第28話 人間嫌いな人間

 アタシ――水野美乃梨は最近の学校生活にそこそこ満足している。


 学校に通い直す前は浮いたりしないか心配だったけど、学生時代を通じてみた、所謂【優等生】という輩を参考に自身のキャラを練った。


 日本人のきっちりとした女子高生という想定だったから髪色も黒くした。

 実際、小学校は金髪というだけで目立ってしまっていたからだ。


 言葉遣いも記憶にある【優等生】からトレースした。

 しかし、ため口を使おうとするアタシの自我が顔を出すから、敬語でしか話せないのは未だある修正点だ。


 そこまでやっても不安で、転校してからすぐは、毎朝が辛かった。

 だけど、壮馬という最高の理解者が現れてくれた。


 アタシの方から振ったのに、初対面から謝って来るし、遠ざけようとしたのに、アタシに合理的にメリットを見出させた。


 そんな彼は本当にアタシのためなら何でもしてくれた。

 頼りっぱなしで申し訳ない気持ちは確かにあった。

 しかし、裏から助けがあるという事実が、彼の言動がアタシの心を軽くした。


 心が軽くなったからか、面倒だと思っていた級友との付き合いにも前向きになれた。何かやらかしても、やらかす前に彼が助けてくれるだろうから。


 月のようにアタシの裏側の世界を支えてくれるのだ。


 そんな安心感満ちた裏側が、表を形作るマークⅡを動かしている。

 

 さて、今日も楽しく学校生活をやるぞ、と考えながら、教室へと踏み入る。


「あ、おはよう! 水野さん」


「おはようございます。牧瀬さん」


 他の女子たちと話している牧瀬さんから挨拶される。

 荷物置いて、アタシも混じろうかな、と思ったとき、壮馬が来ていないことに気づいた。


 いつもはアタシよりも早く来ている彼が遅れるのは珍しい。


 ちょっと気になったアタシ(本体の方の)のスマホで彼へとメッセージを送ろうとするが、彼のスマホは紛失していることに気づく。


 遅れてくるだろうと思いながら、牧瀬さんたちと適当に会話を交わす。

 だけど、始業前のHRにもなっても壮馬は来なかった。


 中瀬先生は出席確認を始めたが、何故かそこで壮馬の名前が飛ばされた。

 質問したい欲求が出たが、我慢せざるを得ない。


「センセイ、なんで壮馬の名前飛ばしたんすか?」


 手貝くんが質問してくれた。


「それは……徳永くんが停学処分になったからよ」


 ざわざわと騒ぎ出す教室内。

 それもそのはず。この学校は一般的にはそこまで馬鹿ではなく、停学処分になる生徒などほぼほぼいない。


 アタシは黙っていたが、内心では風が吹き荒れていた。

 壮馬の停学処分の理由には心当たりがあり、それについてあの担任に言いたいことがあったからだ。


 でも、今のアタシのキャラではそれが言えない。

 もどかしさにマークⅡを操るコントローラーをぶん投げたくなる。

 

「いやいやいや、おかしいと思いますけど、だって壮馬は――」


 手貝くんの声を遮るように、牧瀬さんが立ち上がった。


「先生! あとで詳しい事情を伺えますか? 手貝もそれでいいよね」


「――分かったよ」


 牧瀬さんの有無を言わせないような、張りのある声に手貝くんは気圧されていた。


「ちゃんと貴方たち三人には事情を説明します。昼休みに職員室に来てください。それと……関係のない生徒は憶測でモノを語らないように」


 中瀬先生はそれだけ言って教室から去って行った。

 それが彼女なりの優しさなのは分かる。分かるが、他の生徒がそれだけで止まるはずがないのだ。


「やっぱあいつ頭がおかしいんだよ」

「停学って何をやったらなるの? 逆にオレが知りたいくらいだわ」

「先輩の噂によるとさ~」


 聞くに堪えなかった。

 アタシがこの感情を抱くのはおこがましいことも分かっている。

 そもそも、自分が机と椅子を破壊しなければ、壮馬の評判は落ちなかった。セクハラを誘発させるなんて真似をしなければ、彼が永田を殴ることも無かった。


 それでも、壮馬が中傷されることを心が許そうとはしなかった。


「ねえ、水野さんは徳永が何をやらかしたと思う?」


 女子生徒が話しかけて来た。

 これでも、我慢しなくてはいけないのか。

 人間社会で生きることの不条理を今再び、アタシは味わっている。


◆ ◆ ◆


 とりあえず、先生に呼ばれた昼休みが来るまでは耐えた。

 

 職員室にアタシと牧瀬さん、手貝くんの三人で向かった。

 アタシ達の間に会話は無かったが、二人の眼つきは鋭かった。


「先生。きちんと事情を説明してください」


 牧瀬さんが中瀬先生へと詰め寄った。


「とりあえず、場所を移しましょう。ここには……」


「分かりました。移動しましょう」


 その言い方に二人は分かっていなかったようだが、アタシには分かった。

 職員室内でも意見が割れているのだろう。ここで話すのはリスキーということ。


 移動して、使われていない屋上へとやってくる。

 曇っているせいか、湿度が高いことがモニターへと表示される。


「ごめんなさい。日和っている校長に押されたわ」


「押されたって、向こうが悪いのに、議論になるんですか?」


 事情を知っている牧瀬さんはそう言った。

 確かに盗撮の件を知っていて、尚且つそれが祭りの関係者と結びつく彼女だから言える意見だ。しかし。


「セクハラにも盗撮にも向こうの関係者が関わったという話が、まだ警察から出ていないのよ。だから向こうは白を切り通して、今後の地域協力を無しにしてやってもいいと強気にきてるの」


 向こうの関係者からすれば、身内が殴られて、性犯罪者扱いされている。永田という男が評価されていたのなら、怒ってもおかしくない。


「でもさ、センセイ。地域協力が無くなることって校長にとってみれば、そんなに怖い話なのか? 意味が分からねえよ」


「地域の協力が無ければ、体育祭や学園祭の開催などが困難になるわ。校長は今後の学校経営と徳永くんを天秤にかけたのでしょうね。生徒を守らない教師なんて辞めてしまえばいいのに」


 あー、もう話を聞いていて嫌になってきた。

 

 やっぱり人間は嫌いだ。

 大人だって子どもだって醜い。獣のように本能だけでしか生きていない。自己保身に走る学校の先生ら、何も分からない状態で人を嘲笑する低能な学生。こんな生物とどうして、関わり合っていこうと思ってしまったのだろうか。


 マークⅡを操作して屋上から移動させた。

 あの場にいた三人が何か言っていたようだが、全部無視した。


「これでもう人間と関わらなくて済むな~」


 だけど、家に帰って来て気がついた。

 アタシもあの場が嫌で、自分の心を守るために逃げたのは、自己保身だ、と。

 壮馬のためにやれることがあったのではないか。


 でも、心と身体は動き出そうとしなかった。

 

 アタシも自己保身に走るような醜い人間だった。

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