第31話 そっくりなやり方

「ショックだったって言うのならなんで……! 友だちになろうだなんて」


 アタシには全然分からなかった。

 だって、姿も性格も何もかも騙していたのだ。そんな怪しい人とどうして、友だちになりたいと言ったのか。


「仮に何もかも本物じゃなかったとしても……私は徳永くんから聞いてきたよ。水野さんが私のことを【赤の他人とは思えないって】言ってたことを」


「……! だから何? 私があなたのことをどう思っていようが勝手」


 言葉に力強さは無かった。

 だって、牧瀬香蓮が優しそうに目を細めて微笑んでいるからだ。


「そんなことないよ。水野さんが私を信頼しているから、私はここに来ることができた。徳永が私をここに連れて来たのはそれが理由だからね」


「じゃあ何。あなたは壮馬に言われて来たってわけ? 結局、そこにあなたの意思はないでしょ。そんなお飾りの友だちなんていらない!」


「違う。それだけは絶対に否定するよ。だって、あいつに頼まれたのは【良い人間がいることを証明してあげる】ことだから」


「それが友だちになるってことなんでしょ!?」


 牧瀬香蓮は少しだけ悪い顔をしていた。

 いつも仲間内に見せたり、他人に見せる優しいものとは違った。


「本当に徳永に言われた通りにすればいいなら、学校での私たちの関係をそのまま持ってくればいい。水野さんが演技していたようにアタシも演技すればいい」


 学校でアタシに見せるような人当たりの良い笑みを作ったあとに、牧瀬香蓮は胡乱な目をした。


「だけど、引きこもりの水野さんとはそうもいかない。だって、話したことも会ったこともないから」


 それから、彼女はアタシに見せたこともないような力強い目を向けながら、手を差し出した。


「だから。私と一から友だちにならないか、って言ってるの。今までの学校での関係性を捨てて。私が水野さんを知るために……そういう提案をしてる。この手を取るか、取らないかは、私のことを知る水野さんが決めるの」


 牧瀬香蓮が長々と言ったことを短くすればこうだ。


“私と友だちになりたいか、なりたくないかを今まで見て来た私から考えろ”


 この世界はクソだと思ってる。

 人間は嫌いなのも変わらない。だから、マークⅡというロボットを作り出し、人と本心で接することを止めた。


 そうして、自分を偽り高校に入って人と触れ合った。

 確かに嫌いな人間も沢山いた。犯罪者の祭り関係者、自己保身しか頭にない一部教員、知能が足りないから一方的に壮馬を中傷する生徒。


 でも、そうじゃない人もいる。

 その一人が目の前に立っている牧瀬香蓮。


 私以外に友達なんて沢山いるのに、何故か転校初日に声をかけてくる。関係が悪化するかもしれないのに、私のことを考えて叱るような面倒見の良さ。

 今だって騙されたと思っているはずなのに、妥協点を探して、私との付き合いを続けてくれようとしてくれるお人好し。


 そんな彼女と友だちになりたいかどうか。


 答えなんて考えなくても決まっていた。


「こんなどうしようもない引きこもりで、醜い人間のアタシと友人になってくれるなら……」


 アタシが牧瀬香蓮の手を取ると、そのまま引き寄せられて抱きしめられた。


「よし! じゃあ、これからよろしくね! あっ、そうだ、これからは水野さんじゃなくて、美乃梨ちゃんって呼んでいい? 私のことも香蓮でいいから」


「わ、わかったから、離して」


 アタシ――水野美乃梨と牧瀬香蓮は友人としてやっていくことを決めた。


 そんな記念だからと、牧瀬さんにエナドリを上げた。


「エナドリってこんな味してるんだ。言っちゃ悪いけど、そんなに美味しくないね」


「そんなことない。香蓮の舌がおかしいだけ」


 そんな文句を言いつつも香蓮はエナドリを飲み干してくれた。


「どう、それで学校に来る気になった? 別に私としてはまーくつー? で来てもいいし、折角だから美乃梨ちゃん自身が行っても良いと思うけど」


「……やっぱり、行く気にならない。憶測で人への中傷を繰り返せるような空間に嫌悪感が止まらないし、学校側にも一切の信頼がない」


 例え香蓮のことを信用できるようになったとて、嫌いな人間がいっぱいいるところには行きたくない。それは変わりなかった。


「やっぱり嫌だよね~、自分の好きな人に対して文句ばっかり言われるのってね」


「そ、そうではなくて……」


「え! もしかして、徳永のこと嫌いだった?」


「そ、そういうわけでも……」


 完全に手玉に取られている。

 壮馬と会話するみたいにはいかない。香蓮のことを気遣っているから、何でも言えるわけでもないし。


「でも、ね。絶対、徳永は美乃梨ちゃんに学校に行って欲しいって思ってるよ」


 確信しているかのように言い切った香蓮。

 そんなことを話していたら、珍しく家のインターホンが鳴った。


「おっ、そこそこいいタイミングで来たね。ドア開けて良い?」


「嫌に決まってる……」


 拒否を示したのに、無視して階段を下りて行ってしまった。

 だけど、彼女はアタシに振り返って、楽しそうに言う。


「ダイジョーブ、大丈夫。だって来たのは――」


「何日かぶりだね、美乃梨。牧瀬は少しでも信頼出来そう?」


 アタシの……大切な、徳永壮馬だったのだから。

 更にその後ろでは手貝くんが手を振っていた。


「手貝! 来るの遅い! もっと早く徳永を連れて来いって言ったよね?」


「まあまあ、そう言わずに、急に言われたら時間かかるだろ。それよりもアレが本物の水野ちゃん? こっちもこっちで――」


「今は黙りなさい! あいつらを二人っきりにしてやるのよ」


「え~」


 牧瀬はちょっと不服そうな手貝を連れて、アタシの家から出て行った。


 そして玄関にはアタシと壮馬の二人が残される。

 扉を閉めた衝撃で母が置いていったペーパークラフトが倒れた。


「その、ごめん。牧瀬や手貝に秘密をバラすことになって、本当に嫌だったら僕たち全員の記憶をぶっ飛ばしても良い」


「……別に嫌じゃないよ。寧ろ、世界が広がった気がした。人間は嫌いだけど、良い人間もいるかもって思えるようになった。香蓮のお陰」


 壮馬はホッとしたように胸をなでおろした。そして、嬉しそうに笑っていた。


「これで少しは美乃梨が生きやすい世界になってくれたなら、本当に良かったよ」


 壮馬は胸をなでおろしていた。

 その所作といい、言い方といい。

 もしかして……。


「再会した時から、これを狙ったりしてた?」


「……いつかはね。今はまだ早いと思っていたけど、やるしかないと思った」


「そっか」


 壮馬に裏切られたと思ったが、彼は端から裏切る気しかなかったのだ。

 アタシがかつて壮馬を振ることで彼を守ったように、壮馬はアタシを裏切ることで、自分のことを救おうとした。


 元カップルとしてそっくりなやり方に一人笑った。

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