第21話 見たい浴衣

 公民館からの帰り道、どんな動画を取ったらいいかを僕らは話し合うために、チェーン店のカフェに来ていた。


「永田さんからメッセージが来ました」


 美乃梨のスマホを皆で覗き込む。

 僕が近づくと牧瀬は露骨に嫌そうな表情をした。

 

 せっかくだから、読み上げてみる。


「『取って欲しい動画は二つになります。一つは皆さんが浴衣や甚平を来て、祭りをPRする動画。もう一つは皆さんにお任せします。素材さえ取って来てもらえればこちらで編集します』だってよ」


「……オリジナルってことだよな」


「……そういうことになるわね」


 手貝と牧瀬が頭を抱える。

 そこまで悩むことなのだろうか、適当にやれば良いと思ってしまった。


「よく分かってないけど、そんなに難しく考えなくても良いんじゃないか?」


 呑気に呟いてみると。


「そんなに簡単なわけないでしょ! 一番簡単な動画の取り方が永田さんに封じられちゃってるんだから」


 牧瀬は僕の発言に対して、露骨に怒りを見せた。

 そんなに怒られるほどのことを言った覚えはないが……、やっぱり僕のことが嫌いなのだろう。


「いや、牧瀬さん。そ、徳永くんが言ってることはあながち間違っていないかもしれませんよ」


「水野さん、別にこんな奴の肩を持つ必要なんて無いよ!」


 もうナチュラルに僕の扱いが酷い。

 もう殆ど確定的と言っていいほど、牧瀬からの僕の評価は最低だ。


「肩持ったとかではないですよ。ただ、徳永くんの意見にも一理はあるからです」


 マークⅡは注文した普通のホットコーヒーを飲んでから言った。


「向こうが求めているものは、学生らしい未熟な動画ではないか、という考え方もできるような気がするのです」


 美乃梨のそのカバーにすかさず僕も乗っかる。


「そうだよ。僕はそれが言いたかったんだ」


「あんたは黙ってなさい! でも、水野さんが言ったように考えるのもアリだね」


 美乃梨の捉え方の良いところは僕でも分かった。

 ある程度、学生がノリで作ったような低クオリティの動画でも許されることだ。


「でもさ、その方向性で行くにしても、どういう動画を取るかは決まらないよな」


 手貝の言う通りだった。話が結局振り出しに戻って、皆、黙ってしまった。

 こういう宣伝のために、学生が撮るべき動画がなにかなんて分からない。


 学生が宣伝のために撮る動画……、宣伝するとき。


「学園祭……?」


 ふと頭に浮き出てきた言葉を言ってしまった。

 ヤバイ、また牧瀬に文句言われると思ったが、反応したのは手貝だった。


「学園祭か! そういえば、中学のときに高校の学園祭を調べた時があったな。その時に、うちの学校の先輩が作った動画を見たような……」


「では、その動画を確認してみましょう。手貝くん、その動画を検索してくれないでしょうか?」


「もうやってるから、ちょい待ち~」


 何となく言った言葉が上手い感じでハマったようだ。

 それから、手貝が動画を探し出し、僕たちに見せた。


「なるほど、インタビュー形式ってわけね」


 先輩たちの動画はクラスメイト一人一人が学園祭への想いを語るというもの。

 

「この形式ならやりやすいし、良いんじゃないか?」


「私も手ごろだし良いと思う」


「そうですね。火原祭りの関係者に連絡を取る手間はありますけど……、徳永くんはどう思いますか?」


 マークⅡ用の外行き用の微笑みが降りかかる。

 やっぱり、本物の美乃梨の方が可愛いなと思いながらも、僕は答えた。


「僕も賛成……みんなが迷惑じゃなければ、僕が連絡係するよ」


 ここでしっかりと仕事ができることを見せつけよう。

 そうすれば、牧瀬が抱いている僕への印象だって変わるはず。


「いや却下。あんたには任せられない。私がやるわ」


 牧瀬に冷たく却下された。同じグループなんだから、信頼して欲しい。


「そこを何とか……!」


「嫌よ。あんたなんかに任せたら、どうなることやら」


「……分かったよ。よろしくね。牧瀬さん」


 もっと反対してもよかったけど、手貝と美乃梨の二人に悪いから辞めた。

 美乃梨のために、牧瀬は必要な友達だ。

 ちょっとでも美乃梨に、世界はゴミカスみたいな人間ばかりでないことを示してやるためにも。


 だから、どこで牧瀬と仲良くなりたいのだが……。


◆ ◆ ◆


 牧瀬が火原祭りの関係者に連絡を取り合っている間に、永田さんによる動画撮影の日がやってきた。


 甚平は着やすいが、浴衣の着付けには時間がかかる。

 僕と手貝は二人で女性陣を待っていた。


 意外にも力を入れるようで近所の写真スタジオで撮影をするらしい。

 目の前にはデカいグリーンバックが置いてある。


「いやー、良かったな壮馬。お前の大好きな水野ちゃんの浴衣姿が見れるぞ!」


 手貝が良いネタが入ったとばかりに僕のことを揶揄いにくる。

 確かに彼が言うように美乃梨の浴衣姿は見たい……見たいが……。


「別にそこまで嬉しくない」


「はあ!? 嘘だろ、お前。大好きな水野ちゃんの浴衣を見たくないってわけか? 壮馬! それは男としてどうなんだ?」


 なんかやけに熱が入っている。

 もしかして手貝は女子の浴衣姿が好きなのかもしれない。


「いや……美乃梨の浴衣姿を見たくないのは諸事情があるんだよ」


「そうなのかあ。もしかして前付き合ったころにお祭りで何かあったとか?」


「そんな感じだな」


「それはご愁傷様だ……」


 手貝が僕を哀れんでいるようだった。

 一方の僕と美乃梨の間に、お祭り関連で悲しい記憶は一切ない。ただ、否定しても話が面倒になりそうだったから。ごめんな手貝。


 そもそも僕が見たいのは本物の美乃梨の浴衣姿だ。

 マークⅡの浴衣姿何て見てもしょうがない。


「おっ、来たぞ」


 牧瀬はピンクと青い花が彩られた浴衣を着ていた。

 牧瀬の活発さを表現したような浴衣と彼女が似合っている。


 マークⅡは髪をお団子にしたらしい。人間離れした彼女を称えるように着せられた、控えめな色合いの浴衣がフィットしている。

 ただ、その表情にはどこか迷いがあるように感じて……。


「いやー、二人とも似合ってるなあ」


 手貝が女子二人組に軽口を飛ばす。軽く言っているけど、お世辞ではない。


「ありがとうございます。手貝くん」


「手貝は見る目あるね」


 僕は彼女らの浴衣姿に対して何もコメントすることができなかった。

 そんなことより、マークⅡが微妙な表情を見せたのが気になっていた。


「では、皆さんそろいましたので、撮影を始めましょうか」


「「「よろしくお願いします!」」」


 撮影はつつがなく終わった。

 だけど、マークⅡが見せた表情はずっと喉の奥に刺さり続けていた。あれは一体何だったのだろうか? 

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