第17話 初恋の始まり

 それから勉強会は特にトラブルが起きることなく終わり、マークⅡが美乃梨の家に帰って来た。


 美乃梨はこれからマークⅡの整備をするために、部屋にこもりっきりになると言っていた。


 今回の勉強会で僕の出番は殆どなかった。

 寧ろ、サポートすべき美乃梨に、サプライズでとても嬉しいものをもらった。


 今の美乃梨がここまで自分への気持ちを明かしてくれるとは思っていなかった。

 付き合っていた頃の彼女は嘘をつくのが上手くなかった。というか、本人曰く、嘘をつけなかった。

 最近は嘘をつくことを憶えたのか、ああやって周りの人と話を合わせることができるようになった。

 

 からかっているのならそうだと言うはずだ。しかし、本気で何とも思ってないのなら、本人を隣に置いておきながら表情に一切の歪みなく、あんなことを言えるわけがない。


 やっと対等になれた気がした。

 真の意味で美乃梨との関係を築けたような気がした。

 小学生の頃の元カレ・元カノというが、実際は美乃梨に守ってもらっていた関係よりも、今みたいな対等な協力者という関係の方が好ましい。


 さて、そんな気持ちを伝えてくれた美乃梨に僕からもサプライズを返そう。

 

◆ ◆ ◆


 美乃梨がリビングの扉を開けた。


「これっ……!」


 リビングの様変わりした様子に驚いて言葉に詰まっているようだった。


 美乃梨の家のリビングは両親が消え去ってから殆ど使われておらず、ほこりが積もっていたし、美乃梨が食べた冷凍食品のゴミなどが散らばっていた。


 それが今はどうだ。

 まるで新築の家に来たかのような綺麗なフローリング。ぴかぴかと輝くようなキッチン、真っ白な壁、整えられた絨毯。


 だけど、美乃梨が驚いているのは、それだけでは無かった。


「これだけの料理をいつの間に……?」


 そんな綺麗になった部屋の中心にある机。

 その上に置かれているのはどこかで見たことがあるような家庭料理の数々。肉じゃが、卵焼き、唐揚げ、天ぷら、煮魚等のメインからきんぴらごぼうや漬物、ポテトサラダなどの副菜まで、色とりどりな料理が机の上を埋め尽くしていた。


「マークⅡの整備に三時間もかかってたんだから、時間があればこのくらいは……」


「嘘、嘘。三時間でこの量を作るのは不可能! 流石にアタシだってそのくらいは分かる」


 流石に美乃梨も家事の手伝いくらいはしたことがあったのだろう。

 

「実を言えば、昨日の夜から家で用意してた」


 一人でできればカッコづけも出来たのだが、実際は母親が手伝ってくれた。

 そもそも、料理の練習をしたいと言って、色々と教えてもらったのも母からだ。


「な、なんで……、そこまでは協力者の範疇じゃない。どうして……」


 本気で理由が分かっていないようだった。

 美乃梨が想定してる協力者は、あくまで、マークⅡが学校生活を穏当に過ごせるようにするためのもの。


 だから、なのだろうか。

 さきほど、美乃梨自身があれだけ僕のことを肯定してくれたのに、僕の料理を彼女は使命感から出来たものだと勘違いしているらしい。


 だったら、ちゃんと僕も今、美乃梨のことをどう思っているのか伝えなければいけないような気がした。


「美乃梨が僕にとってどうしようもなく大切な人だから」


「へ……?」


 なんか美乃梨が急に頬を赤らめ始めた。

 分かるか! 僕もさっき君の気持ちを聞いて、そういう気持ちになってたんだよ!


 だから、こそ俺も丁寧に落ち着いて言葉を紡いでいく。


「そういえば、どうして小学生の頃の僕が美乃梨の告白を受け入れたか話してないよね。そこから話そうと思う」


「……確かに知らない」


 そして、僕は美乃梨と付き合う前のことから語り出した。


◆ ◆ ◆


 美乃梨と知り合ったのは幼稚園の頃だ。


 僕は身体が幼少期は弱かった。

 そのせいか、外遊びというものができなかったのだ。


 自由に遊べる時間、僕は部屋の中でじっと過ごしていた。

 他の男児はだいたい外に出てしまうため、女児のほうが部屋に多かった。けど、心も弱弱しかった僕は女子の輪にも混じることができず。


 そんな一人の僕に声をかけてくれたのが、美乃梨だった。


 目をつけられたのは、僕が絵本をよく読んでいたからで、他の連中よりかは頭が良さそうだと言われたような、言われてないような。


 まあ、それはいいけど。


 美乃梨は何か発見があると、それを僕に自慢してくる。

 幼稚園の先生はそれをやられすぎて彼女のことを嫌がっていたようで、次第に僕ばかりに自慢してくるようになった。


 一方の僕はそれが嬉しくて仕方なかった。

 だって、僕よりも、この幼稚園全体の幼児の誰よりも頭の良い子が、わざわざ弱っちい僕なんかに構ってくれるのだ。


 身に付けた知識を披露する美乃梨の姿はカッコよくてしょうがなかった。


 いつの間にか、美乃梨は僕の憧れになった。


 小学校に入ってからもそれは変わらなかった。

 変わったのは僕の方で、ちょっとでも美乃梨の話についていけるように、調べ物をいっぱいするようになったくらい。

 そうやって、僕の方が分からないことを聞くと、彼女は呆れながらも嬉しそうに質問に答えてくれる。


 その時の美乃梨に胸がドキッとしたのが小学校高学年の頃。


 そして、小学校に入ると美乃梨のカッコよさに拍車がかかる。

 先生にとってかかるようになったのだ。

 自分よりも大きくて力(権力)がある相手に、自分が正しいと立ち向かっていく姿に更に憧れは濃くなっていく。


 そんな相手から告白されてしまったので、カッコよくて、可愛くて、憧れで……好きで、自分なんかが釣り合わないのは分かっていながらも告白を受け入れた。


 ちょっとでも、美乃梨を幸せに出来るようにしようと、彼氏として努力をしていこうと思っていたけど。


 だけど、付き合い始めてから、クラスメイトのからかいがはじまった。

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