第22話 友だち以下

 撮影終了後、僕は美乃梨に連絡を取った。


『どうした? 壮馬の方から通話してくるのはう、嬉しいけどさ……』


 最近は二人っきりの会話だとこうやって、僕への好意を隠さない。

 再会した頃のような冷たさはどこかへ消えてしまって、まるで付き合い始めた頃を髣髴とさせる。

 それが、可愛くて仕方ないのは良いのだが、とりあえず本題だ。


『さっきの撮影が始まる時、なんか微妙な顔して無かったか? 普段から仮面を被っている美乃梨がわざわざマークⅡの表情に反映されるくらいには。なにかあったんじゃないかって、心配して』


『なるほど。わざわざ、それで通話をしようと思ったのか……、壮馬はやっぱりアタシのことをよく見てる!』


 直に話していたら、胸でも張っていそうなくらいには自慢げな口調だ。


『そりゃ、見れる時はいつだって、君のことを見てるけどさ……』


 なんか、こっぱずかしい会話してる。

 決して嫌なわけではないけど、このままでは本題に辿り着けない。


『……それよりも、撮影が始まる前に何かあったのか聞きたいんだけど』


『……あの時は、アタシにとってはどうでも良かったけど、アタシ以外の人は良くないって考えるだろうな。で、揺れてる』


 今も美乃梨が自分の中で揺れている様な話し方だ。

 それにしても、普段は自分のこと以外どうでも良さそうな美乃梨が、人のために迷い出す。それは決して悪い事じゃないけど。


『本当にたまたま見つけたんだけど、更衣室の中にカメラが仕掛けられていた』


『……は!?』


 怒りが湧いてきた。

 美乃梨に何をやってくれているのだと。見つけ出して八つ裂きにしてやりたい気持ちが生まれつつあった。


『……でも、アタシは本当に何とも思ってないんだよ。だって、マークⅡの着替えなんて撮られたところで、アタシ自身は傷つかないし』 


 あ、そっか。と少しだけ気分が落ち着いた。

 マークⅡが撮られているので、美乃梨自身は被害にあっていない。

 だけど、それにしろ、美乃梨に悪意を向けていることには変わらない。


『どっちしろ、許すべきことじゃないよ』


『アタシもそれで迷った。アタシは良い。けど、牧瀬さんは生身だから、彼女は確実に被害にあった形になる。だから、あの場で言うべきかどうか、悩んだってわけ』


 美乃梨に気持ちが行き過ぎて忘れていたが、その場には牧瀬もいたのだ。

 それは確かな盗撮被害だし、美乃梨がどうすればいいのか迷うのも分かる。


『撮影の時に告発しなかったのは、あのスタジオの人がやっていたり、永田さんがやっていた場合はもみ消されると思ったから』


『その可能性は十二分にありすぎる……』


 流石に僕や手貝は犯人から除外すると、残りはスタジオの人か永田さんかに限られる。そもそもその両者が手を取っていないとも言い切れない。


『常識的に考えれば、警察なり学校なりに相談するのが吉だよな?』


『それも悩んでいる』


『なんで?』


 僕がそう聞き返すと美乃梨は黙ってしまった。

 スマホ越しに息遣いだけが聞こえてくる。


『…………牧瀬さんに傷ついて欲しくないから』


 時間をかけて美乃梨が出した言葉がそれだった。

 僕は少し嬉しくなった。

 だって、これは美乃梨が他人に損得抜きの心配を、感情を向けているからだ。


 美乃梨が自分のことしか考えていないなら無視しても良い出来事で。再会した頃の美乃梨だったら、他人のことを気遣うなんてことは出来なかったはずだ。


『牧瀬さんのことが心配なんだ』


『…………まあ、学校ではかなり世話になってるし』


 美乃梨が学校でちゃんとやれているのは、牧瀬のお陰という見方はある。

 僕が裏から支えているのだとすれば、彼女は表から美乃梨のことに世話焼いている印象だ。でも、あくまで印象だ。だから、僕は知ろうとする。


『牧瀬さんって美乃梨にとってはどういう人なの』


『ど、どうして今それを聞く?』


『何となくでしか知らないし、美乃梨の友達なら、僕も知っておきたいし』


 僕がそう言うと、美乃梨がマイクを話して、何やらぶつぶつと言っていた。

 その後にしっかりと僕に聞こえるように話し出した。


『牧瀬さんは……他の人間より優しい』


 今の一言で美乃梨がどういう印象を抱いているのかは大体分かった気がする。


『アタシが転校してきて最初に話しかけてくれたのがあの子だった。自己紹介すらしてない、クラスに知らない子がいるって状況に、一切物怖じしていなかった。普通は躊躇があっても良いと思うのに』


『それは凄いな。好奇心の塊って感じなのかな』


 転校生は周りの人が知らない人しかいない。一方で在学生は知っている人がいる。そのときに初対面の奴にわざわざ話しかけに行けるやつがどれだけいるのか。


『最近の様子見てると違う気がする。だって、わざわざアタシのために弁当を分けてくれるから』


『ゼリー飲料しか飲んでないの見てってことか……』


 美乃梨はマークⅡが昼食時に何も食べないのが不自然だからという理由でゼリー飲料をマークⅡに摂取させていた。


『もっと食べないと! って言って、分けてくれるんだよ。こっちとしてはありがた迷惑と言うか……なんだけど、そうやって心配してくれのは、嬉しくないわけではなくて……』


 美乃梨は素直に言葉にするのを躊躇いながらも話してくれた。

 それにしても、そこまでしてくれるともう、好奇心の塊ではなく。


『世話好きって感じだね』


『そう! そうだね……』


 美乃梨の声がどんどんと小さくなっていった。


『……でも、アタシ、人間と関わり合うのが馬鹿らしくなっていたはずに、壮馬や牧瀬さんと関わるのが悪くないって思ってる』


 弱弱しく出された本音。

 恐らく彼女は、どう人を見れば良いのか分からなくなっているのだろう。


『それも良いんじゃないか。世の中には良い人も悪い人もいる。だからさ、信用できる人は信用しても良いんだよ』


『…………壮馬の言っていることは分かる。けど、そんな単純に人を信じられない。けど、それでも、壮馬たちが裏切らないでいてくれたら、アタシは嬉しい』


『当たり前だろ』


『…………ありがとう、言葉だけもそう言ってくれると安心する』


 これはやっぱり、いずれどこかで牧瀬にも美乃梨のことを伝えた方が良い。

 確証だった。


『で、この盗撮カメラはどうするんだ?』


『アタシが独自に調査しようと今は思ってる』


『分かった。何かあったら、僕も頼ってくれ』


 後日、インタビュー動画も撮り終え、祭り当日を迎えることになった。

 それだけ経っても盗撮犯は分からないようだった。

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