第3話 新しい関係

「じゃあ、話も済んだことだし、記憶を消させてもらおうか」


 淡々と告げた美乃梨は、何やら汚い部屋を漁っている。

 恐らく、人の記憶を消せるような機械があるに違いない。

 人と違和感なく認識させられるロボットを作っている人だ、記憶をいじるような装置があっても不思議ではない。


 話のインパクトで頭の片隅に追いやられていたけど、そういえば、美乃梨は僕の記憶を消すつもりだ。


 それは……嫌だ。

 せっかく再会できたのに、記憶を消されてしまっては、またモヤモヤした感情を感じながら生きていくしかなくなる。


 正直、僕は美乃梨に未練がある。

 未練とは言ってるけど、また彼女と付き合いたいとか思っているわけではない。

 ただ、あの頃、彼女が僕を守ってくれた、その恩を返したい。


 彼女は大天才だから、考えていることが何周も僕を上回っていた。だからか、凄く大人びていた。つまり、付き合っていた頃の僕たちは対等な関係では無かった。


 でも、僕だってあの頃から変わったはずだ。

 今だったら対等に接することができるかもしれない。

 

 僕は、水野美乃梨の元カレだった徳永壮馬は、元カノの隣に並び立ちたい。

 頭が良くなくとも、必死にくらいついて行きたい。それくらいのメンタルは、美乃梨と離れていた四年間で身につけた。


 とにかく、美乃梨の凶行を止めさせないと。


 彼女が恐れていること。それは、ロボット(マークⅡ)を使って登校しているのを僕にバラされることに間違いない。だから僕の記憶を消そうとして、拉致して自宅まで連れて来た。


「美乃梨。僕が秘密をばらすような人間に見える?」


 必死さはできるだけ隠す。なんか命乞いしているみたいでみっともないから。

 誠実さを前面に押し出していく。


「いや? ただのリスク回避だから」


 答えは冷徹だった。

 もう自分の中で秘密がバレた時の対応を決めていたのだろう。


 それにしたって、知り合い、しかも幼馴染で元カレにすらそれを実行するのは、ちょっと心が冷え切り過ぎている気がしなくもないけど。


 こういうところは過去の美乃梨とは全然違う。

 こんなにも人に冷たい奴じゃなかった。


 美乃梨に心情を絆す方で命乞いしても、今の彼女には響きはしないだろう。

 

 どうしたもんかな。

 パソコンに向かって記憶を消す機械の調整をしている美乃梨を眺めていた。


 作業の手際とかは僕には分からなかったけど、目につくものがあった。

 

 机の上に散乱しているエナドリの類だ。

 

 美乃梨は結構、雑なところがあるので、昔から部屋が汚かった。

 でも、小学生の頃はもうちょい部屋は綺麗だった。

 ご両親が掃除してくれていただけかもしれないけど……。ていうか、今は掃除をしてくないのだろうか?


 そこで、ふと気づく。

 美乃梨は学校ではキャラを被っているようだが、まだまだ爪が浅いことに。


「ねえ、美乃梨。僕を協力者として雇わない? 勿論、給料とかはいらないからさ」


「自分一人の方が効率が良いから、問題ない」


 こっちに目線すらくれずにそう言ってのけた美乃梨。

 だけど、僕は効率の問題で協力を申し出たわけではない。


「……心配なんだよ」


「ん? 心配、学校では『完全無欠』で通っているアタシのことが?」


「だってさ、君、色々雑じゃん! 今日だって教室にショートカットしようとして、窓から入ったんじゃないの!?」


 そう言うと美乃梨は顔を上げた。

 明らかにバツの悪そうな表情を浮かべていた。


 どうやら図星らしい。

 みるみるうちに冷たさが剥がれ落ちて、大きな声で表情豊かに、情けない言い訳をし始める。


「そ、そうだけどさあ! 普通あんな時間に、教室に人がいると思わないじゃん! 階段上るのも時間かかるからめんどくさかったし!」


「そういうところだよ」


 部屋が汚い理由は昔聞いた、めんどうくさいから。

 教室に窓から入った理由も、めんどうくさいから。


 悪癖は簡単には変わらないらしい。


「だから、僕を協力者にすれば、そういうリスクや失敗の可能性を減らせると思うんだよね」


 少し美乃梨は考える素振りを見せた後、頷いた。


「一理ある。けど具体的なメリットが見えてこない。口先だけで壮馬が何もしない可能性はあるわけだし」


 あまりにも自分に対する信頼が無くて辛い。

 仮にも元カレで、そこそこ上手く関係をやっていたはずなのに、口先だけの人間だと思われているのだろうか。


「……マークⅡって運動能力が人間以上にあるよね。例えば美乃梨が操作をミスして、学校で何らかの物を破壊してしまう」


「それを、壮馬が『あれは元々壊れかけていた』と皆に口添えしたりすることで、アタシへの疑念を減らすわけか」


 勝手に結論まで話を導いて、うんうん頷いている美乃梨。

 そして何やらぶつぶつ呟いた後に、「だったら、さ」と言葉を繋げた。


「それをやってくれるなら……」


 言い淀んでしまった美乃梨から言葉を引き出すように、ちょっとにやついた笑顔を作った。


「なら?」


「……他にも協力して欲しいことがあるんだけど……駄目?」

 

 先ほどまでの超然とした態度から、いきなりしおらしくなった。

 さっきまでのぶっきらぼうさはどこへ消えてしまったのか。


「……アタシさ、高校デビューなんだ。だから、色々と勝手が分かってないところがある。だから、その――学校生活を送る上で、色々とアドバイスをくれると助かる」


 頼み方が不器用過ぎる。

 僕と目も合わせられていないし、手をもじもじとさせている。

  

 昔の美乃梨から想像もできない様子だ。あの頃だったら、もっとこっちを巻き込むようにしたはずだ。少なくとも『助かる』なんて言ったりはしない。それくらいには偉ぶった自信家だった。


 良い変化なのか、悪い変化なのかは分からないが、時間が経ったことを否応なしに感じさせる。


「じゃあ、結局、僕を協力者にしてくれるってことで良いのかな?」


「うん、よろしく頼む。だから記憶を消すのも止めにするから、帰っていいぞ」


 他にも色々聞きたい事はあるけど、とりあえず今は帰るかと思ったのだが。


「あの~、ごめん。縛られたままだから、帰れないんだけど……」


「あっ! ごめんごめん。今、拘束解除するから!」


 そして僕たち、徳永壮馬と水野美乃梨は幼馴染→カップルを経て、協力者という新しい関係となった。

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