第12話 幼馴染の家、再び

 美乃梨の家に着いた。

 明るい時間に来るのは小学生ぶりだ。

 この間も拉致されたときに連れて来られたが、あの時はもう日が暮れていたし、すぐに帰ることに重きを置いていた。


 彼女の家は二階建ての一戸建てだ。

 芝がある庭もあって、そこでは、色々な花や野菜を育てていたのを憶えている。


 それが今となっては雑草の楽園になっている。

 昔寝ころんだ芝生はもう見る影もなかった。

 

 まるで現在の美乃梨の家庭環境だ。

 かつての父と母の面影は一切なく、ガーデニングになど一切興味のない美乃梨の在り方がそこには表れていたような気がした。


 それがどうしても耐えられなくて、気づけば草をむしっていた。

 一本一本根から抜いていく。この中にはもしかしたら、かつて育てていた価値のある草花があるのかもしれない。けど、僕にはそれは分からない。


 綺麗にしてあげたかった。

 この独り身になってしまった美乃梨には無駄にデカい庭を真っさらにしたい。雑草が生えないようにしてあげたい。

 その後、倉庫でも置いて欲しい。

 せめて、残った土地を彼女が有効活用できるように。


 汗水たらしながら少しは綺麗になったかというところで、家の窓から凛とした声が聞こえた。


「……なにしてんの」


「いや、何となく、汚い庭だなと思って」


「ま、いいわ。でも、抜いた雑草は後でちゃんとゴミ袋に詰めて」


「分かったよ」


「あと、中に入ってくるなら風呂入って。汚いし汗臭いから」


「はいはい」


 美乃梨から命じられるがままに、家の中へと入った。

 改めて見て見ると、時間が止まったかのような内装だった。

 

 美乃梨の母親が好きだったペーパークラフトが置いてあったり、美乃梨の父親が読んでいて、捨てるために縛られた漫画雑誌が玄関に置きっぱなしだった。


 出ていくのに荷物を整理しないで消えたのだろう。

 記憶が消されて、逃げるように二人とも出て行ったのが想像できる。


 廊下を歩いて、風呂場へと向かう。

 風呂場に隣接している洗面所には美乃梨の両親の影はなかった。


 そう、両親の影は。

 美乃梨の服は沢山脱ぎ捨てられていた。下着もあって、目のやり場がない。


 ここで服脱ぎたくない!


 美乃梨の服があるという謎の緊張感が僕を襲った。


「壮馬。着替えの服、ここに置いておくから」


「うお! びっくりした」


 だから、突如やって来た美乃梨に驚いてしまった。

 一瞬、彼女は疑問符を浮かべていたようだったが、すぐに軽蔑したような眼で睨んできた。


「……なに? もしかしてアタシの服に発情でもした?」


 受け答えを間違えれば、僕の記憶は消される!

 しかし、他の話題を出そうにも、美乃梨の両親関連の話題しか出てきそうにない。


 そうだ、ここは風呂。

 かつての幼なじみとしての記憶が――。


「そういえば、昔、一緒に風呂に入ったことがあったなあ」


「そんなこと懐かしむな! 気持ち悪い」


 それだけ言い残して、美乃梨は消えていった。

 

 風呂から出た後に、美乃梨が置いて行った服を着る。

 アロハシャツと短パンだった。

 

 リビングへと向かうと、本物の美乃梨がいた。


「その……草むしりありがとう。お礼にエナドリ注ぐから、飲んで」


 正直エナドリは余り好きではないけど、せっかく美乃梨が注いでくれるらしいから、有難く飲んだ。やっぱり甘すぎる。


「それで、アタシはどう人に教えたらいい?」


「ちょっと人にモノを教えるプロにコツを聞いてきたから、共有するよ」


「ほ、ほんと!? でも、モノを教えるプロって誰?」


 美乃梨の表情がかなり明るくなった。

 マークⅡの作り物の笑顔では敵わない美乃梨本来の魅力が溢れ出す。

 こんなに可愛いのだから、マークⅡなんかで顔を偽っているのは勿体ないと思ってしまう。


「教師だよ」


「あ~なるほど。確かに名目上はそういう役割だし、大学で一応、モノの教え方は教わっているはずか……」


 今まで教師に世話になったことのない美乃梨らしい認識が飛び出る。

 教員個人ではなくて、教員のシステム自体に言及する人も美乃梨だけだろう。


「それで、どういうことを聞いた?」


「多分、実際にやりながら教えるのが良いと思う」


◆ ◆ ◆


「試しに今日返却されたテストでやってみるか」


「オッケー。で、アタシは教える側? 教えられる側?」


「教える側で」


 僕はリュックから今日返却された英語の小テストを広げた。


「分からないのはここの日本語訳なんだけど……」


「日本語訳とかいちいちしなくていいよ。英語は読み込んでれば、そのうち頭の中で日本語に訳さなくて意味が分かるようになるから」


「はい、アウト!」


「なぜ! アタシは丁寧に教えた、理解できない壮馬が悪い」


 僕の指摘が納得いかなくご立腹の様子。

 確かに言葉遣いも学校での転校生の水野美乃梨そのものではあったし、彼女なりに心を込めて教えようとしてくれたのは分かるけど。


「まず、一点。一人一人、学習の理解度は違うということ。その人に向き合うことが大切らしい。今の美乃梨は、美乃梨のやり方を押し付けてだけ。その人に合ったように教えないといけない」


「なるほど。壮馬の理解度に脳をチューニングした」


 流石大天才の美乃梨。対応が早い。

 しかし、本当にそれができているのか?


「分からないのはここの日本語訳なんだけど」


「それを日本語風に言うなら~」


 と美乃梨はちゃんと日本語訳をしてくれた。

 じゃあ、もうちょい応用的なことを聞いてみるとしようかな。


「じゃあどうやってこの文を訳したのか、教えて欲しい」


「あ~この文はにはね、固有名詞が入って来るんだけど、とりあえずその単語が何を示すのかを英単語の構造から考えて~」


「はい。アウト」


「いや、流石にこれはおかしい! アタシはちゃんと壮馬の目線に沿って教えようとした!」


 確かに美乃梨の思考を比較的分かりやすく言語化したものではあると思う。

 でも、それはかなり発展的なやり方だった。

 少なくとも素人ができる方法ではない。


「基礎が大事って先生は言ってた。だからもっと簡単なところ、文の構造とか、どれが主語でどれが修飾語なのか、とかを示してあげるといいらしい」


「そんなの授業でもやってること…………授業でもやってるからよほど凡人の教育には効くってことか」


 何だか、美乃梨は教え方を掴み始めて来たらしい。

 どこか楽しげでもある。


「じゃあ次に教えて欲しいとことは――」


 そうして、実戦形式で美乃梨は教え方を吸収していくのだった。

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