第2話 二人の元カノ
目が覚めたときにいた、その空間には見覚えがあった。
窓以外の壁面を取り囲むように置かれた本棚の群れ。
置いてある書物に注目してみれば、僕には分からないような難しい単語が書かれたものが沢山置かれていた。洋書や学術雑誌まで置いてある。
床を見ても本の山。
ところどころに衣服だったり、ペットボトルも置いてある。
ただ、以前来た時よりも人の出入りを考慮していないのが少し気になった。
だけど、一番目立つのは何に使うのか分からないデカいコンピューターだ。
恐らく個人が所有するようなものではないと、ひと目で分かるほどの大きさだ。
一言でまとめるなら掃除のできない汚い学者の部屋+デカいコンピューター。
そう言って差し支えない。
ちょっと懐かしい気分になりながらも、現状を確認する。
どう考えても椅子に縛り付けられている。
両手は後ろで手錠のようなもので固定されている。足も紐で椅子に括りつけられていて、どうしようもない。
この部屋に僕を幽閉した人物が現れるまで待つしかない、と思っていたが、その犯人はすぐにやってきた。
僕の後ろからドアの開く音がする。
そして、目の前に手が回されて、視界が暗闇で包まれる。
「誰でしょうか?」
睡眠障害の人ですら眠らせることができるくらいの穏やかで、優しさに溢れんばかりの声。そんな天性の美声を持つのは、記憶の中では一人しかいなかった。
というか、人を縛り付けておきながら、目を隠して「誰でしょうか」と言う人、ちょっとサイコパスの性があるのではないだろうか。
「……水野美乃梨さん、でしょ」
元カノの名前は僕は呼んだ。
この転校生が自分が知っている幼馴染の水野美乃梨と同じかどうかは分からないけど、整いすぎたこの声は同姓同名の転校生の彼女に違いなかった。
「いえ、違います」
「え!? 違うの!」
転校生の水野美乃梨と声を間違えるなど、ずっと目で追っていた人間がやらかすミスではない。じゃあ一体誰が――。
どたどたと廊下を走る音が聞こえ、勢いよく扉が開け放たれる。
音と共に廊下のちょっと生暖かい空気が僕の肌を掠っていく。
僕の両側から、足元にある大量の本を踏みつけないように人が抜けて行った。
そして、目の前に二人の水野美乃梨が現れた。
両方とも知っている水野美乃梨だった。
片方は転校生の水野美乃梨。
片方は元カノの水野美乃梨。
間違いなかった。
転校生の彼女はうちの学校のリボンをつけていることから本物であることは疑いようがない。転校してきてからずっと目に焼き付けてきた水野美乃梨だ。
もう一人は、俺の元カノの美乃梨だった。
あの頃と変わったところはある。身長が伸びた、綺麗になった。細かいところで言えば、肌がより一層白くなった。
それでも、やっぱり幼馴染として、彼氏彼女として一緒に過ごした元カノの美乃梨だった。
二人の美乃梨の存在。
特大の疑問はあるが、彼女に再会した時に言うべき言葉は、言わなくちゃいけない言葉は決めていた。
「美乃梨……本当にごめん。縛られてなかったなら、土下座したいくらいだ」
美乃梨は俺の謝罪を受けて、面食らっていた。
いくら当時の、小学生の頃の僕が愚かだったとは言え、分かっていることはある。
彼女は僕のせいで転校した。
詳しい事情は分からない。けど、僕と付き合っていたことが理由に絡んでるのは、馬鹿な自分でも重々承知していた。
彼女から見れば当時の僕は、守るべき存在だったはずだ。
だから、僕が、水野美乃梨の幼なじみで彼氏だった徳永壮馬が、謝ってくるとは思っていなかったのだろう。
「へえ。壮馬も変わったね。主に内面が」
「言いたいことを先読みされると、美乃梨と喋ってるって感じがするよ」
彼女の癖みたいなもんだ。
人の思っていることを当てて、それをベースに言葉を投げかけてくることがある。
僕が数年ぶりに会った元カノの変化を感じていると思ったから、「壮馬も」と言ったのだろう。
「とりあえず久しぶり」
ひらひらと二人の水野美乃梨が俺の目の前で手を振っている。
「そうだね……いろいろと聞きたいことはあるけど、まずは、この拘束を解いてくれると嬉しい……」
「それは無理だね。だって、今から壮馬の記憶を消そうと思っているから」
「な、なんで!?」
記憶を消すなんて、とんでも言っているが、どうも茶化して言っているわけではないらしい。特に表情を変えないし、明らかに本気で言っている。
「理由なんて一つしかないだろう。コイツの存在」
そう言って美乃梨は、転校生の方の水野美乃梨とハイタッチをした。
もう一人の彼女が何かしらの秘密? というか、それ自体に秘密がある?
「そう。コイツは、もう一人のアタシ。便宜上マークⅡと呼んでいる。壮馬もアタシと区別するときはマークⅡと呼んでくれ」
「……全然、話が見えない。凡人の僕にも分かるように言ってくれ」
会話の先読みをし過ぎて話がぶっとんでしまっている。
こんなにも会話が下手だったっけ? と思ってしまう。まだ、出会った時の方が人を思いやって話していた。
「すまない。マークⅡのガワを被らないで人と話すのは久しぶりでね」
ガワを被る。
着ぐるみを被ることだったり、変身スーツを着ることだったり、最近ではVTuberが、アバターを使っていることを説明する用語としても用いられる。
それは何となく知っていた。
けど、その言葉が何をこの場面で刺しているのか、僕には分からなかった。
「このマークⅡはロボットなんだ。コントローラーだったり、モーショントラッキングで動いたりするってわけ。で、マークⅡを女子高校生の水野美乃梨として、遠隔操作して、学校に通わせている」
この転校生、いやマークⅡがロボットだと言うなら、諸々の疑問に説明がつく。
人間離れした容姿。
人間離れした身体能力。
その答えは――だって、人間じゃないから!
そして、どうしてもどこかに美乃梨の影を感じているのは、他ならぬ彼女自身が操作しているからだ。
納得する、というか、納得せざるを得ない。
「一応、確認だけどさ。これ、美乃梨が作ったんでしょ?」
「そんな当たり前のこと聞くなって」
自慢するでもなく、ただ肯定する。
水野美乃梨という少女は圧倒的な天才だ。
幼い頃から大きな大学の学会で研究発表をするくらいには。
大天才が生み出した人型ロボット。それが転校生、水野美乃梨の正体だった。しかもまさか、それを操縦しているのが、幼なじみの元カノだとは――。
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