に来て、余りにも一歩が重すぎることに気づく。
入ったら犯罪者の仲間入り……だけど、入らざるを得ない。
だって、彼女は言ってくれたのだ。
【カッコいい】って。
僕が動く原動力は、美乃梨の一言さえあればいい。
一歩踏み出して女子トイレの中へ。
何も見ないようにして、マークⅡがいるという個室をよじ登って、入る。
するとそこにはまるで割腹しているような姿のマークⅡがいた。
手には四角いバッテリーらしきものを抱えていて、その開かれた腹の中は空洞があった。多分ここに嵌めれば良いと思うが、念のために、美乃梨に電話をかける。
『色々と恥を忍んで、マークⅡのところまで来たけど!』
『いや、ごめんごめん』
こっちは学校生活をかけて来てるのに、謝罪が軽すぎる。
次に美乃梨の家でご飯を作る時は、料理に大量のからしでも混ぜてやろうかな。
『……それで、これは――』
美乃梨にこれからどうしたら良いのかを聞こうとしたのだが。
『水野さん! いる!?』
やって来てしまったのだ、牧瀬が。
恐らく、僕が消えた後に美乃梨が帰って来てないことを中瀬先生に告げて、捜しに来たのだ。
この個室は鍵がかかっている以上、誰かがいるのは明白。
『壮馬、マークⅡのお腹から出てるケーブルをあなたのスマホに繋げて』
僕は物音を立てないように無言で彼女の指示に従った。
そうすると……。
「牧瀬さん。ちょっと調子が悪くてトイレに籠っていただけだから、大丈夫。もう少ししたら、教室に戻るって中瀬先生に言っておいて」
マークⅡが話し出したのだ。
「そっか、良かった~。でも、何かあったら、連絡して欲しいな。いきなりいなくなっちゃうと皆心配するからさ」
「そうですね。ごめんなさい」
「じゃあ、私は中瀬先生に報告してくるね」
「ありがとうございます。牧瀬さん」
牧瀬の足音は遠ざかっていった。
何とかやり過ごすことに成功したらしい。
見つかったら僕は社会的な死。美乃梨は秘密の漏洩。
何とか危険を回避できたことにホッとして、壁に寄っかかった。
『助かったあ~、ほんとに死ぬかと思った……』
『壮馬が来るのが遅れてたら、アタシも危なかった……』
美乃梨がマイクの向こうで安堵している様子が目に浮かぶ。
それにしても。
『これ、どういう仕組みなの?』
『アナログでマークⅡのマイクに接続できるようにしておいただけ。動作チェックの時にだけ使う』
僕のスマホの端子がマークⅡのケーブルに対応して無くても詰んでいた。
『あ~ほんとに良かった』
『アタシも牧瀬さんの記憶は消すのは面倒だし……助かった。ありがとう壮馬』
『どういたしまして』
何とか危機を乗り越えた僕と美乃梨は教室に帰ることに。
同じタイミングで帰るのも変だから、バッテリーを交換したマークⅡを先に帰らせ、自分はその五分後くらいに戻った。
「徳永君、帰って来るのが遅すぎるわよ」
「す、すいません。途中で腹が痛くなって……」
椅子に座って、黒板を眺めていると、地域奉仕のグループ分けが書いてあった。
火原祭り……牧瀬・水野・手貝・徳永。
地域奉仕のグループ分け、勝手に決められてるんだけど……。
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