第29話 秘密の託し手

 僕――徳永壮馬は家でごろごろしていた。


 人を殴ったから停学処分になったと学校から連絡が来た。親にもそれは伝わっていて家を出ることを禁じられている。それから現在三日が経過した。


 幾ら怒っていたとしても人を殴っていいわけでもない。

 そもそも、向こうは疑惑。僕は誰がどう見ても暴行を加えている。その差かな。


 なんで停学になったかを考えても仕方ない。先生も謝ってくれていたし、教員の中で色々意見が割れたんだろうと想像できる。


 そんなことより、心配なのは美乃梨のことだ。

 僕がいない間に何かやらかしていないか……。それとも、牧瀬にも美乃梨のことを話してさりげなくサポートしてもらうか。と言っても、スマホを紛失している以上、連絡手段がないけど。


 暇を感じながら、テレビを観ていると自宅に電話が掛かって来た。

 親は仕事に出ているので、僕が電話に出なければならない。


『はい、徳永です』


『壮馬か。俺だ、俺、手貝琥太郎』


 受話器の向こうから聞こえたのは、手貝の声だった。というか、そう名乗っているし、本人なのは間違いない。


『ここ数日、水野ちゃんが学校に来なくなっちまってよ。先生が言うには連絡もつかないらしい……多分、お前なら何か知ってるんじゃねえかと思って電話した』


『え? 知らないけど……というか美乃梨が休んでる理由は何なの?』


 何かやらかしてしまったのではないかと、心配になった。

 それともまた何か別に理由があるのだろうか。


『さあ。だけど、壮馬の停学の話を聞いてから様子がおかしかったんだよな。表情が固まっていたというか』


 表情が固まる。つまり、表情を作るのを止めたということ。

 僕の停学がよほどショックだった……?


『まあ。分かった。教えてくれてありがとう。ちょっとこっちでも色々調べてみる』


『ああ、じゃあな。停学期間楽しめよ!』


『楽しめないよ!』


 電話を切った。

 それにしても、美乃梨が学校に来ていない。本当は今すぐにでも連絡を取りたいが、今の僕には連絡手段がない。だからと言って、家に行って話を聞こうにも、僕が自宅から出たことが親にバレればどうなることか。


 一回行くだけで事態をどうにかできるなら迷いなくやる。

 ただ、それだけで済まなかった場合に、美乃梨に接触ができなくなる。


「…………」


 自分の力だけでは無理だ。

 こうなったら頼るしかない。美乃梨を友人だと思ってくれている人の力を。


 一日の授業が終わり帰りのHRも終わった時間。

 僕は手貝に入手してもらった、ある人のスマホへと電話をかける。


『牧瀬ですけど、何か用? 徳永』


 女子と一対一で電話するのなんて初めてだから、ちょっとだけ緊張した。

 だからだろうか、最初から口が滑る。


『美乃梨が学校に来てないことについて聞きたいんだけど……』


『美乃梨! 水野さんのことを名前呼び!?』


 転校して来て一か月。慣れて来たとは言え、美乃梨のことは【苗字+さん】呼びが基本なのに、名前で呼んでる奴なんていないから驚くのも当然だ。


『……ちょっと信じられないかもしれないけど聞いて欲しい。僕と美乃梨は幼馴染で、元カップルなんだよ』


『はああああ!? 嘘でしょ……!』


『証拠出せと言われても難しいけど、信じて欲しい』


 明らかに動揺した牧瀬は黙ってしまった。

 それから、長いため息を吐いた。


『……よくよく考えてみれば、水野さんの転校初日から気持ち悪い目で彼女を見てたわね。それに、盗撮の件であんたを頼ったのも、そういう関係だったからなんだ』


『そういうことになるね』


『…………だから、水野さんは学校に来なくなってしまったのね。今の説明で色々納得できたわ』


『……何が?』


 牧瀬は勝手に得心いっているようだが、こちらには何も分からなかった。だから、電話したのも一つの理由ではあるが。


『あんたは知らないだろうけど、前に水野さんが、元カレさん……あんたについて話してくれたのよ』


 それを僕は知っていた。

 だって、彼女の隣という特等席で聞いていたから。


『【惚れ直してしまうかもしれない】って言ってた。私なりに言い換えれば、それはもう、【また好きになった】と同じよ』


『そ、そうなのか』


『絶対そう! だから、水野さんは学校に来るのが嫌になってしまったのね』


 言いたいことが分かった気がする。

 その感覚はかつて、僕が味わったことのあるものだろうから。


『いい? 今のクラスは停学処分になった徳永の悪口でまみれているわ。それに、教師だって人によってあんたのことを悪い意味で引き合いに出す。そんな自分の好きな人を否定しまくるよう場所にいたくない。恋してる女の子なら当たり前よ』


『……そうだな。そうだった』


『だから、本当アンタがあの子に頼られているのなら、ちゃんと連絡を取ってあげなさいよ』


 電話越しでも首をかしげて呆れていることが伝わってくる口調だった。

 それができるならしてるよ!


『……スマホが紛失したから、こうやって地道に情報を集めているんですけど』


『……あっ、そうだった。ごめんごめん。で、それにしても、結局私に電話をかけた理由ってなに?』


 一つ、は美乃梨が来てない理由に心当たりがあるかを聞くため。それは今聞いた。

 二つ目は――。


『牧瀬って、美乃梨の友達だと胸を張って言えるか?』


『なにその質問。馬鹿にしてる? 大事な友達に決まってるじゃない』


 一瞬の迷いなく、そう言い切った。そんな風に美乃梨を大切に思ってくれている彼女だからこそ、僕は言う。


『今から、僕以外誰も知らない美乃梨の秘密を教える。絶対、誰にも漏らさないって誓えるか?』


『当たり前よ! 私は口が堅いことで有名だからね』


 僕は手貝にすら話していない美乃梨の真実を告げた。

 今、表に姿を現しているのは、本当の水野美乃梨ではなく、本物の彼女自身が操っているロボットだと言うこと。


 なぜ、そんなことをしているのかと言えば、人間が嫌いで、本当の意味で人と関わり合うのを馬鹿馬鹿しいと思っていること。

 でも最近は、人と関わり合うのが悪くないと思っていること。

 ロボットを使うのがもったいなく感じていること。

 牧瀬を赤の他人と思えないこと。


『それ嘘だったりしない? って話ばっかりなんだけど……』


『全部本当だ。信じてほしい』


 少しの間、牧瀬が黙った。

 何を言おうか、言うべきか、悩んでいるのだろう。


『ごめん、やっぱり信じられない』


 牧瀬はいくら友達といえども、こんな嘘みたいな話を簡単には信じてはくれないようだった。

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