第30話 イチから始める

『だから、水野さんが水野さんでないという確証が欲しい。あんたの荒唐無稽な話を信じるために』


 だけど、牧瀬は前向きだった。

 こんなわけのわからないことを、ポジティブに受け入れようとしてくれている。

 恐らくは美乃梨のために。


『じゃあ、今から僕の家に来ないか? 小学校の卒アルだったり、付き合っていた頃の写真を見せる』


『分かった。住所教えて』


『住所は――』


 それだけ話すとお互いに電話を切った。

 牧瀬をもてなす用意をしないと。


 それから数十分後、家のインターホンが鳴る。

 モニターに映る牧瀬の姿を確認し、ドアを開けた。


「おじゃましまーす。一応だけど、手土産持って来た」


 牧瀬の手にはレジ袋が握られていた。

 美乃梨のことを話すだけなのに、随分としっかりしている。


「じゃあ、僕の部屋に案内するから」


「それにしても、家の中、かなり綺麗だね」


「……暇だから、掃除を凝ってた」


「なにそれ」


 牧瀬は笑った。それに釣られて自分も笑ってしまった。

 

「まあ、その辺に座って」


 僕は押し入れから引っ張り出して来た座布団を牧瀬に手渡した。

 彼女は部屋の端っこに座布団を置き、正座して座った。行儀が良い。


「で、これが小学校の卒業アルバム」


 ○○小学校の名前と、その校章が書かれた卒業アルバムが牧瀬の前に置かれる。


「じゃあ、見させてもらうわ――水野、水野、水野さんは、どこ?」


 牧瀬はペラペラと紙をめくりながら、僕の知る水野美乃梨を探していく。僕も隣でそれを見ている。


「おっ、徳永発見、今より可愛げがあるね。で、確か、同じクラスだったって言うから……これが水野さん?」


「そう、合ってる」


 小学校卒業時の写真とその下に書かれた【水野美乃梨】という文字が、彼女自身であることを証明していた。


 目立つのは、ブロンドカラーの髪。

 マークⅡを知っていれば分かる、顔立ちの違い。


「今の身体はロボットなんだよね? こっちの方がよっぽど可愛いじゃん……」


「そうだよな! 僕もそう思うんだよね~」


 牧瀬は大きなため息を吐いた。

 頭を抱えて、疲れた表情をしている。


「やっぱり、本当にロボットを操っていたんだ。正直、ちょっとショックだな。本人が喋っているわけだから、騙されたとは思わないけど」


「それでも、性格を偽っているけどね」


「あ~、ヤバい、そうなってくるといよいよどうやって接したらいいのか分からない……」


 牧瀬の反応は至極当然なものだった。

 ちょっと僕が牧瀬のことを美乃梨の友人として、信用しすぎてしまったか。


「……でも、せめて水野さんが私のことを【特別】だと思ってくれているのなら。私はこのままで良いと思わないから、もっと彼女のことを知りたい。助けになりたい」


 牧瀬の表情は真っ直ぐだった。

 友人にかける真摯な想いがそこにはあった。


 人と繋がれば悪い奴とも出会える。けど、良い奴とだって必ず出会える。牧瀬香蓮という人間は後者だった。


「おっ、いいぞ。本当の美乃梨はもっとクールなんだ。ちょっとポンコツなところはあるけど、カッコいいんだよ」


「そういう系なんだ……今の丁寧な感じとはまた違うね」


「それで美乃梨は……」


 牧瀬が持って来たちょっとお高めなお菓子と、僕が淹れた冷えた麦茶を飲みながら、僕と牧瀬は時間が許す限り美乃梨のことを話した。


「で、実はここまでの話は前座なんだ。本当は牧瀬にやって欲しいことがあって、電話をした。これは君にしか託せない」


 そして、何をやって欲しいかを告げた。

 それを聞いた牧瀬は渋い顔をしていた。


「……それをやるのはあんたの役目じゃない? 水野さんだってその方が絶対嬉しいに決まってるし」


 牧瀬の言っていることは正しい。

 そもそも僕如きがこの視点に立つことはおこがましいのだろう。

 だけど、それでも、美乃梨には知って欲しいことがあるのだ。


「お願いします! 僕は美乃梨に――」


 思っていることを牧瀬に告げるとちょっとだけ納得してくれた。


「……そういうことなら分かったよ。行ってくる」


 そして、僕は牧瀬に全てを託した。


◆ ◆ ◆


 アタシ――水野美乃梨は、自室で生気なく過ごしていた。


 どうせこの世は人間という愚かな生き物が形作っている。

 そんな世界でアタシも人間として生きていくのが、辛くなってしまった。


 そんな時、二階の北側にある窓が勝手に開く音がした。

 

 この窓は小学校の頃から壊れていて鍵がかからない。

 どうせ二階なんてセキュリティ対策をしなくても、入ってくる奴はいないと両親が高をくぐって放置していたもの。


 しかし、ここは塀や壁の突起を上手く使うことで登ることがことができ、この家に侵入することができてしまう。


 それを壮馬が発見していた。

 アタシがこれを直さなかったのは、ひとえにその思い出故だった。


 だから、そこから入ってくるのは壮馬しかいないと思い切っていたのに。


 目の前にいたのは、壮馬では無かった。

 

 牧瀬香蓮。

 アタシにとってそこそこ特別だと思える人間。


「ど、どうしてあなたがここに……」


「本当に喋り方違うんだ。徳永に聞いていた通りだね」


「待って。その言い方からして、壮馬がアタシのことを牧瀬さんに話したの?」


「そうだね。だから、ここまでやって来た」


 ということは……秘密を守ると言ってくれた壮馬がアタシのことを裏切った。

 いや、壮馬に限ってそんなこと在り得ない。

 彼がそんなことをするわけがない。だって、彼はアタシの味方で理解者で……いや、そういう風に思い込んでいただけ?


 壮馬だって、アタシが毛嫌いする人間だ。

 どうして下劣な一面が無いと言い切れる?


「……そう黙らないでよ。私だって緊張しているんだから」


「緊張? だって、私の秘密を使って脅しに来たんじゃないの? 一体何を緊張する必要性がある。もういいよ。未練なんてないから、何でも好きにすればいい」


 ある意味で人生が終わる。これで楽になれるからこそ出た一言。

 そう言ったら何故か、牧瀬香蓮はため息を吐いた。

 そして、少し恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


「何にもしないよ。私は本当の水野美乃梨さんと本当の意味で友達になりたくて来たんだから」


「……は?」


 ここまで気持ちがこもった【は?】は今まで出したことが無かった。

 余りにも言っていることに理解が及ばなかったからだ。


「そりゃ私だって、水野さんがロボットを操縦しているとか、全部演技しているとか聞いて驚いた。ショックだった……だから、まずは、お友達になるところから始めてみない?」


 転校初日。

 不安だったアタシに声をかけてくれた時と同じ笑顔を牧瀬香蓮はしていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る