第18話 なんてことのない夕食
クラスメイトのからかいは僕にとっては辛かった。
普段クラスの端っこで大人しくしているような僕には注目されるのも嫌だったし、ことあるごとに何か言われるのも不快で仕方なかった。
時間が経つにつれて段々と学校へ行くのが嫌になってきた。
しかし、ある時期を境に僕と美乃梨をからかう奴らは消え失せた。
理由は明白、美乃梨が全員にやり返したからだ。
それを僕は見ていただけだった。
本当に守られるだけの情けない奴。
美乃梨と幸せにやっていけるように努力しようと思ったのに、気づけば僕は彼女に何もしてあげられなかった。
だから、美乃梨に振られたあの日から決めたのだ。
◆ ◆ ◆
「もう二度と大切なものを失わないようにって。もし、もう一度、君に会えたら、次は肩を並べられるようになりたいって」
「そう……それで壮馬は強くなったのか」
「だから、さ。こうやって頼ってもらって認めてくれて、本当に嬉しいんだよ」
素直に前から思っていたこと、今思っていることを伝えた。
美乃梨は、それを受け止めているようだった。
どことなく憑き物が落ちたような、普段のぶっきらぼうな無表情ではなく、優しい笑みを浮かべていた。
「やっぱり、壮馬はアタシにとって、最初で最後の彼氏だよ」
「それって――」
「勘違いするなよ。寄りを戻すことを決めたわけじゃない。けど、アタシの彼氏なんてやっていけるのは壮馬しかいないと考えただけ」
【運命の人はお前だ】と言ってるようにしか聞こえない。
美乃梨もそれを分かっているのか、明らかに顔を赤らめていた。小学生の頃より圧倒的に可愛くなっているから破壊力が抜群だった。
でも、ここまで気持ちを伝えてくれているのに、寄りを戻そうと確実に言わないのは何故なのだろうか。
僕からの言葉を待つようなタイプでもない。
確かに僕はちゃんと今の美乃梨のことが「好き」と言ったわけではない。
でも気持ちが通じ合っていないなんてことはない。
だったら一体何が彼女の心に制限をかけているのか、それが僕には分からない。
「そういうことだから、早くご飯食べよう! 折角、壮馬が作ってくれたのに、冷めちゃったら勿体ない」
「そ、そうだね」
話は終わりと言わんばかりに、僕たちはテーブルについた。
白いテーブルクロスの上には沢山の料理が並んでいる。
「いただきます! 何から食べたら良い?」
「おすすめは温かいものからかな」
「じゃあこの……煮魚から食べる」
美乃梨が煮魚と言ったのは、厳密にはサバの味噌煮だ。
これは家で作ったものではなく、美乃梨の家で作ったものだ。母親の手を借りてないから、あんまり自身がない。
そんな迷い、食べる人にとっては関係ないのでパクっと食べられてしまった。
「……どう?」
「ん~、まあまあだと思った」
そこまで美乃梨が良い表情をしていなくて、それに【まあまあ】という表現をされると少し不安になる。
「……あんまり美味しくはなかった?」
「そんなことはないけど……正直、生臭ささがある」
そうなのかな、と僕もサバの味噌煮を食べてみる。
「確かに……少し生臭いかも、しれない」
冷凍食品しか食べてないと言っていたから、楽しくて美味しい食事を美乃梨に、プレゼントしようと思ったのに。肝心な味の方がこれでは……。
「そ、そんなに落ち込むなって」
どうやら、美乃梨に見て分かるくらいには項垂れていたらしい。
「食べれないわけでもないし、他のは本当に美味しいかもしれないし、さ」
「確かに、そ、そうだね、他のも食べて欲しい」
「じゃあ、次はこれを食べてみよう」
そう言って美乃梨が箸で取ったのは卵焼きだった。
卵焼きは味付けに少々悩んだ、人によって甘い派としょっぱい派で分かれるからだ。因みに徳永家では甘い系だったので、そういう味付けにした。
美乃梨が口に入れ、咀嚼する。
表情は……無表情だ。
頼む……美味しいと言ってくれ!
「味付けは悪くないんだけど……ちょっと焦げ臭い」
勢いで料理を量産していた時には気が付かなかったが断面に黒い部分があった。
どこかの層を焼くときに焦がしてしまったのだろう。
「もうダメだ。僕には料理をする才能がない」
「そんなことないって! アタシがちょっと料理にうるさいだけだから。それに壮馬も見てないで食べよう」
いつもより美乃梨が優しい。
僕の料理への努力は分かっているくれているようで。でも、こうやって気を遣わせているのが申し訳なかった。
「わかった。僕も食べ始める」
そして、二人で料理を食べながら、下らない会話が続いていくことになった。
「久しぶりに昔行ってた学会の会誌を読んでみたわけ、そしたらまあ適当な論文が掲載されてて、ちゃんと査読したの○○先生は? って思った」
「その学会って美乃梨が発表したことがあるところ? だよね」
「そうそう、あの大学は設備が整ってたし、とても良かった。最近は資金繰りが悪化しているみたいで、大変そうだけど」
「もしかして、美乃梨は将来、そこの大学に行きたかったり?」
「さあ、どうかな? でも、折角ならアタシについて行けるようなところが良い」
「……それって具体的にどこなの?」
「知らないよ、そんなの! 全く世の中は馬鹿ばかりで困る」
「だよなあ……」
互いに顔を見合わせて笑った。
美乃梨とこういうどうでも良い会話をするのは、再会してから初めてのことだったかもしれない。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
正直、そこまで美乃梨を満足させられなかった僕が【お粗末様でした】と言うのは、どうかなと思ってしまった。
「美乃梨はどの料理がおいしかった?」
「うーん。副菜類は全般的においしかったかな。大根の漬物、きんぴらごぼうなんかは特に良かった気がした」
「そ、そう、それは良かった」
その二つは僕の母親が作ったものだ。
つまり、自分の料理で美乃梨から褒められるものは無かった。
けっこう悲しい。
「べ、別にそれ以外もおいしかったから! それに……」
美乃梨は座っていた椅子から立ち上がって、自分の皿を片付けはじめ、僕の食べ終わった更にも手をつけた。
下を向いている僕の視線に美乃梨の手が写り込む。
そのまま、吸い寄せられるように、美乃梨の方へと向く。
「壮馬がアタシのために、料理を作ってくれたのは分かるから……嫌じゃなければ、また、料理作ってよ」
マークⅡなんかにはできない美乃梨本来の照れた表情が見えた。
「うん! もちろん!」
僕のさっきまでの悶々とした気持ちは吹き飛ばされるのだった。
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