第16話 美乃梨の気持ち

 勉強会から雑談へ。

 こうなってくると自然と、男子と女子が分かれてしまう。


 美乃梨は牧瀬グループと話している。

 内心、【勉強は?】と思っていそうだが、それを口に出すことは無い。


「昨日見たこのドラマなんだけど~、本当に面白かったんだよね」


 牧瀬の友人である桃井が、スマホの画面を見してくる。

 一応興味がある風にマークⅡは身を乗り出しているが、操作してる本人に興味はあるのか。


 モニターに映るのは誰だか知らないイケメンと可愛い女子。

 タイトルから考えるに、ミステリだろうか?

 

『それ私も見てるよ』

『見てる、見てる、主演の○○君がかっこいいの』


 美乃梨は僕に向けて、面倒くさそうな表情をした。

 彼女にとって興味が無い話なのは間違いなさそうだが、それでも興味があるように見せかけないと場を乱すことになってしまう。


 ここは正念場だ! ファイト!


 と、タブレットに打ち込んで美乃梨に見せつける。

 美乃梨は、言葉での返事ができないので、片手でグッドサインを作った。


『そのドラマ、どういう話なのでしょうか?』


 俳優とか有名人の話をされてもついていけないから、内容で何とか場に馴染もうとしている。


 その興味ありそうに見える質問に牧瀬が優しく答えてくれた。


『大学生の恋愛ものって感じかな。サークルの合宿でスキーに行くんだけど、そこで殺人事件が起きて……主人公たちが巻き込まれていくんだ』


 やっぱりミステリものか。

 とか思ったけど、恋愛モノとも言ってたな。どっちだよ。

 

『そっか~、水野さんは見てないのか~』


 ちょっと残念そうなのは桃井だ。

 話を振り出した本人なのだから、それは当然かもしれない。


『でも~、水野さんも、こういうカッコよくて賢いカレシ欲しくない~?』


『…………今はそういうの考えて、ないんですよね』


 美乃梨が答えるまでに明確な間があった。

 間があった方が自然な答え方ではあるのだが――。


 何かに閃いたような牧瀬が美乃梨のことを見つめていた。


『今は、ってことは中学時代とかは……』


 その牧瀬の言葉に他の女子たちも気が付いたようで、連動していく。


『水野さんがどういう人が好きだったのか気になる!』

『もしかして、元カレが忘れらないとか?』


 あっ、この流れはマズい。

 話自体が美乃梨の方に向いたのは悪い流れではないけど。

 僕が、元カレが隣にいる状態で、恋愛話は良くない。僕も美乃梨も耐えられない羞恥心や嫉妬が襲って来てしまう。


 でも、今急いで部屋を出ていく余裕もないし、そもそも美乃梨がテンパって下手なことを言わないかも心配だ。


 アドバイスをする側の僕があわあわしている一方で――。


 元カノ――水野美乃梨は穏やかな表情をしていた。


『……はい。元カレを忘れらない……人生で付き合うのは元カレが最初で最後だったかもしれませんね』


 否定すれば話はすぐに移り変わっただろうに、美乃梨は肯定してしまった。

 しかも、なんでそんな言い方をしたのか。


『やっぱり元カレいたんだ!』

『こんなに綺麗な水野さんがそこまで言うなんて、元カレってどんな人だったの?』


 ただでさえ、可愛い美乃梨の元カレだ。

 どういう人物だったのかと、興味を持たれるのは必然なわけで。


『幼稚園からの幼馴染で、アタシにとっては唯一の理解者でした』


 どうもその語り口は本心を語っているように感じた。

 確かな確証はないけど、転校生の水野美乃梨の喋り方ではない気がした。


『へえ~、すごい! 何だかロマンティック』

『……聞いていいのか分からないけど、どうしてそれなら別れたの~?』

『聞いて良いのか分からないなら聞くなって! ごめんね、水野さん』


 桃井の興味本位を牧瀬が止めた形だ。

 確かに出会って一か月そこらの人に踏み込んで良い話題ではない。


 この流れに沿って美乃梨が話を止めてくれれば――。


『全然いいですよ。別れた理由、話しますよ』


 だけど、美乃梨は、話すことを選んだ。


『結果から言えば、アタシから振りました』


『え!?』

『何かあったんだ……? 彼氏の浮気とか?』


 まあ、そういう邪推になるのも分かる。

 彼女の方が惚れこんでいるっぽいのに別れたのは男の方に問題があるだろうと。


『付き合ってたのが小学生の頃で、だからか、周りから凄いからかわれて……、それを止めさせるために別れたんです』


 だから、僕は最後振られたのか。

 美乃梨が僕のことを助けるためにからかってくる奴に立ち向かっていたのは知っていた。そして、行き過ぎた報復をしまくった挙句に嫌われたことも知っていた。

 そのヘイトを一身に受けて、舞台から降りたのが僕の元カノの真実だったのか。

 

『普通逆じゃない? 彼女を守らない男なら振るのもしょうがないって』

『でも、別れてでも、その彼氏のことを守ってあげたかったんだね』


『そうです。彼を守れるのなら、と思って……今でも全然後悔してませんし』


 美乃梨は晴れやかな笑顔をしていた。

 マークⅡを中継することのない、確かなもの。僕は隣からそれを見ていた。


 【壮馬を憎んだことなんて一度もない】とあの日の屋上で言っていたのは、彼女にとって何でもないただの事実だったのだ。


『水野さん、カッコいい!』

『いいなあ、私もそういう恋をしてみたい』


 牧瀬や桃井のポジティブな声がこちらに届いた。

 それに対して、美乃梨は穏やかな視線を見せていた。


『それでですね。この高校に転校して、地元に戻って来たのですけど、まさか、地元の道でぱったり元カレと再会して』


『ええ~、運命みたいだね』


 何を言い始めてるのか?

 それを話すのは絶対良くないって。


 でも、そう思いながらも、美乃梨が今の自分をどう思っているのかは気になる。


『そしたら、元カレ、とてもカッコよくなっていて。身長も伸びて、顔立ちもすらっとして、男らしくなってました』


 この場にいるのが恥ずかしくなって来た。

 でも、誰かにカッコイイなんて感情を抱かそうな美乃梨が、そう思ってくれた。だから褒められて滅茶苦茶嬉しい。


『でも、一番変わっていたのは内面で。彼、本当に心が強くなっていて、私を守るためなら何でもやってくれそうな勢いでした。最近も助けてもらったのですけど、本当に感謝しています。また惚れ直してしまうかもしれません』


『より戻しちゃいなよ!』

『やっぱり運命だよ!』


 盛り上がる牧瀬たち。

 

 一方の僕は心臓が盛り上がっていた。

 ちゃんと美乃梨の役に立てているのが、ずっと気になっていた。

 そんな不安を肯定してもらえたから、体の中を熱いものを満たしていた。


 それに 『惚れ直してしまう』なんて言われたら、いくら元カノとは言え、ドキドキしないはずがなかった。

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